2023年 咆哮
【2023年10月】
「……は?」
修学旅行が終わって家に荷物を投げ込んで急いでやってきた事務所の会議室で。
私はフセガワさんから事実を聞かされて……混乱していた。
「……ほ、本気で言ってます? そんなことが……」
「事実です」
「だ、だって、それは……それは、そんな……」
会社、イノベテクノが調査して知っていた事実。
――3人の、中の人たちが行っていたこと。
とても、常識的な人間がするようなことではない……ファンも……私たちも裏切るような行為。
炎上したSNSで書かれていた、まさか本当とは思えなかったことが、ほとんど全部……真実?
「私……騙されてたって、ことですか」
「そうですね。東野原さんも、会社も、私も」
「しょ、証拠は?」
「開示請求をして得られたログ、会社に設置した監視カメラの映像、本人と協力者の自供。裏付けは取れています。間違いなく事実です」
飲んだ息が吐き出せない。
言われただけじゃ信じられない……けど。思い返せば心当たりはいくつかあって。
「……っ」
その後いくつか見せられた証拠に、手の指先まで冷たくなった。
「まあ……これだけ早く裏付けが取れたのは、それぞれが別々の事案でしたので、お互いを庇うようなことがなかったからではありますが。それにしても3人が3人、こんなことをしていたとは……」
「……他人事みたいに言うんですね」
砂利を噛んだみたいな口を開く。舌が冷たい。
「マネジメントがしっかりしていれば、起きなかったこともあると思いますけど」
「確かに我々の体制への不満も動機としてあげられていましたが……だからといって、ねえ」
……それは、そうだ。やっていいことと悪いことがある。
「とにかく、3人とこのまま契約を続けるわけにはいかない。それはご理解いただけたかと思います」
「それは……わかりましたけど」
私だってこんな話を聞いて、一緒に活動することなんてできない。でも。
「だからって! どうして中の人を交代させるなんて発表を!」
「それがよく分からないのですが」
フセガワさんは――本気で困ったような顔をした。
「いったい、それの何が悪いのですか?」
純粋に、悪気なく。
「3名のキャラクターは続投すると、そう告知したというのに、なぜかまた炎上した。理由がまるで分からないのですが……」
「……あの。仮想存在共同体の声明って読んで……いえ」
そもそも。
「イノベテクノって……仮想存在共同体に参加していないんですか?」
まさかと思って昨日調べた段階では、仮想存在共同体のWebサイトの参加企業一覧に――
「ええ」
イノベテクノの名前はなかった。
「Vtuberに関する技術交流のための組織ですよね? うちは独自に技術があるので加入は不要だと社長が判断して、加入はしていませんね」
「……Vtuber業界の基本ですよ……?」
「そうなんですか? 年会費を出すほどの組織ではないと聞きましたが」
ありえない。Vtuber事業をやるなら……Vtuberになるなら絶対に読んでおくべきものと言われている、Vtuberの在り方、新しい存在の考え方を記した、仮想存在共同体の声明さえ知らないなんて。
年会費……のことはよく分からないけど。会に入っていなくたって、声明は誰でも読めるのに。
「ええと、Vtuberっていうのは……アニメのキャラクターと違って、中の人はただの声の担当ってわけじゃなくて……」
「はぁ……なるほど?」
……なにも響いてない。
……分かってた。フセガワさんはVtuberに興味がないし、イマイチ分かってなさそうだってこと。それが、会社全体としてもそうだったということで……。
「あ~、いえ。いいんです。もう」
「は、はい?」
「Vtuber事業からは撤退……終わりになることに決まりましたので」
「……え?」
おわり……なにが。
「クロノシエルプロジェクトは終了するんですよ」
「どうして!」
足元が崩れるような感覚。急に部屋も真っ暗になったように感じた。サーッと血の気が引く音まで聞こえた。
「もともと先行投資で赤字のプロジェクトでしたからね。人気商売ですし、ここまで炎上してしまえばこの先で投資を回収できる見込みがない。であれば、ここで撤退するのが一番ダメージが少ない……というのが会社の経営判断です」
「そんな。わ、私はやめる気なんてないですよ!?」
「そうは言いましても、会社の判断ですからね」
フセガワさんは……気の毒そうな目で私を見る。
「気持ちは分かりますが……」
分かってない。分かるはずもない。私は、夢を叶え続けるはずだったのに。それが……。
「あぁ……そうだ。ここだけの話ですが、まだ請求していない経費があったら早めに提出した方がいいですよ」
「……は?」
「会社も先が長くないということです。私も近く転職する予定です。……人事として事態を見抜けなかったのは能力不足だなんて言われましてね。無茶苦茶ですよ。そもそも私がこれまで面接してきたのは普通の会社員です。それがアイドルの人格を保証しろだなんて言われたって……――」
それは、フセガワさんにとって善意の言葉なんだろう。
でも、私はそれを素直に受け止められない。
「……とりあえず、私のアカウントを返してください」
イノベテクノと共に、クロノシエルのメンバー全員が炎上していた。
例の3人は、フセガワさんが教えてくれた内容に尾ひれがついて。
クーシェちゃんは、活動の少なさと炎上してからも一切の反応がないことで。
そして、私は……ひわ又のぼは……イノベテクノを擁護したこと……3人の中身の交代……魂の入れ替えを知っていて「いいこと」だと思っていた勘違い冷血女だとして。
ちがう。知らなかった。こんなつもりじゃなかった。言い訳したい。いや――とにかく、まずは謝りたい。期待を持たせてしまったファンの皆に。
「アカウント? ……ああ、ひわ又のぼのYoutubeやSNSアカウントですか。あれは会社からの貸与物ですので、無理ですよ」
「え?」
会社とアカウント情報は共有している。緊急の時はスタッフが書き込むこともあるからと。でも、あれは……ファンに発信できる、唯一のツール……ひわ又のぼの存在証明でもあるのに……?
「じゃ、じゃあ3Dモデルは……」
「同じくです。会社の著作物ですから、今後は使用しないでください」
「そんな。Vtuberのアバターですよ? それは『本人』に帰属するものだって常識――」
「……? 契約書にも貸与と書いてありますよね?」
「ッ」
Vtuberに常識のない会社。
だからVtuberの『顔と名前』に相当するものが、演者本人に帰属するという常識も知らないで、あくまでキャラクターとして契約書を作って……私は、それに気づかずサインして……?
「他に質問はありますか? ないようでしたら、これで――」
「あ」
ある。山ほどある。言いたいことは。……言っても仕方ないことは。だから。
「……あの。クーちゃんは……アオニシさんは?」
いちばん、聞きたかったことを聞いた。
「ああ。彼女は一連の事案には無関係です。ご安心を。まあ……」
フセガワさんは、私から目をそらした。
「……事情を説明するメールは送りましたから、問題ないでしょう。見ているかどうかは分かりませんが……」
「え? ど、どういうことですか?」
「特に反応がないので。まあ大丈夫でしょう」
反応がない。
……クーちゃんは、ライブが終わってから活動していなかった。事務所のチャットツールでの発言も。
それは「いつものこと」だと思っていた。けど……こんな重要なことまで?
――いや。重要なことだからこそ……愛想をつかしてしまった? もしかして、気づいていた?
確かめたい。でも……クーちゃんと繋がっているアカウントは、全て会社に管理されていて。
「事業を撤退するので、近くおふたりにも契約終了を通達する書類を送付します。もちろん、そちらに非のないことですから公にする事はありませんので、ご安心を。……それでは」
何をどうしたらいいのか何もわからないまま。私はいつの間にか、自宅への帰路についていた。
◇ ◇ ◇
「ショーコちゃん。ご飯できたよ。食べるかい?」
ドアの向こうからパパの声がする。けど、私は返事する気になれなかった。
「……じゃあここに置いておくよ」
トレイが置かれる音。階段を下りていく足音。
――もう3日もこんなことを繰り返している。
「ずびっ」
鼻水をかんで投げたティッシュは、ゴミ箱からあふれて床に落ちた。その行方を見てから、ばさりと布団をかぶる。
「………」
布団の中でスマホをつける。別アカウントでSNSを見て回る。
いまだに、クロノシエルは炎上していた。
3人のやったことをあれこれ詮索し、掘り起し、燃やし続けて。そして私やクーちゃんまで「何かやっていたに違いない」と決めつけられて、根も葉もないことを書かれて。
ここまでくると3人にちょっと同情まで覚えてしまう。やったことを許す気はないけど……ファンでさえない無関係の人が、そこまですることもないんじゃないかって。
それほど、心が擦り切れて、涙も枯れてきた。私の中にはもう何にもない。からっぽだ。
――私がなりたかった、アイドルはもう終わってしまった。
……世の中には、こうして炎上した後にまったく別のVtuberとして『転生』する人もいるらしい。
でも完全に別人になれるわけじゃない。ファンは絶対に気づく。同情できるような事情なら、ファンの方もあえて触れずに受け入れてくれるだろうけど……。
私には、そんな図太いことはできない。ひわ又のぼは、もう……――
@xxxxxxx
ひやし大根足、未だにだんまりで草
「誰の脚が太いってんじゃい!」
ブンッ! ガッ!
「……うわッ」
投げたスマホが天井に刺さった。びっくりした。
びっくりして……なんか、悲しいのが引っ込んで……めちゃくちゃムカついてきた。
「……おかしいでしょ」
そうだよ、おかしいよ。
悪いことしてたのはあの3人で、私は何にも悪くない。なのにどうして、アイドルを……夢を諦めないといけないことになってるの?
「おかしい、おかしい」
だいたいイノベテクノもおかしい。私がひわ又のぼであることを止める権利がどこにある?
「……やめない」
そうだ。
「やめない、絶対やめない」
こんなことでやめるなんて、おかしい。
私がやめると決めたなら、それは仕方ない。でも、他の人たちが、状況が、理不尽がやめさせようとしてくるのに屈するのは……負けることは。
「悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい!」
負けてなるものか。
こんなことで、夢を諦めてなるものか!
「うおおおおぉぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ーッ!」
ベッドから跳ね起き、天井に向けて両腕を掲げて叫ぶ。
「やってやるッ! 私はッ! 諦めないッッ!」
やる前から諦めるなんて情けなさすぎる。
私は、ひわ又のぼは、まだここにいる。ここから……アイドルになってみせる!
「……まずは、イノベテクノと交渉しないと……ふんっ、ふんっ!」
私はベッドからジャンプして手を伸ばし、天井に刺さったスマホを回収すると、さっそく検索を始めた。
「契約を盾にしてくるなら……専門家の力を借りないと」
Vtuberについて勉強したときに、ちらっと見た覚えがある。
Vtuberのトラブル解決を専門にする、弁護士事務所があるってことを――




