2011年、2023年 出会い
【2011年8月】
「こんにちは、じんるい!」
黒い大きなテレビの前に、赤いタオルを頭の後ろでリボンのように縛った幼女が一人。
「さいばねとーかです!」
元気よく挨拶すると、見守っていた父と母が拍手した。幼女はきゃっきゃと奇声をあげながら『彩羽根トーカごっこ』をする。
まだVtuberのVの字も普及していない時代。アンテナの高いオタクの父が、子守のついでに見せたYouTubeの動画が発端だった。
何がよかったのかハマりにハマって、こうして休日にトーカになりきって親に相手をしてもらっている。幼稚園でも「わたしはさいばねとーか」と主張していた――が、トーカを知る子も先生もいないので、そちらでの活動は早々に諦め、家庭内で楽しむに留まっている。
「~♪」
トーカの歌っていた歌を歌って踊る幼女。父も母も懐かしいなと思いながら聞く。選曲が昭和だ。
「どーん!」
父のお腹に頭から体当たり。
「つきぬけたの! うしろむいて!」
「はいはい」
父に後ろを向くよう厳しく指導する。
「パパ」
「うん?」
「わたし、おおきくなったらとーかちゃんになる。だってキラキラしてるから!」
「そうかそうか」
「ふゆーさせて!」
「よし」
水平のまま持ち上げられた幼女は、キャッキャと笑う。息切れしそうな父を、母も微笑ましく見守る。そんな幼少期――
◇ ◇ ◇
【2023年2月】
「はぁぁぁ……き、緊張する……」
Vtuber合同リアルライブイベント、『Virtual Galaxy #4』。総勢30名。クロノシエルはその中でハレーテルさんが外部の方とユニットを組み、そして残り4人で1曲歌うことになってる。
不安。不安だ。
もちろん練習はした。自腹でレッスンに通ったりもした。ただ不安の種がひとつある。
結局今日まで、クーシェちゃんと練習できなかったことだ。
丸コちゃんとナクテちゃんとは練習できたけど、クーシェちゃんとは一度も顔合わせしていない。ダンスと言ってもフォーメーションの入れ替え程度なので難しくないけど、先生のお手本動画を見ただけで大丈夫なんだろうか? それに歌も……。
って、人のことを心配している場合じゃなかった。
「ふう、はあ」
関係者入り口を通って案内された控室。ここに、今回の出演者たちが……Vtuberの先輩方が!
「し、失礼します! クロノシエルの、ひわ又のぼです!」
扉を開けて頭を下げて挨拶する。
「あ、よろしくね」
「はい!」
……ん? なんか反応が少ないな? と思って顔を上げたら、控室の中には女性が一人しかいなかった。
「あ、あれぇ……」
「あはは、入りが早いですね」
見覚えのあるお姉さんがにこりと笑う。
「私はポテト☆サラです」
「あ、ぞ、存じてますッ! はい!」
お料理系Vtuber、ポテト☆サラさん。お料理系YouTuberからVtuberに転身した人で、それ以降もVtuber界で言うところの超美麗3D……実写で動画を出すこともある。
「本当に? 嬉しいー! よろしくね、ひわ又さん」
「あ、の、のぼで大丈夫でしゅ!」
ハァッ! 噛んだ! サラさんがクスクス笑う。
「のぼちゃん、緊張してる? こういう集まりは初めて?」
「は、はいぃ……」
「人がいなくて驚いたでしょ。バーチャルのみで参加する人もいるから、Vtuberライブの楽屋ってこんなものなんですよ。私みたいに気にしない人とか……業界側にはリアルの姿を見せてもいい、って人だけがリアル参加しますね」
「へぇぇ……!」
「ちなみにバーチャル側の楽屋は、ああいう特別なディスプレイに表示されてますよ」
奥にあった姿見のようなやつはディスプレイだったらしい。よく見たら、出演者のVtuberがたまに通り過ぎたりしている。
「音声は通じているから、あとで一緒に挨拶に行きましょうか」
「あ、は、はい。えと、こっちの姿は向こうに……?」
「見たくない、というワガママなオタクが業界にいるので……リアル側の姿はバーチャルラウンジのデフォルトのデッサン人形になって向こうには見えてますよ。ほら」
スマホを見せてくれる。私とサラさんがデッサン人形になって、バーチャルな楽屋に存在していた。
「わぁ、すごい」
「もっとすごい現場だと、ちゃんと自分のアバターが反映されますよ。まあ、こういうのさえ用意しない低予算な現場もありますけどね。インターネット越しの参加は現場の方の技術的なハードルが高くて」
「へぇ~……」
ためになる話を聞かせてもらっていると、そのうち控室に人が集まってきた。クロノシエルのメンバーも集まり、サラさんとはいったん分かれて話すことに。
「今日はよろしくお願いします」
「よろしくね。大丈夫よ、いつも通りで」
「ところでクーシェちゃんは来たの?」
「それがまだ……」
集合時間が過ぎ、リハーサルが終わり、イベントが始まってもクーシェちゃんは訪れない。ハレーテルちゃんの出番が来て、そろそろ私たちもスタンバイに呼ばれる。どうしよう、誰かクーシェちゃんのパートをカバーする? と話し始めた時だった。
「遅れてすいません」
控室の扉が開いて、フセガワさんが入ってくる。その後ろに……背の低い細い女の子。
おっきなキャスケットをかぶって、眼鏡をかけて、マスクを鼻の上までしっかり上げたショートカットの女子。
「アオニシさん、こちらです」
フセガワさんに私たちを示され、彼女は深々と頭を下げた。
「……ま、咒泡クーシェの中の人です。よろしくお願いします……」
◇ ◇ ◇
結果的に、ライブは大成功だった。
ハレーテルちゃんの一日限定ユニットも、クロノシエル4人の歌唱も。
……というか、圧巻だった。クーシェちゃんのパフォーマンスが。
私も、丸コちゃんも、ナクテちゃんも不安だったけれど、本番になったらそれは思い上がりだと思い知らされた。
歌声は誰よりも響き渡り、フォーメーションの変更もスムーズ。何より、なぜか担当になっていたラップパートはかっこよすぎた。ここはストリートかな? って思った。ストリートの経験ないけど。
とにかく飲まれないように、ついていくのに必死だった。クーシェちゃんの完成度に比べたら、私なんて恥ずかしくてやってられない。
もっと歌とダンスを磨かなきゃ、と思わされた。
「東野原さん、出ますよ」
「あ、ちょ、待ってください。あわわ」
フセガワさんから声をかけられて、あわてて荷物をまとめる。えーと、あれ、なんか足りない? いや気のせい? と、とにかく出なきゃ。
「みなさんお疲れさまでした」
「お疲れさまでした~」
会場からちょっと移動して、お疲れ様の挨拶をする。
「私はこの後用事があるので社に戻ります」
「あ、お疲れさまです!」
フセガワさん、忙しそうだな。ていうか、なんかなし崩しにクロノシエルのマネージャーみたいなことやってるんだよね。人事の人だったはずなのに。いや、一応ハレーテルちゃんと丸コちゃんとナクテちゃんには別のマネージャーがいるようなこと言ってたような……?
「じゃあ私たちは打ち上げしましょうよ」
「そうね、せっかく5人集まったし」
打ち上げ! 目が輝いちゃう――けど。
「すいません、私はこれで……」
「あっ」
ぺこり、とクーシェちゃんが頭を下げて、駅に向かって歩いていってしまった。
「え~っと……すいません。私もご一緒したいんですけど、未成年なので……」
「ああ、そうだったわね」
そう。もう帰宅しないと補導されちゃう時間だ。
「た、たぶん、クーシェちゃんも同じ理由だと思いますよ!」
だと思う。学生って感じだったし。
「ああ、そっか」
「それじゃ、のぼちゃん、またね」
「はい、また!」
くぅ~……ライブ後の打ち上げ! 参加したかったよぉ……!
◇ ◇ ◇
そして、この『Virtual Galaxy #4』でクロノシエルは大きく知名度を上げて、チャンネルの登録者数を伸ばし、そしてスポンサー企業にも認知されていった。
ぶっちゃけ、すっごく忙しくなった。
企業案件のPR配信、拠点制圧系ソーシャルゲームの企画配信、歌、コラボ、3D企画、ボイス収録、グッズへのサイン……クロノシエルのみんなが忙しく動き始めた。
私もほとんど毎日、学校は授業が終わると同時に飛び出していく生活。事務所に行ったり、スタジオに行ったり、家で自分の部屋に飛び込んで配信開始したり。
忙しすぎて成績はガタガタだし、現場では物をよくなくしてしまうポンコツっぷりを発揮。
3月……春休みになれば余裕がある。そう思ったんだけど。
@chronociel-official
【重大発表】
クロノシエル初の単独ライブ開催決定! 続報をお待ちください!
「は!?」
何の前触れもなく発表されたライブの告知に、私はファンと一緒にひっくり返った。
いや……知らされてないけど!?
瞬く間に拡散されていく告知のインプレッション数に冷や汗をかきながら事務所に事実確認をすると、本当らしい。
今決まったらしい。
……言おうよ! 可能性があることぐらい! 「社長がサプライズしたいと言っていたので」じゃないよ!
とにかく――ライブが決まった。
歌う曲を決めて、演出を決めて、ダンスも練習しないといけない。
それに並行して、今受けている案件や企画もこなさないといけない。
正直キャパオーバーかもしれない。でも。
「……ライブ。クロノシエルのライブ」
ゲストとしてではなく、主役として。
クロノシエルだけを見に来る人たちに向かって、歌って踊る。
「アイドルだ」
『Virtual Galaxy #4』でも歌って踊った。でもあくまで大勢の中の1グループ。私たちを求めて来た人たちは、正直少ない。完成度も低かった。お客様って感じの扱いだった。でも、今回は違う。
「……やるぞ!」
気合を入れた。『Virtual Galaxy #4』以上のクオリティを出すんだと。
――そして、8月に向けたライブの練習で。
私は、再び会うことになる。『Virtual Galaxy #4』以降、配信もせず企画にも参加せず、動画さえも出さなくなってしまったクーシェちゃんと。




