2022年 始動
【2022年6月】
「こちらが東野原さんに演じていただくVtuberの3Dモデルになります。気になる点などありますか?」
「んっ?」
テンション上がった私にタジタジのパパに無事契約書へ同意してもらい、イノベテクノと契約を結んだはいいものの、3Dモデルができるまでは待機……と言われて音沙汰がなく2ヶ月が経ち。
ようやく打ち合わせがある、と言われてウキウキしながら事務所に向かったら、3Dモデルができていた。
「何か問題が?」
「いや、というか」
丸いメガネを直すフセガワさんに、私は首をひねって問う。
「……アバターって、私の要望を聞いて作るはずじゃあ?」
「そうですが……?」
「えっ、聞かれてませんけど?」
「え?」
お互いに「?」となって顔を見合わせる。いったいどういうことぉ……?
「東野原さんは3Dモデルの動画を選考に送ってきましたよね? バーチャルラウンジ製の」
「しましたけど」
「あれがご希望のデザインということではなかったんですか?」
「えっ、ち、違いますよ」
あれはオーディションのために組んだためのもので……かわいくなるように作りはしたけど、プロのデザインに勝てるなんて思ってないし、受かったら新しくデザインの方向性を打ち合わせするものだとばかり思っていたのに。
「そうだったんですか……困りましたね。すでにモデルの発注はしてしまったので……」
「う……」
……そうか。
Vtuberの始祖、彩羽根トーカちゃんは言った。キャラクターモデルの権利は自分で持とう、と。
つまり私がそれに従ってデザインを送ったと思われて……慣例に従って物事を進めてしまったというわけ……なるほど……いやでも、確認しようよ! それぐらいは!
「……いちおう、見せてください」
文句を言いたかったけど、過ぎたことは仕方ない。それに初めてのVtuber事業ということで、会社も慣れていないんだろう。……オーディションで選ばれた身だ。ここで駄々をこねたらデビューはなしってことになるかもしれない。
ふう、と息を吐いて、改めてフセガワさんの持っているタブレットを見る。
そこに表示されていたのは……頭の後ろに大きな輪っかで結んだオレンジ色の髪の女の子。
「……おぉ」
すごい。
私が作ったときは、なんというか組み合わせ感というか隠せないバーチャルラウンジっぽさがバリバリにあったんだけど――さすが、プロの仕事。
このモデルは、「特別」だ。パーツは調和しているし、バランスもとれてるし、色味だって映えてる。衣装はディテールが増していて、私には思いつかなかったアイディアも盛り込まれていて、すごくかわいい。唯一無二感がちゃんとある。
何より顔がいい。かっわ。
「グループ名も決まりまして、『クロノシエル』という、時間と空をモチーフにしたアイドルになります」
モデルをぐるぐる回してチェックしていると、フセガワさんが説明を始める。
「東野原さんには朝焼けをモチーフにした、この『ひわ又のぼ』を演じていただきたいのですが……よろしいでしょうか?」
ひわ又のぼ。
のぼ。なんとも気の抜けた、でも前向きな名前だ。
「……わかりました」
だから、少し不安もあったけど。
「やります」
夢に向かって、前に進むことにした。
◇ ◇ ◇
【2022年7月】
そうして、イノベテクノが運営するVtuberアイドルグループ『クロノシエル』がスタートした。
スタジオで撮影した短いPVが、SNSや動画サイトのCMで流れるぐらい気合を入れたプロモーションのためか、初配信には結構な視聴者が集まった。
1日に1人ずつの配信、トップバッターは昼の晴天モチーフのゴージャスなお嬢様、大天空ハレーテルちゃん。
続いて深夜の星空モチーフのクノイチ、深丸コヨルハちゃん。星残る黎明モチーフのエジプト風美女、残夜ナクテちゃん。
どの子もかわいくて面白い。見ていて楽しくって、配信の感想を追うのに夢中で、私の番なんて直前になるまで頭になかったぐらい。
私、朝焼けモチーフのひわ又のぼは月曜日、4日目の配信。
「おはよう、みんな」
カメラに向かって口をカラッカラに乾かしながら挨拶。
「クロノシエルの朝焼け、ひわ又のぼです! はじめまして、よろしくね~!」
流れるコメントを必死に目で追いながら自己紹介をする。
「のぼの趣味は~、あんまりね、その期待しないでほしいんだけど、歌とダンスかなぁ。好きなものはアイドル! 好きな食べ物はバタートーストで……あっ、こっちが先だった! えっと、誕生日! 1月1日です! めでたいよね~!」
もう二度と見返せないだろうなってぐらい恥ずかしい初配信。
「ファンネームは『るー民』でお願いします! 『る』はみんなに任せた~! えーそれから! 配信ハッシュタグは#のぼ生配信、ファンアートタグは#のぼ又描いた、で~……」
たった30分の初配信。終わったら緊張の糸が切れて、パソコンの前でぐったりしてしまった。
そして5人目。最後の初配信は、夕方の黄昏モチーフの咒泡クーシェちゃん。
……正直、かなり衝撃だった。いや前の三人もいろいろ個性があったけど、アイドルって感じではあった。でもクーシェちゃんは違った。
まず、3Dモデルを正面から撮影した静止画で配信を開始した。
……いや、私も他の3人も自宅から配信だから、上半身と手ぐらいしか動いてなかったけど。まるっきり動かさないで配信を始めたのにはびっくりした。
『あ、書くスペースなくなった……じゃあ、これで』
しかも自己紹介をその場でテキストで書き出して、余白が足りなくなったら自分の画像を細長く縮めた。
『これぞ、クーシェ・まじっく』
「まじっくじゃないよ!?」
そして30分の枠のはずが『話すことがなくなった』とか言って10分で終わった。破天荒すぎる初配信に、視聴者の評価は絶賛と酷評で大荒れ。
……ギリ、型破りなところが面白いって評価が勝ち? でもその初配信が話題を呼んでファンが増えていったから、狙い通りなのかな? 私? 私は……悔しいけど面白かったから、うん。
とにかく。
そんな個性豊かな5人で、クロノシエルはスタートした。
スタートは7月。学校は夏休み。夏休みが終わったら時間が減ることは分かり切っていたので、私はとにかく毎日配信を心掛けた。Vtuberはスタートダッシュが命だっていろんなところに書いてあったし。
……それでなくても、この夏はVtuber活動にどっぷりだった。
クロノシエルの他の子の配信も、グループのメンバーだからと毎回見ていたんだけど、これが面白くてすっかりハマってしまった。
ハレーテルちゃんの歌枠は聴いていてすごく楽しいし、丸コちゃん(ファンがそう呼び始めた)のゲーム配信もすごく上手で面白いし、ナクテちゃんの雑貨レビューは為になる。
そんな感想を自分の雑談配信でポロッと話すと、ひわ又のぼはすっかり「クロノシエルのオタク」扱いされた。まあ、うん、自覚ある。
『トーカちゃんよりクロノシエルに詳しい』なんていう、Vtuber界では名誉な評価もいただいたりした。
――同じクロノシエルの中の人に会ったのは、10月のこと。
PC系グッズの企業とのコラボで、小さなイベントスペースでトークショー。出演者はハレーテルちゃん、丸コちゃん、ナクテちゃん、そして私。
みんな私より年上で、成人している大人のお姉さんだった。たくさん面倒を見てくれて仲良くしてくれて、たった1日で中の人も好きになってしまった。きっと私が一番の「クロノシエルのオタク」だ。
「クーシェちゃんは大丈夫かしら?」
また別の機会で4人でスタジオで集まったときは、クーシェちゃんのことが話題に上った。
3Dモデルこそちゃんと使うようになったけど、生配信はなくて動画投稿だけ。それも7、8月は週に1~2回は投稿があったのに、それ以降はどんどん頻度が下がってる。登録者数の伸びも、5人の中で一番苦戦していた。
「ああいうスタイルが好きなお客さんもいるみたいだし、いいんじゃない?」
「それもそうね」
動画の内容もエキセントリックというか、3Dモデルを使ったバーチャル芸という感じだったので、あんまりアイドルらしくない。それでも奇行が好きな人たちにウケているので、私たちの結論としては「クーシェちゃんだし、いいか」だった。
そんなクーシェちゃんの評価に変化があったのが、11月。
小規模なVtuberグループ同士で連携した歌枠リレー配信に、珍しくクーシェちゃんも参加となった。
初配信以来2度目の配信ということで、ちょっとした注目を集めたクーシェちゃんの枠。
3Dモデルこそ動いていたものの、『カラオケに必要なものを作る』と言い始めて、手書きのマイクやタンバリンやミラーボールの画像を画面にちりばめ始め。
残り10分になってようやく歌うことになったのだけど。
――すごかった。かっこよかった。エッ? これクーシェちゃんですよね? こんなに歌が上手いなんて知らなかったよ!?
配信は大盛り上がりで、そして2曲目、最後の曲。歌い出しが――
~ライブ配信は終了しました~
「あれ?」
急な配信終了。困惑するチャット欄。
通信エラーかな? と思って待っていたら、本人がチャット欄に降臨した。
クーシェ 咒泡:すいません、ギガがなくなりました。次の方の配信へどうぞ。
「モバイル回線で配信してたの!?」
視聴者は驚いたり笑ったりでまた話題になったけど、いやいや……同じ事務所所属としてはどうかと思う。クーシェちゃんがちゃんと配信できるよう、サポートしなくちゃでしょ!
……あれ? そういえば私、配信環境のサポートとかしてもらってないな……? アバターの動かし方はマニュアル貰ったけど、特に今の環境のヒアリングも……あれ?
「わたしはパソコンないですって言ったら買ってもらったよ」
「わたしも~」
他の3人に聞いたら衝撃の事実が発覚した。言えば用意してもらえたらしい。うう……今更「ください」っていうのも違うよね。家がオタクでよかったような損したような。
とにかく。
その歌枠リレーでクロノシエルみんなが評価してもらえたおかげか。
翌年2月、いろんな事務所のVtuberを集めて行う合同のリアルライブに、クロノシエルが参加することになった。
その時初めて、私はクーシェちゃんと会うことになる。




