2020年、2022年 憧れ
【2020年1月】
「『Virtual Immortal -仮想不滅-』!」
バンッ、とステージがすべて白く、真っ白になり――その光の中からデザインの統一された衣装を着た6人が飛び出す。デザインが異なりながらもどこか一体感のある彼女たち。
「わぁ……」
5人のバックコーラスを背に、白を基調に赤とピンクが入ったサイバーなアイドル衣装を着た少女が前に出て、力強く歌う。
「──……
夜空に 散らばる綺羅星たち
またたいて はかなく消えそうで
観測を 失った星々は
忘れられ あえなく消えるのか?
……──」
その声に、熱量に。前方の観客席に座る少女は、手にしていたサイリウムを振るのも忘れ、瞳を輝かせて見入った。
まだ13歳。ライブには親と同伴で来た。ずっと憧れて楽しみにしていたライブ。『私と推したちのステージ〜Vtuber Fes〜』。
「──……
それが定めというのなら
……──」
ステージ上の少女が。Vtuber、彩羽根トーカが、指を天に向かって突き上げる。
「──……
見せてやる 私が 永遠を!
……──」
そっと、観客席の少女は胸に手を当てる。鼓動が叫んでいた。
「なりたい」
頬を紅潮させて。
「私も、ステージに立って……それで……」
◇ ◇ ◇
【2022年4月】
4月。新生活の季節だ。ドキドキしてワクワクする。桜も綺麗だし、一年で一番好きな季節かもしれない。
けれど今年の春は特別に緊張している。
高校に進学したから――じゃない。周りのクラスメイトは友達作りとか新しい授業にドキドキしているみたいだけど、私は違う。そんなことはどうでもいいぐらい上の空になっていた。
今日は運命の日。
……えっと、これが最後のチャンスってわけじゃないけど、それぐらい気合が入った日。
――アイドルになれるかどうかが決まる日だ。
ふふっ。わかってるよそこの君☆ この東野原翔子ちゃんがその脚でアイドルになるなんて信じられないって?
「って、誰がごん太ポンコツロボット短足じゃゴラ!」
「エッ、急に何!?」
「何でもないよ、パパ」
おっといけない。優雅な朝食の時間に言葉をあらぶらせてしまいましたわオホホ。向かいに座ってトーストをかじっていたパパも目を丸くしています。中年のくせにリアクションのかわいいこと。
「まあ凹凸の少ない短い脚のことは置いておいて」
「パパはショーコちゃんの脚好きだよ」
「キモ」
「う゛ッ」
パパは胸を押さえて突っ伏す。ふんだ。
「まあね、わかってる。わかってますとも。私のルックスじゃあね、いくら多様性の時代とはいえ、アイドルになれないことぐらい」
パパが何か言いたげに見上げてくるけど、自分の評価ぐらいわかってる。
「でも、自慢じゃないけど、声はかわいいし? ダンスも意外とキレがあるし? 歌も音痴ってわけじゃないし?」
だったら、なれるかもしれない。
現実よりももっと多様性に満ち溢れた世界、バーチャルなら。
「Vtuberなら、私にだって可能性があると思うわけ」
憧れのアイドルになって……あの日見たステージに、私でも立つことができる。きっと。たぶん。
「そういうわけで、今日の放課後はオーディションの最終面接だから、こうして不安をパパにぶつけて解消しているの」
「なるほど」
「待って。わかってる」
パパに向けて手のひらを突き付ける。Vtuberにも詳しいオタクなパパは、きっとこう言いたいに違いない。
「Vtuberの始祖、彩羽根トーカちゃんは言いました。キャラクターモデルはバーチャルラウンジで自分で作ろう、権利を自分で持とうって」
実際、Vtuberの始め方をWebで検索すると、誰もがそれをオススメしている。
「でもね、たしかにパーツは豊富だし無料で使えるし簡単だけど……やっぱり、デザイナーさんが作ってくれた一点もののクオリティには及ばないわけじゃない?」
アバター名人の組んだアバターも確かにすごいけど、やっぱり1から専用に作り上げられた『特別』とはハッキリと違う。
「だいたい、そう言ってるトーカちゃんも四天王も、特別製のアバターだし」
「確かに」
「やっぱりアイドルをやるからには、特別でありたいじゃない?」
どこかで見たようなアイドルじゃなくて、初めて見るアイドルになりたい。
「だからVtuber事務所のオーディションに応募したわけ。特別なアバターがもらえるオーディションに!」
「うん……パパは反対はしないけど、でも少し不安だな」
パパはスマホを出して操作する。オーディションの募集要項のページを開いたみたい。
「株式会社イノベテクノ。新時代のアイドルVtuberグループのオーディションを開催。未成年者応募可、年齢制限なし。女性のみ。合格者と共にアバターを作り上げ、活動を行う……」
「未成年でもOKってオーディション、なかなかないんだよね」
「IT系のスタートアップ企業が相性の良い分野に事業拡大。とはいえ芸能関係の事業、Vtuber関係は今回が初めて。他に悪い噂もないから反対はしなかったが……やはり未経験の事業となるとなぁ、継続性に疑問が……」
「でも、いいよって言ってくれたじゃん」
「何事にも初めてということはあるからね。反対する理由にはならなかっただけだ」
パパは肩をすくめて、スマホを下ろす。
「ショーコちゃんがやりたいことなら、応援するよ」
「大丈夫、任しといて。勝算ならあるんだから」
Vtuberに憧れる子供は多い。なりたい職業のトップ10に毎年ランクインしているぐらいだ。こういうオーディションにだって、たくさんの応募があるに違いない。
「そこで私は自己PR動画に注目したわけ」
「応募要項にあるやつだね」
「今時、スマホは誰でも使えるわけじゃない? 歌とかダンスとか、そんな動画ぐらいならすぐ作れちゃう。でも」
Vtuberの仕事はスマホじゃ完結しない。
「品質のいいライブ配信をしようと思ったら、パソコンでの配信は必須。そしてこの大スマホ時代、逆にパソコンを使うスキルの方が育たない」
学校でパソコンを使った授業とかもあるけど、あれはパソコンを使ってるとはいえない。与えられたもので決まった操作しているだけだから、深い操作の理解とか自己解決能力は育たない。
っていうか、パソコンが得意な子がアイドルを目指す確率は低いでしょ。偏見だけど!
「その点、オタクなパパにオタク教育を受けた私は、自分のパソコンを毎日自由に使っているので圧倒的有利!」
「確かに」
「というわけで自己PR動画では、バーチャルラウンジで作ったアバターで歌とダンス、そしてゲーム実況を撮影して、動画編集したのを送ったの!」
うん、特別なアバターは欲しいけど、それはそれとして作ったよね。けっこうかわいくできたと思う。
モーションキャプチャーとかの機材はパパから借りた。持つものはオタクなパパだね。
「選曲は30代男性が好きそうなアニソンをパパに選んでもらったし、完璧……だと思うんだけど!」
「それでも不安なんだね」
「だって、それぐらいしてくるでしょ、普通!」
アイドルになろうというんだから、それぐらいの努力、みんなしてきてるはず。
「私は普通の女の子だからなあ……PRで目立たなかったら落とされちゃう」
「普通かなあ」
「パパはひいき目で見ているから」
「でも最終面接に行けたってことは評価されたんじゃない?」
「面接だからこそだよ」
ため息が出ちゃう。
「編集も演出もしてない素の自分に自信なんてないもん」
なりたいという気持ちは人一倍ある……と思う。けど、それだけだ。
「自慢の娘だよ、自信をもって」
「パパの娘かぁ……」
「落ち込まないで?」
「ん。とりあえず学校行ってくる」
ずーっと上の空になりそうだけど、休むわけにもいかない。私は気合を入れて家を出るのだった。
◇ ◇ ◇
「合格です」
あれぇ?
おかしいな。聞き間違いかな。えーと、都心まで電車で移動して、雑居ビルの中の会議室に通されて、面接が始まって……まだ5分経ってない。
「ご、合格とは?」
「合格ということですが?」
丸い眼鏡をして七三分けにした男性……人事のフセガワさんという人が首をかしげる。
「えっ、でもまだ名前と書類確認しかしてないですけど」
「やる気があるということでしたので、合格です」
あれぇ……? 面接ってもっとなんかこう……厳しい質問攻めにあうやつなんじゃないの?
「最終面接なんですよね?」
「最終面接です」
「いいんですか!?」
「内定している人しか呼びませんので」
「えぇ……」
力が抜けちゃった。がたん、と椅子に座りこんじゃう。
「内定者を、人間的に問題ないか最終確認するのが私の仕事でしてね。顔を見て東野原さんは問題ないと判断しました」
「顔ぉ……ですか」
「人の採用を長年やっていますと、人間性に問題のある方というのはわずかな時間で分かるものなんですよ」
はぁ、そういうものなんだ。仕事人ってすごいな。
「それに東野原さんは社長の評価も高かったですからね」
「そうなんですか?」
「はい。Vtuberらしい動画を編集してきたのはあなたともう2人だけでしたから」
意外と少なかった。もっとみんな力を入れているものだと思ったけど。
「正直、私はVtuberのことはよく分かりません。社長が決めたので、それに従うまでです」
「はぁ……」
まあ、人事の人ってそんな感じなのかな?
「とにかく、今後東野原さんは弊社からVtuberとしてデビューしていただきます。グループ名は未定ですが、5人組のアイドルとしてやっていただく予定です」
「は、はい」
いや、しっかりしろ私。とにかくオーディションに受かったんだ。夢のアイドルになれるんだ。でも、そこがゴールじゃないはずだ。まだ始まったばかり、この先に向けてしっかりしないと!
「弊社との契約形態はフリーランスの外注という形になります。分かりますか?」
「えぇと」
「ですよね。まだ学生ですから。しかし契約を結ぶ以上、子供だからと甘えることはできません」
「は、はい……」
「契約書の読み合わせをして、それからサインしていただくことになります。面接の時間を長めに確保させていただいたのはこのためです」
「なるほど……」
「ではまずこの一枚目から。要点を説明しますね……」
ぺらぺらと淀みなく喋るフセガワさんの言葉を聞きながら、私は必死に契約書の文面に目を通した。
……たぶん、まあ、なんとなく、理解できたと思う。大丈夫、変なことは言ってない。
アイドルになれる。
そのことで頭がいっぱいの私は、その時わずかな違和感を見落としていたことに……『何も問題なければ問題ない』ことに、問題が起きるまで気づくことができなかった。




