第六章《想う者たちの戦い》 8
勇輝が辿り着いた時、その場は既に怒号と剣戟の音が響き渡る戦場の様相を呈していた。
大義を掲げ、進軍する王国軍を相手に奮戦するのはたった一人の大男だ。
左腕はなく、残る右腕で身の丈ほどの大剣を自在に操って甲冑に身を包んだ者たちを薙ぎ払う隻腕の男の表情を視界に捉えた勇輝は驚愕に目を見開いた。
「あれは、サマリル!?」
かつてサーベラスの町を襲撃し、マティアスが命を失う切欠となった男。それが今、サーベラスの町を含む西方の町を虐殺から護る為に王国と戦っている。
複雑な思いに歯を噛み締めて、勇輝は駆け出した。
サマリルの背後をとった傭兵風の男が振り下ろした一閃を鞘から抜いた剣で受け止め、全力で男を蹴り飛ばして隻腕の偉丈夫に背中を預けた。
「……ようやく来たか。魔女の秘薬で動ける程度に回復したとはいえ、些か苦しくなっていたところだ。出番でも窺っていたのか」
「くだらない御託はいいよ。俺が聞きたいのは、どうしてあなたがここで遠征軍の足止めをしてくれているのか、その真意だけだ。俺はあなたを信じていいのか?」
雄たけびをあげて襲い来る騎士と傭兵を斬り払い、背後を一瞥すると同じように敵を往なした視線と交錯する。
「信じる信じないは貴様の勝手だが、俺がここにいる理由か……貴様が為そうとしていることを知っているからという答えでは不足か?」
無表情のまま大剣を振り下ろし、サマリルは言った。
「貴様の行動は俺が望みながらも叶えられぬ、価値のあることだ。それを為し遂げるというのなら、俺は貴様のやろうとすることに借りがあるということになる」
互いの背を軸として立ち位置を入れ替え、襲い来る剣閃を受け流し、あるいは粉砕する。闘争の中に置かれたことで昂ぶった感情のまま勇輝は背後の男に叫ぶ。
「望みって、それは一体何だ。俺はただ」
「アーティア=ヴァレンシュタインを救うのだろう。それでいいのだ。彼女を救えるというのなら、貴様はいずれ我が主のことも救ってみせるだろう。それは即ち、クレスエント王国を救うことと同義。それこそが今の俺の望みなのだ」
力強く言い放たれた言葉に、勇輝は思わず剣を取り落としかけた。
「王国を救うだって!? そんなこと、俺にできるわけが――」
「できる。貴様はそれだけの力を持っている」
力。世界を救う勇者の力。
その言葉はこの世界に来て嫌と言うほど聞いた。物語に謳われる英雄の力を持って現れた者。特別な存在。
「また、それかよ……」
実力以上のことを期待される名前の重さに勇輝が肩を震わせると、その隙を衝くように斬りかかる騎士をサマリルの大剣が捉え、引き倒した。
「勘違いしているようだが、俺はお前がラティス・マグナだからこんなことを言っているのではない」
「……え?」
背中越しの言葉に戸惑いを隠せず、戦場にあることを忘れたまま勇輝はサマリルを振り返った。
「たとえラティス・マグナといえど、戦いだけで何かを救うことなど出来はしない。そんなことが可能ならば、俺が貴様を頼ることなどあり得ん」
一対一、あるいは一対多の戦闘に関して勇輝の力はまだまだ未熟だと断言し、サマリルは間合いの外から窺う騎士たちを睨み付けた。
「俺が言った力とは、戦いに限定したものではない。敢えて言うならば他者に希望を与える在り方か。可能性という言葉を信じたくなる空気が貴様にはあるのだ」
周囲を睥睨するサマリルによって緊張に満ちた場に静かな言葉が響き、やがて一点を見据えて大剣を構え直したサマリルが一歩を踏み出した。
「心強い仲間を引き寄せる天運。それこそが俺に無い貴様自身の力だ。俺は俺の願いをその才覚に賭けた。ただそれだけのことだ」
事もなげに言って、サマリルは僅かにその口角を上げた。それが笑顔だったということに気付けたのは、勇輝のことを一瞥した視線にどこか親しさのようなものを感じたからかもしれない。
「さて、借りは返した。西に向かった討ち漏らしを片付けて俺は退散させてもらう」
「西に? ……わかった。後は俺が何とかする」
「俺を信じてもいいのか?」
サマリルの義理を信じ、勇輝が頷くと厳めしい男の頬に皺が刻まれた。愉快そうな声音を滲ませる言葉に勇輝もまた笑みを以て返した。
「あなたの言葉に嘘はないと思う。第一、あなたが俺に賭けているという言葉が嘘なら、ここまで足止めをしてくれた理由が思いつかない。だから、信じるよ。西に向かった分は頼む」
「承知した」
その一言だけを呟いて、サマリルは大剣を振るい、自身を取り巻く部隊の一角を崩した。
「……サマリル、ありがとう!」
剣を振り切った勢いのままに足を踏み出し、離脱してゆくサマリルに告げていなかった言葉があったことを思い出して勇輝は叫んだ。その言葉に答える素振りは見せず、遂には振り返ることなく隻腕の剣士は戦場を駆け抜けていった。
「逃がすな! 追え!」
突然の逃走に不意を衝かれたことで一拍の間呆けていた騎士が声をあげる。その指示に呼応して幾人かが駆け出そうとするのを見逃さず、勇輝は彼らの背中を斬りつけた。
「お前たちの相手は俺だ。一人たりとも、ここから先には行かせない」
サーベラスやティンダーロス村、そしてそれ以外の勇輝が知らぬ町や村がこの先にあり、勇輝が敗れれば彼らの命脈が尽きる。その事実を認識した時、ガーランドやマーテル、アデルたちの顔が脳裏に浮かんでは消え、勇輝の中の覚悟を固めた。
「来い、アストネリア!」
「何!?」
呼び声に応え、勇輝の身体から放たれた響素が視認できるほど集束し、渦を巻く。
規格外の密度で騎士たちの視界から勇輝の姿を覆い隠した響素が一際甲高い音を鳴らした刹那。
「何だ……貴様、その剣は」
一瞬にして響素は霧散し、白い剣を手にして現れた勇輝の姿に何人かの騎士が瞠目した。そんな彼らを一瞥して勇輝は一瞬でその懐に潜り込んだ。
「俺の全力で、全員倒す!」
自らに言い聞かせ、分身したかと見紛う速度で十人の兵を斬り伏せると、勇輝は自らが立つ地面に剣を叩きつけた。
「化け物……まさか、こいつが作戦にあった懸念材料――ええい!」
睥睨する者全てを威圧する風格を漂わせる少年を中心として放射状に消滅した大地を見た一人の騎士が愕然としたままそう呟く。顔に恐怖を滲ませた彼は恐れを振り払うように面頬を下ろし、立ち尽くした兵たちに呼びかけた。
「臆するな! 相手は一人だ。クレスエント王国の騎士として、何としてもここでこの化け物を討ち取れ!」
「「「オオオオッ!」」」
集団を率いる隊長の鼓舞に応えて雄たけびを上げ、騎士たちが勇輝に襲い掛かる。その一人一人を斬り捨て、あるいは蹴り飛ばして応戦する。
「攻め手を緩めるな! 続けぇ!」
「く!」
一騎当千の奮戦を繰り広げながらも、間断なく迫り来る騎士たちによって圧倒され始めた現実に勇輝は奥歯を噛み締めた。
――士気が高すぎる……このままじゃ埒が明かない!
そんな勇輝の心を読み取ったのか、他の騎士よりも若干豪奢な甲冑に身を包んだ指揮官と思しき騎士が、何人かに合図をし、それを見て取った数人の傭兵らしき身なりの男たちが西へ向けて駆け出した。
勇輝の苦戦により余力が生まれたことで戦力を分散し、サマリルが追った部隊の援護に向かう心算なのだろうことは考えるまでもない。
――クソッ、させるかよ!
何か。彼らがこの場を離れてはいけない切欠がいる。焦りながら見渡した景色の中に映りこんだ〝それ〟を見つけ、勇輝は直感のままに剣を振り上げた。
「剣竜波!」
イメージを言葉にすることで竜の形を得た剣気が剣先から迸る。圧倒的な密度で構成された響素により竜の叫び声のような轟音を響かせた剣気は襲い来る兵たちを素通りし、彼方に見える王都の壁に着弾した。
「な――外都壁が!?」
王都を護る役目を担う防壁が崩れ落ち、地に落ちた瓦礫の音が広原に響き渡る。ファーレシアというファンタジー世界の常識においてもあり得ない光景に騎士たちは呆然と立ち尽くし、西に向かおうとした傭兵たちの足も止まった。
「全員、全力でかかって来い。さもなければ、次は城を狙わせてもらう。騎士も傭兵も、雇い主がいなくなるのは困るだろ?」
「貴様ぁぁ!」
これで彼らは勇輝を全兵力を投入してでも無視できない脅威と認識した。
それを確信して告げた言葉に応えるように、戦場に騎士と傭兵の怒号が木霊した。




