第六章《想う者たちの戦い》 7
時間は勇輝がククリと再会した時より四半刻ほど遡る。
アルダレスを除くジュリオたち四人は宿泊している宿の一室から窓の外に広がる石造りの街並みを眺めていた。
「今日も王都に異常なし……勇輝とアティ、ほんとにここにいるのかなぁ?」
この数日で見飽きてしまった街の景色に溜息を吐いてジュリオが溢すと、携行する薬箱を整理していた姉が手を止めて振り返った。
「どうしたの、いきなり? 勇輝なら都の情報屋に来ていたらしいってアルさんが言ってたじゃない。それにジュリオだって勇輝らしい修道士の話を聞いたんでしょ?」
「そうだけど、なんか目に見える動きがなさ過ぎてさ……」
いくら聞き込みを続けても、二日目に得られた情報以上の成果を得られず、まさしく五里霧中の状況では強行手段に出ることもできない。
時間が経てば経つほど募る焦燥が、ジュリオに漠然とした不安を与えていた。
「そんなに考え込んでても仕方ないじゃん。アルたちが帰ってくればアナグマ? の情報が手に入ってこれからどうするか決まるんでしょ。なら、それまではのんびりしてたらいいんじゃないの?」
「今回ばっかりはアリアの言うことに賛成。二人が宿を出てからもう三時間は経つし、そろそろ戻ってくるはずだから」
寝台に寝そべりながら焼き菓子を食べ散らかすアリアから歌詞を取り上げてエミリーが弟を諭すと、その言葉を待っていたようなタイミングで階段を登る足音が聞こえてきた。
「帰って来たみたいね」
ナターシャの言葉通り、駆け上がるような足音の後、勢い良く開いた扉からアルダレスの姿が現れる。
「勇輝は、来ていないか?」
全力で走ってきたのだろう額からは汗が珠となって伝い、荒い息を吐きながら室内を見回して彼は深く息を吐いた。
「残念ながら、朝から今まででこの部屋を出入りしたのはアルだけよ。その様子だと勇輝は見つかったけど依然として消息不明?」
「ああ。闇蜘蛛は俺たちがここにいることを伝えたと言っていたが、これだけ経っても現れない以上、こっちから動かないと合流は望めないだろうな」
息を整えたアルダレスの言葉にナターシャは頭痛を押さえるように頭を抱えた。
「……普段の言動で騙されてたけど、あの子もアティと一緒で団体行動できないタイプの子なのね」
「いや、まだそうと決まった訳じゃ……」
「多分、アティのことで頭が一杯になっていて先走ってるだけですよ」
心労を溜息にして表す年長者二人に、ジュリオとエミリーが擁護の声をあげる。
「ねえ。そんなことよりアルが仕入れてきた情報は? ここで勇輝のことを愚痴ってても色々と後手に回るだけだよ?」
そんな仲間たちの嘆きを一言で斬り捨てて、焼き菓子を食べ終えたアリアが足をバタつかせた。
思わぬ人物からの一言に場が静まり、一瞬の後にアルダレスの咳払いが室内に響いた。
「アリアの言う通りだな。既に勇輝が動いている可能性が高い以上、俺たちも動くべきだ。これを見てくれ」
アルダレスが卓上に広げた資料を一同は額を突き合わせる形で覗き込むと、そこには一カ月以内に起きた王都の事件、物資の流入情報、巷間の噂などが詳しくまとめられていた。
「細かい事はこの際省くが、どうやらアティが王城にいることは間違いないらしい。となると居場所は地下牢か、離宮の二択だが……一般の兵にはその存在を悟られないように動いている様子だし、ほとんど無人の離宮だろうと思う」
古ぼけた王城の見取り図を懐から取り出し、離宮に丸を付けるとアルダレスはそこから一直線に城壁へと線を引いた。
「城壁の一角には主のいない墓石があり、その下から王都の外へと繋がる地下道へと侵入できる。闇蜘蛛の調べではそれを利用するのが最も侵入しやすいルートらしい。尤も、十年前に俺たちが使った脱出路だからな。リスクは相応に高いと思っていいだろうな」
「それでも、アティがそこにいて勇輝が助けに行くのなら、僕たちが迷う理由はないです!」
試すようなアルダレスの視線を受けて、ジュリオは断言した。その言葉に追随するようにエミリーとアリアの顔に笑みが浮かび、ナターシャは頼もしいものを見る瞳で弟分たちを眺めた。
「今更お前たちの覚悟を疑ったりはしないさ……よし、そうと決まれば支度しろ。今なら道中で勇輝と鉢合わせられる可能性もある」
アルダレスの言葉に頷いて、各々は自らの得物を確認した。
もとより持ち運びに窮する類の大荷物はない。戦闘に備えて即効性の傷薬や銃弾のストックを確認すれば一刻とかからずに用意は整うはず。
しかし、アリアがその異常に気付いたのは、仲間たちが支度をまとめ始めてすぐのことだった。
「あのさー皆。なんか表が騒がしいんだけど、もしかすると大分面倒くさいことになってるカモ」
「何?」
少女の言葉を受けてアルダレスが窓へと駆け寄り、宿の外へと視線を投じると、本来ならば王都を守護する三巨壁に詰めて警備を行う衛兵たちが忙しなく街道を駆け回っていた。
「ひょっとして、勇輝が城に乗り込んだんじゃないですか」
「いや、それなら兵が外都壁に向かっているのが気になる。これでは城の護りが薄くなるはずだ」
ジュリオの推測を斬り捨てて、予想を裏切る速さで動く事態にアルダレスは舌打ちした。
「仕方ない。今持てるだけの装備で動こう。下に行けば誰かしら事情を知っている人間がいるはずだ。何が起きているのかを確認して、次第によっては守りの薄くなった城に向かう」
言うが早いかアルダレスは自身の得物を手に部屋から出ていった。その背中を見送った後に残ったそれぞれとの視線を交わし、ジュリオとエミリーは銃を、ナターシャは布で覆われた棒状のものを、アリアはその拳を握りしめて階下へと下りると焦りの滲んだ声が聞こえてきた。
「それじゃあ、本当にオラクル街道でリーリア教の服を着た少年と騎士たちが戦っているところを見たんだな!?」
「あ、ああ……と言っても、俺が見たのは戦っているというよりも剣を持った修道士が一方的に数十人を吹き飛ばしたところだけだ。あんな危険なところ近付きたいとは思えんよ」
「……間違いないな」
若干顔の青い商人風の男の言葉に得心いったように頷いてアルダレスは仲間たちを振り返った。
「どうやら勇輝は王都の外で騎士の一団と戦ってるらしい。経緯はわからないが、いくら勇輝でも集団との長期戦では勝ち目はないだろうな」
伝説の剣と人を遥かに超えた身体能力を持った勇者も一人の人間である。この王都から応援が絶え間なく届く集団を相手にしていてはいつか体力が尽きてしまうのは想像に難くない。
「それなら助けに行かないと! まったく、どうして勇輝はそんな所で戦ってるんだ。王国騎士って普段は王城に詰めていて戦争とかでだけ都の外に出るんしょう?」
「なんだ、アンタら広場の騒ぎを知らねえのかよ? 朝からあれだけ大々的に話してたってのによ」
ジュリオの言葉を聞き留めた酒場の客が呆れたように声をあげ、現在王都で起こっていることを大雑把に説明してくれた。
「なんでも西方の町に国家反逆を企てる連中がいるとかで、周辺の集落を巻き込んで力を蓄えているらしい。で、早い内に芽を摘んでおくために騎士団と大人数の傭兵を混ぜ込んだ遠征部隊が派兵されたって話だ」
商人らしき男が見たという騎士の一団はその遠征部隊だろうと口にして、彼は胸の裡の嫌気を吐き出すように息を吐いた。
「こんな内輪揉めばっかりしてちゃ、また他国から攻められちまうだろうによ。広場じゃ、徴兵のお触れまで出てきやがって、本当にこの国はどうなっちまうのかねえ……」
手にした酒を一息に飲み干して、男は宿が経営する酒場へと消えていった。その姿を見送り、アルダレスは口を開いた。
「どうやら、俺たちが思っていた以上に事態は動いてるみたいだな。王都中が混乱している今なら王城に忍び込むのは容易かもしれん」
未だに騒がしい表通りに視線を投じて、アルダレスは眉間に指を当てる。そのまま二呼吸の間、黙考した彼は意を固めたようにジュリオとエミリーの顔を見た。
「よし、勇輝の助勢には俺とナターシャが向かう。お前たちは人の出入りに紛れて城門から王城に侵入し、アティを連れ出してくれ」
「そんな! 相手は下手すると数百人を超えるんですよ? 僕たちも行きます」
「数百人を超えるからこそ、お前たちにはアティの方に行ってもらいたいんだ」
食ってかかる弟分の頭を右手で撫でるように押さえつけて、アルダレスは少年の傍らに立つ少女へと視線を移した。
「さっきの衛兵たちは恐らく勇輝を抑えるために内都壁から駆り出された連中のはず。そんな状況で俺たちが加わり、苦戦が長引けば今度は護宮壁から、そして王城に詰めている兵が出てこざるを得ない。そうなれば人の出入りを細かく調べている暇はないし――」
「監視の人数も減って侵入しても気付かれないかもしれないということですね。うまくいけば、誰にも気付かれずにアティを連れ出せて、勇輝と一緒に王都から離れることもできる。結果的に捕縛や死傷の可能性が減ると言いたいんですね?」
アルダレスの言わんとすることを引き継いで栗色の髪の少女は弟の肩を叩いた。
「私としてもアルさんたちだけで戦いに行くことの納得は出来ません。でも、これが最善の行動なんだろうということはわかります。だから、ひとつだけ。絶対に死んだりしないでください」
「そうね。約束するわ」
「ああ。任せろ」
強い意思の篭った声で願う言葉に、アルダレスとナターシャは頷いた。二人に頷き返して、エミリーはその場に居合わせる幼馴染を振り返る。
「アリア、勇輝たちのことをお願いね」
「およ? 私もアルたちについてくってわかってたの?」
生来の純真さのままに首を傾げた少女に「なんとなく、ね」と答えてエミリーはジュリオを一瞥し、アリアの耳元に顔を寄せた。
「アリアは私たち幼馴染の中で一番強いから、多分アルさんたちの邪魔にならないもの。ジュリオは気付いてないみたいだけどね」
「……そっか、そういえばエミリーも私と同じだったよね」
悪戯がばれた悪童の如くはにかんで、アリアはエミリーの手を握った。
「まあ、危なくなったらみんなで逃げるからそっちもテキトーに頑張って! ジュリオもエミリーの足引っ張っちゃだめだよ」
「足なんて引っ張らないよ!」
「どうかな? ジュリオだしねー」
顔を赤くして怒鳴るジュリオの態度を笑って、アリアは宿屋を出ていった。二人のやりとりを呆れたように眺めていた三人も顔を見合わせて微かに笑みをこぼす。
「まったく、こんな状況だっていうのに……アリアは変わらんな」
「ええ。思っていた以上に心強い子よね」
良くも悪くも緊張を弛緩させてくれる振る舞いに言葉にせずとも感謝して、アルダレスとナターシャは双子の頭を順に撫でた。
「それじゃ、俺たちはあのお転婆と一緒に馬鹿弟子のとこに行ってくる。アティのことは頼んだぞ」
「はい。後でまた!」
「約束、忘れないでくださいね!」
互いに手を打ち合わせて、四人がそれぞれの方向へと走り出した直後。
王都中にかつて聞いたことのない轟音が轟いた。




