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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
クレスエント王国編 ~誓いの騎士と十年の清算~
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第五章《それぞれの足音》 8

 王都の安全を守る石造りの塁壁は三種類ある。一つは都全体を取り囲む高さ一キルマルにも及ぶ外都壁、続いて騎士団の中でも都の治安維持を目的とした警邏隊が駐屯する内都壁、そして王城を守護する最後の要ともいえる護宮壁だ。

 数多くの旅人たちを迎え入れ、また見送ってきた歴史を持つ三大壁の一つである外都壁に背を預けながら遥か視線の先に王城を眺めてアルダレスは煙草の煙を燻らせた。

「ここは変わってない、いや進んでいないな……逃げ出したあの時のまま、なにも良くなっちゃいない」

「耳が痛いな。これでも働きかけてはきたつもりなんだけど」

 誰に言うでもなく呟いたその一言に答える声に視線を向ければ、いつからそこにいたのか、カイオスという名の騎士がアルダレスと同じように壁へと凭れていた。

「来てたんなら声くらいかけろよ。というか、俺がここにいるってこといつ頃伝わった?」

「つい一刻前かな。セライドもずいぶん僕を探したようだったよ?」

 決して人前では使わない一人称で話しながら、金髪の青年は苦笑した。

「こっちにも理由があったんだよ」

 厄介な仕事を押し付けてやるなと言わんばかりの視線に言葉を詰まらせて、アルダレスは明後日の方向を見た。

 カイオスと連絡を取るにあたって、人前での不用意な接触を避けるべきだと判断したアルダレスは知己で信頼も篤い警邏騎士にこの場所での待ち合わせを言づけたのだが、どうやら彼はアルダレスのオーダーにこれ以上ないほど応えてくれたようである。

「その理由というのは、王女殿下のことかい?」

「流石にもう掴んでるか」

 目の前にいる男は現王国最高位の騎士だ。国内で起きた事件ならば必ずと言って良い確率で彼の耳に入る。

 それがどれほど王国にとって都合の悪い、為政者たちの最上位機密であろうとも、常々気にかけていたサーベラスのことであれば情報を手にすることはできるだろうとアルダレスは察していた。

「お蔭で怪しい連中からは警戒されてしまったようだけどね。今日もここに来るまでに尾行を撒くのに苦労したよ……それを察して、こんな僕たち以外に走らない穴場に呼びつけたんだろう?」

「まあな。そこらの喫茶店で和気藹々となんてのは秘密もへったくれもない」

逆に密偵の警戒心も薄れるかもしれないがと肩を竦め、二人は表通りからは見えない死角に座り込んだ。

「随分と懐かしいよ。学生の頃は講義をさぼってここで駒打ち(エレス)に興じていたっけ」

「そんな不良学生が二人揃って近衛騎士団長になるなんて、講師のジジイ共には予想もつかなかっただろうな」

 全くだと苦笑するカイオスに一笑を返してアルダレスは懐から煙草を一本取り出した。

「そのジジイたちやお前でもアティの行方はわからないか……」

「力になれなくて申し訳ないけどね。ただ、〝天の星団〟なんて厄介なものが動いているなら主犯は上位貴族――それも大臣クラスの大物が関わっているはずだ。信じたくはないが、もしかしたら陛下の勅命という可能性すらある」

 俯いたカイオスの言葉に期待通りの情報を求めることもできず、アルダレスもまた深く溜息をついた。

「せめてアティを攫った連中の目的だけでもわかれば、糸口も掴めそうなんだが……こうなったらダメ元でもサマリルに尋問してみてくれないか? 如何に暗部の人間とはいえ、飼い主に繋がれたままの現状で不満を持ってないことはないはずだ。万に一だが、情報が手に入る可能性だってある」

 あの寡黙で実直な男に情報漏洩をさせることなどできないだろうとは思うが、一縷の望みに賭けたい一心でアルダレスが提案するとカイオスは気落ちした表情を更に沈ませた。

「アル……言いにくいんだが、それは不可能だ。サマリルは、殺害された」

「何だと!? サマリルが殺されたって……確かなのか?」

「ああ、信頼できる守衛からの情報だ。ただ聞いた限りでは死体の欠損が酷く、体格と奏術によるマーキング、投獄時の身体検査で記録された古傷と照合した結果だという話だから、偽物という風に捉えることもできるが……」

「そこまでの手間をかけて奴を逃がすくらいなら連中は口封じを選ぶだろうな……にしても、そうなると、クソっ」

 考え込む仕草で話すカイオスの言葉を引き継いでアルダレスは己の髪をかき上げた。

「何もかも後手に回ってるな。せめて、王都全体の動きが掴めれば流れも変わるんだろうが、お前の方でなんとか探れないか?」

 縋る気持ちで傍らの親友を仰ぐと、彼は苦い表情で腕を組んだ。

「難しいな。今の王都は極めて厳重な警戒態勢が敷かれている。そしてその命令は枢機卿や上位貴族たちが合同で発令したものだ。つまり、王国為政者の多くは何かしらの意図を持って動いているということになる。ともすれば、サーベラスでの事件に一枚噛んでいる可能性があるんだ」

 疎ましそうな目で王城を数瞬眺め、カイオスは再び視線をアルダレスに戻した。

「姫様誘拐の騒動を起こした連中の息が王国内のどこまでかかっているのか。それがわからない以上、僕の配下である近衛騎士以外とは迂闊に連携をとることもできない。はっきり言って異常事態だが、今の僕ではどうにもできないよ」

 口惜しさを隠しもせず、苛立たしげに息を吐いてカイオスは静かに立ち上がった。

「僕は引き続き情報を集めてみるが、さっきも言った通り今の王都は異常だ。あまり期待はしないでほしい。目欲しい情報を掴んだら訓練時代の暗号文を宿に届けるよ」

「頼む……無理を言ってるのはわかってるよ。悪いな、カイオス」

 心から感謝して頭を下げると、そんなアルダレスの姿に目を丸くしてカイオスは噴き出した。

「おい、いきなり笑いだすってのはどういう了見だ!?」

「いや、ごめん。とにかく気にするなよ。持ちつ持たれつ、互いに助け合う。僕たちは昔からそうだっただろう?」

 ひとしきり笑った彼は、軽口のように訓練生時代からの約束を口にして思い出したように表情を引き締めた。

「そうだ。昔からといえば、アル、どうしても行き詰まっているなら〝闇蜘蛛〟に依頼してみればいい」

「闇蜘蛛? また、懐かしい名前だな」

 十年前、成り立ての近衛騎士団長だったアルダレスを情報面で救ったやり手の情報屋の名前を反復すると、カイオスは頷いた。

「裏のことなら裏の人間ほど詳しい者はいないというからね。僕は監視のせいで訪れることもできないけれど、君が彼を訪ねている間の注意くらいは引きつけておくよ。彼は今もあの場所で情報屋をしているはずだ」

 その言葉を残して、今度こそカイオスは表通りへと姿を消した。

「闇蜘蛛か……たしかに奴なら何か知っているかな」

 王都の表裏あらゆる情報に蜘蛛の巣の如き情報経路を持つ男。その名前を再び口にして、アルダレスは情報屋の住処へと向かった。


+ + + + + + + + + + + + + + + + + + 


 アルダレスとカイオスが密談を交わしていた外都壁を発っておよそ四半刻。忙しなく動き回る人通りの絶えないその通りに紛れ込むようにその店は存在していた。

一見すると何の変哲もないただの民家。しかし、その実態は庭に造られた倉庫から続く階段を下った一室にある。

「鍵の解除方法も、昔と変わってないだろうな?」

 時間の感覚を忘れさせることを目的としたような長さの階段を下りきり、行き止まりとなっている場所よりも五歩手前の壁を叩いてアルダレスは十年前の記憶を頼りに鍵穴を探り当てた。

 壁に見える薄板を取り外すと見つかる格子模様に指を当て、決められたパターンをなぞる。闇蜘蛛自身が選別した顧客以外は知らない方法で開錠の手続きを踏むと、行き止まりとなっていた壁が上り階段へと変形した。

「いつ見ても、仕組みのわからない扉だな」

 溜息と共に呟いて、階段に足をかける。下り階段同様の長さを誇るそれを上りきると、いつしか周囲は酒場のような部屋に変わっていた。

「二日連続でお客とは珍しいこともあるもんだな……どうやら今度は一見さんというわけでもなさそうだ」

「ご無沙汰というべきか、闇蜘蛛の旦那?」

 その異名が示す通り、雑多に置かれた物陰から獲物を覗き込む蜘蛛のような視線を受けて肩を竦めると、その男はゆっくりとその姿をアルダレスの前に現した。

 取り立てて特徴を挙げるまでもない、ありふれた男だった。町を歩いていれば何度かは見かける服装に、違和感を抱かせない程度に表情が覆い隠れる髭を蓄え、姿勢一つとってもおかしなところは何もない。

 人混みに紛れれば、埋没してしまうほどに没個性的な男。それこそが王都一の情報屋、通称闇蜘蛛の外見的特徴だった。

「ああ、ご無沙汰だろう。十年も口をきいていなければ十分だ。それで? 今日はどんな用事だ?」

 十年前と変わらず、余計な会話よりも本題を優先するその姿勢に苦笑してアルダレスは二万ミープを取り出した。

「調べてほしいことが二つある。一つはこの数日の間、十年前に誘拐された第二王女が連れ込まれていないかということ、もう一つは朝凪勇輝という少年が王都に来ているか調べてもらいたい。これは情報の前金だ」

「……前金はその半分でいいぞ。二つ目の情報は調べるまでもないからな」

 闇蜘蛛は不機嫌そうに鼻を鳴らして言った。

「朝凪勇輝とかいう小僧なら昨日ここに来たよ。あんたと同じことを依頼して、しばらくしたらまた来るとだけ言って出ていった。当然、尾行したんだが、すぐ裏の外都壁で見失ってそれっきりだ」

「本当か!?」

「嘘を言っても仕方ないだろう。まあ、先代の顧客からの紹介状なんてものを持って来られたら仕事を受けない訳にもいかんだろうよ。しかし面白い小僧だったな」

 情報屋稼業を続けて何十年、熟練と呼ばれるようになって尾行を撒かれたのは初めてだと言って、闇蜘蛛は懐から喫煙具(パイプ)を取り出した。

「まあ、あの口ぶりなら明日明後日には顔を見せるだろうさ。それで、小僧が来たら、あんたが探していたとでも言づけておけばいいのかい?」

「ああ、よろしく頼みたい」

「承ったよ。そのくらいはサービスしとく。十年ぶりのお得意様だしな」

 喫煙具に火を入れて煙を燻らせながら、闇蜘蛛は微笑を浮かべて見せた。

「第二王女の調査についても早急に済ませとく。二度手間を省いて最速なら、小僧経由の伝言になるだろうが、あんたの宿に一報は入れとくよ。早くて今晩、遅くても明後日の朝には必ずだ」

「わかった。頼む」

「はいはい。お帰りはそっちのドアだ」

「……毎度のことだが、面倒な出入りだな」

 闇蜘蛛の言葉に顔を顰めて、アルダレスは路地裏に繋がる扉から宿へと向かった。



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