第五章《それぞれの足音》 6
響力機関の淡い明かりに照らされた室内に人が倒れこむ音が響く。
「やっと……やっと着いたぁ……速いけど永かった……」
身を預けた寝台の感覚に思わず寝入りそうになりながら、しみじみと呟くジュリオの言葉に一室に集まった残りの三人は深く同意した。
「流石は勇輝とアリアの合作と言うべきなんだろうけど……」
「まさか、ブレーキとやらが故障するとは思わなかったな」
「アハハ、作った私も予想外だった!」
弟と同じように倒れこみ、シーツを弄ぶエミリーとは対照的に笑うアリアに呆れたまま、アルダレスは道中のことを思い出す。
サーベラスを出立したのは三日前の夜のことだ。
当初の予定から同行者が倍に増えてしまった彼らはアリアが製作した車という乗り物を移動手段として走り出した。
実際に走る速度についても馬より速いと文句のつけようがなく、王都までの道程を実質二日で移動した実績は褒められてしかるべきだ。
しかし、今から数えて二刻前にアリアが発した一言に一同は凍り付くことになった。
「みんなゴメン。ブレーキ壊れちゃったみたい。止まれないやコイツ」
まるでスープを作ったけれど皿がないというような調子で彼女が発した言葉に戦慄と殺意を覚えたのはアルダレスだけではないだろう。
目の前にあった立札が一瞬後には遥か後方に消えている速度を制御できない。それを理解した時の恐怖はもう二度と経験したいとは思えない。
結局アクセルを踏まないことで自然に速度が落ちたことで事なきを得たが。それさえ勇輝が規格に盛り込んだというエンジンブレーキというものが存在しなければ、あの速度で走る車両から飛び降りなければならなかったことを考えると未だに肝の冷える思いである。
「……いや、過ぎたことはもういい。というか思い出したくない。それよりお前達、休んでないで作戦会議だ」
「「「はーい」」」
やる気のない返事と共に身体を起こした姉弟に頷いてアルダレスは指先で机を叩いた。
「もう夜も更けているから実際に動くのは明日からになるが、できるだけ早くに情報を集めておきたい。アティのことはもちろんだが、勇輝が来ているなら合流もしておきたいところだな」
「でも勇輝って馬でサーベラスを出たんでしょう? それなら、ここに来る街道の途中で会ってもおかしくなかったと思うけど」
寝台に座ったままのエミリーが道中のことを思い出すように言ったが、この二日の間にすれ違ったのは商人が使うような馬車ばかりで馬に乗った人影を見かけることさえなかった。
「勇輝が町を出たのって僕達よりも何日か早かったのかな? ガーランドさんからは少し前としか聞いてなかったけど、もしかしたらとっくに王都についてるのかもしれないよ……というか団長、今気づいたんですけど」
「なんだ?」
アルダレスが問い返すと落ち着きなさげに膝を揺すり、ジュリオは挙動不審に窓の外へと視線を投じた。
「アティを攫ったのが王国の人間なら、僕達ってこっちじゃ手配されてるんじゃないですか? 本当に宿なんかとって大丈夫なんですか?」
「なにジュリオ、怯えてんの? ここまで来て? うわーヘタレ―」
「煩いな!」
心穏やかでないジュリオの様子を見てアリアが茶化すと少年は顔を赤くして怒鳴り返した。しかしそれが功を奏したのか彼の身体の震えが止まっていた。
「まあ、確かにその可能性がないではないが、まず大丈夫だろうな」
二人の掛け合いに思わず口許を緩めた後、アルダレスは表情を引き締めてそう断言した。
「これは俺とナターシャが連中の本拠をここだと判断した理由にも絡むことだが、サーカスや商人を装って動く組織の存在を聞いたことがある」
鋭い視線を窓の向こう――遠くに見える王城に投じながらアルダレスは続けた。
「〝天の星団〟……それがクレスエント王国の抱える闇――王家が都合の悪いことを公にせず処理する時に使う暗部組織の名前だ」
「それ、サマリルが名乗ったって言う?」
「ああ、サマリルから何かしらの連絡があったのか、今回奴らはアティがサーベラスにいるという確信を持って町を襲ってきた。それも噂通りにサーカスの一座を装って秘密裏に行動してな。つまり、このことを表沙汰にはできない事情がアティを連中にはあるはずだ」
だから下手に衆目を集めることはしないだろうと結論付けて、アルダレスは懐から煙草を一本取り出した。
「今回の宿泊はそれを逆手に取ったのさ。民が営む宿に踏み込むにも騎士団の中ではいくつもの手続きや決まりがあるから、連中が攻め入ってくるには時間がかかるだろうと踏んでな。まあ……」
窓を開け、自らの肺を紫煙で満たすとアルダレスは二つ数えるほど沈黙した。
「連中が俺たちの到着を嗅ぎ付けるのは俺たちの情報収集が報告される明日以降、この宿の割り出しに警邏を全稼働させたとして二日、騎士団の行動に関わる手続きで最低五日かかるとして、少なくとも八日の猶予がある。その間にアティの状況を把握して動いてしまえば後手をとることはないはずだ」
窓の外へと揺蕩う煙越しに連なる月を眺めてアルダレスは懐から取り出した灰皿へと吸殻を落とした。
「それじゃあ、明日からはアティの行方を聞き込みながら、勇輝が来るのを待って合流。ある程度情報が揃ったら救出のためのカチコミだね!」
「カチコミって……アリア、他に言い方があるでしょう?」
「えー? だってなんか空気重いしー」
溜息を吐くエミリーに反論するアリアの態度にどこか張りつめていた空気が弛緩する。たしかに行動を起こす前から気を立たせていても仕方がない。
狙ってやっているなら大したものだと感心しながらアルダレスは立ち上がった。
「話は終わりだ。明日からは朝早くから聞き込みだから、さっさと寝るぞ。おい、ジュリオ」
「はい。皆おやすみ――って団長、待ってくださいよ!」
慌てて女性陣の部屋を後にするジュリオの足音を聞きながら、アルダレスの一日はようやく終わりを迎えたのだった。




