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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
クレスエント王国編 ~誓いの騎士と十年の清算~
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第五章《それぞれの足音》 5

 所々道は途切れ、完全な獣道となっている山道を小一時間ほどは歩いただろうか。

 道中、幸運にも獣魔や野生の獣に襲われることもなく進んだ勇輝は突然足を止めたアドラの背の向こう側に鳥居に似た形のモニュメントが建立されているのを見た。

「アドラさん、あれが?」

「ああ、誘いの祠がある洞窟の入り口だな」

 そう言って振り返ったアドラは勇輝とライガを順に見て、白髪頭を掻いた。

「こっから先は一本道だっけ、迷うこともないだろうから俺は帰るが、いつでも帰ってきて良いっけな」

「ありがとうございます。この剣のお礼と一緒に、また来ます」

「そん時は世話になるぜ」

 不器用ながらも優しい老人に礼を言って、若者二人は彼を見送る。その姿が木々の向こう側に消えるのを確認してから、勇輝たちは洞窟の入り口を振り返った。

「よし、それじゃ急いで――」

「行くぜ!」

 ライガと拳を打ち合わせ、駆け出す。その勢いのままにモニュメントの下をくぐると一瞬にして森林特有の澄んだ空気の質が変わったのがわかった。

「ライガ、この雰囲気って」

「ああ、なんかおかしいな。爺が何も言わなかったってことは特に害がないのか、村の人間が知らねえってことだろうが、まあ害がないはずねえわな」

 肌で感じる空気は異質の一言に尽きる。

 晴れた空の下、木々が発する匂いがモニュメントを境にして遮断されたように感じられなくなり、それと入れ替わるように身体にまとわりつく不快な空気が勇輝の頭に警鐘を鳴らし続けている。

 この感覚には覚えがある。サーベラスでニェウの操る獣魔と相対した時に感じた気配――殺気と呼ばれるものだ。

「普段は人が寄り付かない場所みたいだし、蓋を開けてみれば魔窟でしたってことか。これは案外、お伽噺も本物かもしれないな――!」

 瞬間、それまで以上に鋭い殺気を感じて剣を引き抜く。直感のままに視線を向けると高速で迫ってくる八つの影を捉えた。

《KIAAAA!》

「獣、じゃねえな。あの色にあの眼ってことは獣魔か……見た感じ元は猿みてえだな」

「猿ってことは素早さ特化の獣魔か。それを八匹っていうのは面倒だけど!」

 飛びかかってきた一匹を蹴り飛ばし、身体を振った勢いを殺さぬままに背後から襲い来る獣魔を斬り上げる。両断された獣魔が断末魔の悲鳴をあげた直後、一瞬でその身が結晶と化した。

「一、二匹ずつなら何とかなるか。獣魔になって知能が落ちてるなら、だけど」

「ハッ、そんな日和ったこと言ってんじゃねーよ……俺がまとめて、ぶっ飛ばす!」

 勇輝の言葉を一蹴して、ライガは『大禍』の柄を頭上に放り投げた。

「勇輝、伏せてろ!」

 吠えるように警告し、ライガは落下してきた『大禍』を手首を器用に使って振り回す。小さな城壁程度はありそうな質量に遠心力が加わり生み出された圧倒的な破壊力が凶暴な風となって勇輝の響鎧服をはためかせた。

「ちょ、マジかよ!」

《XAA!? KIXAAA!》

 ライガの警告がなくともわかる脅威に背筋を凍らせながら、勇輝は悪態をついて地面にその身体を預け、生存本能が刺激された獣魔たちはおそらくは寝床としているのであろう洞窟へ我先にと逃げ出した。

「っしゃ、ラァァァァアア!」

 獣魔の群れが集まるそのタイミングを見計らったように振り抜かれた『大禍』から指向性の竜巻とでもいうべき烈風が迸る。

《KI!? KIGYAAA!》

 呑み込んだものを悉く引き裂き、蹂躙する竜巻の中に七つの悲鳴が木霊する。やがて竜巻が消え去り、草木すら薙ぎ払われた爪跡に残ったのはたった七つの結晶だけだった。

「なんて威力だ。人間業じゃないな……」

「まーな。俺のとっておきの技の一つだ。隙はデカいけど威力はある男のロマン技ってやつだな」

「巻き込まれたらひとたまりもないだろ。一緒に行動してるうちは二度と使うなよ!」

「悪ぃな。お前の動きが思ったより良かったんで滾っちまったんだ。急いでなきゃ、今すぐにでも戦り合いたいくらいだぜ」

「俺は御免だよ」

 呵々と笑って差し出された手を握り立ち上がりながら抗議しても悪びれもしないライガに勇輝は頭を抱えて嘆息する。なんとなくそんな気はしていたが、この青年はどうしようもなく戦闘狂い(バトルマニア)だ。

「……まあいいや。けど、あの祠の中でその剣は使わないでくれよ? 生き埋めなんて冗談じゃないからな」

「わかってるって」

 本当にわかっているのかも疑わしい笑顔でライガは剣を引きずるように歩き出した。ここに来るまでのように肩に載せたままでは洞窟に入らないので仕方ないが、愛剣の扱いとしてそれでいいのかと突っ込みたくもなる。

「ったく、マイペースな奴……待てよ!」

 ライガの後を追って洞窟へ入ると自然光とは種類の違う明るさが暗闇を照らしていた。

「村の人たちが近付いていないって割には埃一つ落ちてないみたいだな。それに思ってたより明るい」

 永らく人の手が入っていなかったと思われる洞窟の中に満ちる光は恐らく響力機関の発する人工のものだろう。

「このデザイン……本当にファーレシアの人間が考えたのか? いや、そもそもこの洞窟自体、何か違う……」

 その光を生み出す窓とでもいえばいいだろうか。壁面を奔る光の線は回路を連想する機械的な意匠であり、耳を澄ませてみれば静かながらも響力機関の発する耳心地の良いそれとは違う、勇輝の知るような機械が低く稼働している音も聞こえる。

 例えるならSF映画の宇宙船にでも乗り込んでしまったような違和感。響力機関という技術を有する世界であっても勇輝にとってはファンタジーそのものであるファーレシアには似つかわしくない空気がこの洞窟の中には満ちていた。

――けど、なんだろうこの気持ち……俺、帰ってきたって感じてるのか?

 勇輝の知る地球から見ても未来的な、通路と言った方が適切な洞窟を進みながら勇輝の胸に去来した感情を表すならきっと郷愁の念だ。

 技術的な意味ではなく、意匠の発想とでも言うべきもの。勇輝が今まで出会ったファーレシアの人間の内、最も勇輝に近い感性を持つアリアでさえ持ちえない未来技術という空想へのイメージ。それは日本における近代――それも高度経済成長期の中で培われてきたものそのものだ。

――偶然の一致? あり得ない。ここができたのはどれだけ早くてもアドラさんたちが生まれるよりも前だ。なら最低でも七〇年以上前のことで、それだけ昔にここが作られたなら今の響力機関の形だって違っているはずだ。

 そう。例えどのような理由でこの発想が生まれ、実現していたとしても、ファーレシア存在する技術が地球の物より遅れているなどあるはずがないのだ。

 少なくともアリアが自動車の存在に対して驚愕するはずがない。この技術はそうした既知の技術なくして誕生するはずがないのだから。

 或いは。これより先の文明から今に至るまで退化の一途でも辿っていない限りは。

「おい、勇輝! この辺で飯にしようぜ。腹減っちまった!」

 思考に沈んだ勇輝の意識を引きずり上げる声に顔を上げれば、いつの間にか通路の先、広い空間になっているそこで飛び跳ねるライガの姿があった。

「わかった。今行く! まさか、な……」

 気付けば相当な距離を先行しているライガの下へ走り出しながら、勇輝は行きついた一つの可能性を振り払うように呟いた。

 大昔、勇輝と同じ世界から来た異邦人がファーレシアの文明を創り上げたなどという馬鹿げた可能性を――。


●●


「やっぱり婆さんの飯は美味ぇな。いつもの携行食なんかとは比較にならねえや」

 しみじみと呟くライガの声が洞窟に響いた。ライガの声が特別大きいというわけではないがこの洞窟の壁が音を反響させる特性でもあるのだろう。

「ああ、美味いよな。アティの料理もそうだったけど、なんか温かみがあるっていうか」

 応じる勇輝の声も洞窟の奥へと響いていく。その音に反応する気配がないことを確認して、ライガは思い出したように膝を叩いた。

「お、そうだ、それだよ! お前、女を助けに王都に行きたいんだろ。恋人か?」

「違う、そんなんじゃないよ」

 下卑た笑みを浮かべて身を乗り出すライガの問いを否定して、マナリスが持たせてくれていたサンドイッチを齧る。それでも笑みを引っ込めない青年に対して嘆息し、水筒を呷って口の中を洗い流した。

「アティは俺にとって、命の恩人なんだよ」

 アーティア本人が耳にすれば、それは逆だというであろうことを言葉にして勇輝は袖で濡れた口許を拭う。

「多分、ここに来てはじめに出会ったのがアティじゃなかったら、俺は今頃自分がどこにいるのかも知らずに死んでいた。そうなっていたら、マティアス――親友に会うこともなかっただろうし、なにより自分が生きている実感もないまま終わっていた。そんな気がするんだ」

 あまりに恥ずかしい考えだからこそ人には言えないが、ファーレシアに召喚されて彼女と出会ったことは運命だったのではないかと思うことがある。

 まるで出会うべくして出会ったような。はじめから決められた出会いであったようなそんな確信に似た錯覚。

 ファーレシアの存在を知るよりも前からアーティアという少女を知っているような感覚が胸にあったからなのか、彼女と出会ったあの日にラティス・マグナなどという存在になってしまったからなのか。

 確かな理由は勇輝にもわからない。ただ、初対面のはずなのにどこか懐かしい感じがしたあの時の感情は今も覚えている。

「俺が受けた恩はこの程度じゃ到底返せっこないけど、これから先、恩返しをするためにも必ず助け出す。それだけだ」

 知らぬ間に、決意を示すように固く握られていた拳を解く。その様を眺めていたライガは先程までの茶化すような表情とは真逆の静かな瞳をしていた。

「……そうかよ。やっぱり惚れてんじゃねぇか」

「おい、人の話聞けよ。そんなこと一言も言ってないだろ」

「は? 呆けてんのか」

 勇輝の言葉に呆れたような声で返してライガは立ち上がり、広げた荷物をまとめ始めた。

「それ、さっさと食っちまえよ。そしたら出発だ。思ってたより時間が経っちまったからな」

「おい、そっちが話を振ってきたんだろ!」

 勝手な態度に苦言を呈しても、ライガは聞く耳を持たないとばかりに応じない。

――本当に猫みたいな奴……

 淡々と荷をまとめるライガの背中に憤慨しながら、勇輝は手に持ったサンドイッチに齧り付いた。

「……終わってから自覚しても遅ぇんだよ」

 そんな低い呟きを彼が漏らしたことになど気付くこともなく、その後すぐに食事を終えた勇輝はライガと連れ立って洞窟を進む。

「……」

「……」

 先の休憩以降、ライガは一言も発していない。道中の周囲を警戒しているからこその沈黙ではなく、どこか不機嫌な印象を醸した態度に勇輝の口も思わず閉じてしまう。

――本当になんなんだよ……

 どうにもやりにくい。

 道幅が狭くなり、隠れることすらできない機械的な洞窟の中では獣魔に対して特別な警戒を必要とはしない。それ故に生まれた余裕がそのまま居心地の悪さに変わっていた。

 このままでは精神衛生上よろしくない。そう思って声をかけようとした瞬間、先を歩くライガは足を止めた。

「おい、勇輝。あれ何だ?」

「え、行き止まり……って、あれは……」

 ライガが指差した先に鎮座していたのは、自動車が二台は並んで置ける広さを持つ巨大な台座とそれに門のように取り付けられた巨大な輪状のモニュメントだった。

「これが、誘いの祠……」

 ティンダーロス村に伝わるお伽噺を実現させる装置。目の前に存在するその威容に圧倒されながら勇輝たちは一歩ずつ祠へと近づいた。

「たしかに見ねえ形をしてるけど、これが本当に王都につながってるってのか?」

「調べてみよう」

 疑うライガを促して、勇輝は台座へと上がった。見渡せば台座にはいくつかの手摺に似たものが取り付けられており、不可思議な模様を描く光が明滅していた。

「本当に、SF映画に出てくる機械みたいだな……」

「勇輝、下の方には特に仕掛けの類は見当たらなかったぜ」

 一通りの確認を終えて上がってきたライガを振り返ると彼の顔にははっきりとした不審が浮かんでいる。とはいえ、響力機関とは違う地球の機械など知らない彼にとっては確かにこの装置はただの祠にしか見えないのかもしれない。

「こっちは結構複雑な仕掛けがありそうだ。とりあえず、一つずつ調べてみよう」

「わかった。まあ、わかんねえと思うけどな」

 頭を掻くライガに頷いて、光る手摺に触れる。なぞってみると、その軌跡を追うように淡い光が奔った。

「タッチパネルみたいだな。何か意味があるのか……」

 触ってみた感触は研磨された石に近い。それがどうして光るのかと思考を巡らせていると横合いからライガの呼び掛ける声が届いた。

「あ、そのままでいいぜ。こいつのことじゃねぇんだ……その、さっきは悪かったな態度悪くしてよ。お前の言うことが昔の俺に似てたんでよ」

「いや、俺もちょっと強く言った気がするし、お互い様だよ。それにしても昔のライガに似てたっていうのは?」

「ああ……俺にもいたんだよ。大切で、本気で護りたいって思う奴がさ」

 調査の手を止めることなく問い返すとばつの悪そうな雰囲気を醸しながらこちらを振り向くライガの気配。

「ガキの頃からの幼馴染って奴でさ、あの時の俺はあいつのことを出来た妹か、姉貴みたいなモンだと思ってた。女としてのあいつが好きなのかどうかなんてわからないまま、ただ大切だってことだけがわかってたんだ」

「へぇ、たしかに今の俺に似てるな――っと!?」

 ライガの過去に頷いて手摺の端にある小さな台座のようなものに触れた瞬間、二人の身体を強い振動が襲った。

「おわっ、なんだ!?」

 ライガも言葉を切って周囲に視線を配る。それに倣うように振動の発生源を探していると、手が触れた台座から女性の声が聞こえてきた。

『――アスストネリア、並びにラティス・マグナの響素波形確認。照合開始……完了。登録該当なし。再登録処理を開始……完了。使用権限を最高レベルで定義。思考スキャンによる目標ポイントのターゲッティング完了。トランスポーター起動。転送までのカウントを開始します。十、九、八……』

「ちょ、なんだこれ!? おい、勇輝!」

「いや、俺もどうしてこれが動き出したのかはわからないけど……」

「七、六、五……」

 矢継ぎ早というべき速度で読み上げられ、カウントダウンが始まったことに困惑しつつも、マナリスの言っていた伝承の正体がこれなのだということだけはわかった。

 トランスポーター。転移装置という意味を持つその言葉がこの台座の正体ならば勇輝が知るそれとマナリスの話は一致する。

 そして、このガイド音声が発した言葉を信じるならば、カウントが終わると同時にラティス・マグナである勇輝が望む場所に転送を行ってくれるはずだ。

「大丈夫だ。このまま王都に行ける!」

「四、三……」

「大丈夫って……ああ、くそっ! こうなったら自棄だ。お前を信じるからな!」

 混乱する頭を掻きむしってライガが叫ぶ。それでも肝が据わっているのだろう。宣言通り落ち着きを取り戻した彼は深く息を吐き、先程とは種類の違う笑みを携えて、もう一度勇輝の眼を覗き込んだ。

「なぁ勇輝、わからなくたってそいつが好きだって感情があるには違いないんだ。だから、もしそいつを失っても後悔なんてしないように大切にしてやれよ」

「え、何を……?」

「二、一……転送を開始します」

 その言葉の真意を確かめようと口を開いた瞬間、勇輝の視界を淡い光が塗りつぶしていく。

「っ!」

 何も見えなくなった視界の果てで。

「ひょっとしてお前なら、俺がずっと探している答えってのを見つけられるのかもしれねえな」

 ライガの寂しそうな声が聞こえた気がした。


果たして、この技術をファーレシアに持ち込んだ未来人とは何者なのか……

細かい設定があるとはいえ、この伏線が回収される日は来るのだろうか?

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