第五章《それぞれの足音》 3
ようやくの投稿ですが、やはり文字数が少ないか…
早く王都入りさせたい所為で逸ってるかもしれない(汗
「うう、ん……寒っ!」
夜明け特有の肌寒さに襲われて、身震いと共に勇輝は目覚めた。身体を起こして見れば、寝ている間に剥ぎ取られたのか、ライガが寝ていたベッドの上に一枚余分な毛布が丸められていた。
「って、当の本人がいないし……起きたんなら掛け直してくれてもいいじゃないか」
背筋を伸ばして固まった背筋をほぐして立ち上がる。布団と一緒に放り捨てられた上着を見る限り、ライガはそう遠くない場所にいるだろう。
とりあえず意識をはっきりさせる為にも顔を洗おうと、昨夜利用した井戸へと向かう。
「覇ぁっ! せいりゃぁ!」
屋敷の裏庭へと続く扉を開けた瞬間、裂帛の掛け声と共に勇輝の頬を鋭い風が殴りつけた。
「なっとらん! さっきも言ったろぉ、力任せに振り回しゃいいもんじゃねーて」
「るっせぇ! イメージが掴めねぇんだから仕方ねぇだろ。もっとわかりやすく教えろ!」
「――」
互いに罵倒の言葉を吐きながら、影を交えて拳を応酬するライガとアドラの姿に勇輝は一瞬声を忘れた。
得物を持たずに素手のみで掌打を繰り出すライガの敏捷性は、第一印象の通り野生の獣染みたものを感じさせる。その上、空振った一撃が起こした風はそれ自体が物理的な力である衝撃波に到達する一歩手前の力強さを持っていた。
――ここまでとは思ってなかったな……けど、それより驚いたのは――
ライガという青年が予想していた以上の使い手である。それだけでも感嘆すべきことではあるが、その更に上を行くアドラの技を見て勇輝の背を戦慄が駆け上がる。
その動きから察せられる身体能力はどう贔屓目に見ても勇輝やライガには届かない。しかし、その動作の中で時折見せる瞬間的な俊敏さ、そして力強さはライガを凌駕しているように見えた。
「おめぇのセンスが無ぇんだて――っと、おめぇも起きたんか勇輝……おい、いったん休憩にすれ」
これが本当に七十を過ぎた老人の動きかと視覚の異常を疑って思わず目を擦る勇輝に気付いたのか、老夫はライガの攻撃をいなしながら勇輝へと視線を投じてきた。
「おはようございます。えっと、これは?」
互いに構えを解いて腰を下ろした二人は勇輝に手を振って挨拶に応え、勇輝の疑問にライガが首を鳴らしながら答えた。
「見たまんま、錬功の稽古だよ。この爺がアマツハラ出身で相当の使い手だって婆さんが言ってたから話を持ち掛けたんだが、教えるのてんで下手でやんの」
「おめぇの出来の悪さを棚に上げんでねぇ! まったく、気量はあるくせに不器用な奴じゃあ」
「えっと、錬功?」
二人の話す言葉を繰り返すと、ライガは「知らねえか?」と肩を竦めた。
「錬功ってのはアマツハラに伝わる奏術とは根本から違う技術のことだ。体内の気――まぁ人体が生成する響素みたいなもんだが――それを増幅して身体に行き渡らせることで身体能力を上げる錬纏と気を目に見える形に集束して扱う顕功の二元から成るって俺は教わったぜ」
話しながら、ライガは深い呼吸をして僅かに腰を落とした。一瞬の静寂が辺りを包む。
「――っふ、せあぁっ!」
合図もなく、ただ威勢の声と共に彼が目を見開いた瞬間にライガの身体が二重にぶれた。そして同時に勇輝の身体を先程と同じ烈風が襲い、勇輝は一瞬だけ眼を閉じた。
「――と、見た感じわかんねぇだろーけど、こんな風に速く動いたりできるようになるのが錬纏だな」
「っ!?」
自らの肩を叩く衝撃と共にライガの声が背後から届く。
僅か十メートル程度の距離とはいえ、一呼吸の間に背後を盗られた事実に瞠目しつつ振り返ると、してやったりと言いたげな笑みを浮かべたライガがそこにいた。
「自慢気に話してっとこ悪ぃけんどよ。おめぇのそれも全っ然なってねぇっけな。力任せに気ぃぶっ放してるだけじゃ――」
「るっせぇって言ってるだろ! 持って生まれたモン使って何が悪いんだよ? そもそも経絡を通すとか、てめぇの教え方わかりにくすぎんだよ!」
「気ぃがみじけぇな……さっきも見せたろ。腕ならこう、足ならこうだて」
猛るライガを押さえつけながら、老人は静かに調息する。そのままゆっくりと腰を沈め腕を振り上げると、圧迫感に似た何かが老体を伝っていく。
「錬纏ならこんな風に気を絞って必要な場所に集束させて使うんだて。顕功なら――ふっ!」
「なっ!?」
短く鋭い呼気と共に小石でも放るようにアドラが腕を振ると、不可視の力が勇輝のすぐ脇を奔り、壁に立てかけられていた薪を吹き飛ばした。
「こんな感じか。ライガはこっちの才能はトンとねぇけどな」
「いちいちうるせぇな、この爺は……」
――今の、マティアスの剣弓波? それに錬纏って、まるで響鳴みたいだ。
アドラが見せた錬功の実態に驚き、声を失う。
最期の戦いで自分を凌駕していたのであろうマティアスの力。それと同質の何かがアドラの錬功にはあった。
「うし、もう十分身体も動かしたろ。勇輝も起きたし、朝飯にすれ」
「あ? もうかよ。しゃあねえな……何の成果もなしかよ」
自らの肩を叩きながらアドラが歩き出すと、ライガも悪態をつきながらそれに追従する。錬功という技術を知る彼らの背中に勇輝は思わず手を伸ばす。
「あ……」
「ん? どうしたよ勇輝」
「あ、いや……」
勇輝の声に振り返り、不思議そうに首を傾げるライガに何を言おうとしたのか、勇輝自身わからない。結局、僅かに伸ばした手を寝癖で跳ねた髪に持っていき、曖昧に笑うことしかできなかった。
「……いえ、俺は井戸で顔を洗ってから行きます。髪の毛もこんなだし」
「おうよ」
「急がねえからのんびり来いよ」
まるで本当の祖父と孫のようだと思いながら、二人の背中を見送って勇輝は顔を洗うために井戸へと向かう。
「……錬功、か」
口を衝いて出た言葉に先程の光景を思い返す。
――あれは確かに剣弓波だった。なら、マティアスはきっと……
気を操る錬功という技術。自分が亡き親友に追いつくための鍵はそこに隠されている。
そんな確信があった。




