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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
クレスエント王国編 ~誓いの騎士と十年の清算~
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幕間 《騒乱の予感》 5

「これでよし……流石に名残惜しいな」

 夜の帳も落ちて月明かりだけが頼りとなる時間。その暗い闇の中でアルダレスは自嘲するような笑みを浮かべた。

 視線の先にはCLOSEDと書かれた看板と鍵のかかった『セピア』の扉。そして町の人間一人一人に宛てた手紙を詰めた麻袋が転がっている。

「十年もいたんだもの、名残惜しくて当然よ。だからこそ、こんな夜逃げみたいな真似をして出ていくのはみんなに申し訳ないけど……」

「仕方ないさ。仕方ないんだ……下手すれば町ごと国軍に焼かれたっておかしくない。カイオスの奴がいるから何の調査もなしにそんなことにはならないだろうが、だからこそ不用意に本当のことを話して皆まで共犯者にするわけにもいかない。例え裏切り者と罵られてもな」

 そう言って肩を竦めて見せると、「強がっちゃって」とナターシャが苦笑する。気心が知れすぎているのも考えものだなと思いながらアルダレスは頭を掻いた。

「まあ、マーテルのことは気がかりだけどな……いざとなれば勇輝にエミリーもいるんだ。俺たちがいなくても大丈夫さ」

「それはそれで寂しいって顔に書いてある」

「ほっとけ。子供を戦場に連れてくわけにもいかないんだからこれでいいんだよ」

 ジトッとした眼差しで呟いたナターシャに言い返して、アルダレスは僅かに視線を下げ、再び彼女の顔を見た。

「なあ、ナターシャ。お前は……いや、なんでもない」

「あら、アルのことだからここにきて、残れって言うのかと思ってたけど。ちょっと意外」

「いや、まあ、な。つーか流石に言ったら殴るつもりだっただろ?」

「ええ、グーで思いっきりね」

 朗らかな笑顔で実に凶暴なことを言う相棒に頬を引き攣らせ、言わなくて良かったと胸を撫で下ろす。そして、その手を下ろすまでに気持ちを切り替えてアルダレスは踵を返した。

「行くか」

「ええ」

 静かで強い意志を込めた目で頷くナターシャを連れてアルダレスは歩き出す。

 向かうのはガーランドの家だ。アルダレスたちが必要としているものはこの交易都市の中でもそこにしかない。

「一応聞いておくが、馬の乗り方は忘れていないよな?」

「当たり前でしょ。というか、アルの馬術は私よりも下だったと思うけど?」

「ぐ……それでも四年近く乗っていないお前よりはマシだろう」

 軽口を交わしながら夜道を歩く彼らの会話を訝しむような人影はない。だからこそ、二人は人目を気にする必要がないことに安堵した。

「わかっていたつもりだが、こうして歩いているだけでも気が滅入るな」

 これまでの生活を振り返るように悠然とした足取りで歩いていたアルダレスは通り過ぎた民家の灯りを眺めてため息をついた。

「こんなことになるなら、普段使わないからって馬の補充を先延ばしにしなければよかった。俺たちが黙って乗って行ったら町に残る馬は一頭だけだ。その間に重病人が出たら、馬車で運ぶこともままならない。なにもかも、うまくいかない」

「でも、今は私たちだって一刻を争うわ。〝もしかしたら〟なんていう要素に遠慮して出遅れるわけにはいかないのよ」

「……ああ、そうだな」

 彼らの目的地は遠く、人の足では一月以上の時間がかかる。例え交友を重ねた町の人間を裏切る形になっても足が必要だった。

 それきり言葉は途切れ、ただ足音だけが響く。

 そしてガーランドの家が見えてきた頃、現れた人影に二人は息を呑んで足を止めた。

「団長、ナターシャさんも……やっぱり、行くつもりなんですね」

「ジュリオ、それにエミリーか。ここで待ち伏せているってことは勇輝の容態は良くなったのか?」

 動揺を押し殺して二人の名を呼べば、ジュリオは不貞腐れた顔で厩舎へと視線を投げた。

「いなくなりました」

「は? いなくなった?」

 呆けた声で問い返すとジュリオは拳を固く握って地団太を踏んで見せた。

「そうですよ! あんな怪我して、身体だって満足に動かないくせに僕たちに黙って一人でアティのところに行っちゃったんですよ! くっそ……あー、もういい加減頭来た! 団長たちも!」

 興奮冷めやらぬ素振りで叫び、糾弾するようにアルダレスたちを指差した。

「アティナスから帰ってきてから二人して閉じこもって、出てきたと思ったら誰かさんみたいに黙って行こうとする! なんで黙って行くんですか!? 僕らだって仲間だ。アティを助けに行くなら声をかけてくれたって――」

「お前たちには関係ないことだからだ」

 どこまでも仲間想いなジュリオの言葉を敢えて遮って、アルダレスは彼の思いを切って捨てた。

「薄々感づいていたんだろうが、俺たちは十年前に王都から逃げてきた。あの日、アティを護って王城から離れ、旅を続けた末に辿り着いたのがここだった」

「王城って……それじゃあ、団長が近衛騎士団をまとめていたっていう噂は……」

「事実だ。そして、騎士団を抜けた今でも俺とナターシャの任務は終わっていない。今の王都を取り巻く、胸糞悪い陰謀がなくなるまではな」

 血を吐くような声と共に拳を握りしめ、アルダレスは肩を震わせる。激情に流されそうな自分を鎮めるために静かに息を吐き、少年を射浮くような視線で見た。

「たしかに、お前たち二人にとってアティは親友であり、お前たちはアティの無二の友だ。だが、だからこそ王都の血なまぐさい戦いに巻き込むわけにはいかない……言い方は悪いが、その程度のままごとみたいな感情で踏み込んでいいほど、ここから先は甘くない」

 誇張ではなく、これから自分たちが向かおうとしている場所は紛れもない死地である。事が起きれば、敵か味方か、或いはそのどちらにも死者が出る。

 ただ親友だから、仲間だから助けたいという動機だけでは、まだまだ弱い少年たちを見殺しにするようなものだ。

「それにな、アティと俺たちは本当ならここにはいなかったはずの人間だ。そうでなくたって、俺たちがしっかりしていれば奴らがサーベラスを襲うことだってなかった。お前たちは俺たちのとばっちりを受けただけなんだ。だから自分から危険に飛び込んでいく必要なんてない」

 十年前のあの日、フィーネという名の少女と共に居続けたならば。国への未練を捨てて外国へと落ち延びる道を選んでいれば。

――現実を前にしても逃げることなく立ち向かっていれば。

 ほんの僅かなボタンの掛け違いで自分たちという厄介者が町の人間に出会うことはなかった。その負い目があるからこそ、アルダレスは彼らをこれ以上の危険に曝すことを容認できない。こんな自分を慕ってくれる純粋な子供たちを死なせるわけにはいかない。

 だから、自分が持てる限りの言葉で説得する。そばにいられなくても自分の弟分たちを護るために。

「お前たちは大事な仲間だ。だけど同時に俺にとっては可愛い弟分であり妹分なんだ。だから、本来なら関わるはずじゃなかった戦いに巻き込むような真似はしたくない。わかってくれ」

 少年の肩に置いた手に力を込めて、心が伝わるように頷いて見せる。

「大丈夫だ。勇輝もアティも、必ずこの町に帰してみせる。だから、あいつらが帰ってきた時のために待っていてくれ」

「団長……」

 十年来の付き合いである青年の瞳を見つめ返して、翠玉の瞳を持った少年は表情を緩めた。

「嫌です」

「わかってくれたか……え、いや、何?」

「嫌だって言ってるんですよ。この馬鹿団長」

 笑顔のまま、ジュリオは普段は言わないような暴言を吐いた。言葉と表情があまりにも乖離していて、アルダレスは混乱した。

「僕たちには関係がない? ままごとみたいな感情? 本来出会わなかった? それがなんだって言うんですか。関係なんて僕らが出会った瞬間に生まれているし、拙い感情だって強く思ったなら、それは覚悟だ。ついでに言わせてもらうなら、団長は僕のことを誤解してる!」

「ご、誤解だと?」

 少年の態度に目を丸くしたまま鸚鵡返しに呟くと、それに応えるようにジュリオは握った拳をアルダレスの肩へと撃ち込んだ。

「ぐっ!」

 痛みはさしてないが、しかし僅かに息が詰まる。力ではなく意志の強さを示す手を押し付けたままジュリオはアルダレスを睨み付けた。

「団長は出ていく前に捕まえたから、この程度で許します。アティだって、勇輝が助けに行ったならきっと何とかするだろうし、僕が言っても足手まといになるかもしれないこともわかってる。心配なんて何一つしてない」

「なら――」

 それならば何故、自らを足手まといと認めてなお死地へと向かうというのか。その意図を読むことができずに問おうとした言葉は肩に押し付けられた拳によって止められた。

「だから! 僕が団長と一緒に行く理由にアティは関係ない。ただ、僕は勇輝のことが許せないだけだ! 泣いて謝るまで殴らないと気が済まないだけなんですよ!」

 アルダレスを突き飛ばして、ジュリオは叫ぶ。

「ずっと、対等だと思ってた。たしかに勇輝はラティス・マグナで嫉妬するくらいのスピードで強くなっていく。それでも対等だって……友達だって思っていたのに、あいつは何も言わずに一人で行っちゃったんだ!」

 その事実に腹が立つと、震え続けるその肩が強く主張する。

「行先が王都だってことや、怪我がひどいことだって、僕は後からガーランドさんに聞いて知ったんだ。正直に言って、目が覚めたなら僕に相談してほしかった……」

 ひとしきり、がむしゃらに地を踏み鳴らして落ち着きい始めた少年が昂ぶった心を抑えるように俯き、語る。そして再び視線をあげた時、その眼には強い光が宿っていた。

「友達だから、対等だから……僕は、勇輝に追いつかなきゃいけない。勇輝にも僕のことを対等だって思わせて見せるんだ。その為に僕は勇輝を追います。団長たちとは偶然目的地が同じになっただけです」

「ジュリオ……はぁ、仕方がないか。これ以上説得してる余裕もないし、どうせ駄目だと言っても勝手について来るんだろ……全く、仕方ない奴だよ」

「ふふ、ホントは弟分が成長して嬉しいくせに」

「隠しきれてませんよね」

 頑として譲る気がない弟分にアルダレスは折れた。その背中を微笑ましく見守るナターシャの影から一人の少女が顔を見せた。

「あ、あと私もジュリオと同じ動機でついていきますよ。まあ、半分くらいは出来の悪い弟が心配っていうのもありますけど」

「エミリーまで……ああもう! 言っても聞かないんだよなお前らは!」

「「当然!」」

 示し合せたように声をそろえる双子に肩を竦めて、アルダレスは傍らの相棒を見た。

「こいつらを納得させるのは俺には無理だ。それに――」

「わかってるわ。この子たちだけにしたら何をするか、どんな危険に遭うかわからないものね」

 言葉が無くとも意思が通じる相棒の言葉を受けて再び肩を竦める。そして一息だけ嘆息すると、アルダレスは厳しい目つきで厩舎を見た。

「しかし、人数が倍になると馬が足りないな」

「一頭に二人ずつ乗ればいいんじゃないですか?」

 厩舎に繋がれている馬は2頭。対して乗り手は4人だ。単純な割り算で答えたジュリオの頭をアルダレスは容赦なく小突いた。

「馬鹿。装備の重さも計算に入れろ。それに俺たちは遅くても7日以内に王都入りする必要がある。ただでさえ無理をさせるのに負荷を増やしたら予定より先に馬が潰れるぞ」

 サーベラスから王都ヴァレンシュタインへは馬を走らせても平均10日はかかる。アルダレスたちの予定では不眠不休で馬を走らせ、使い潰してでも3日分の時間を縮めるはずだった。

「もともと、実現がぎりぎり可能だったラインをオーバーしている。事態がどんな速さで動くかわからない以上、ジュリオたちに別行動させるのも危険か……」

 ジュリオたちが遅れて到着するだけならばまだいい。しかし、もし彼らの到着が最悪のタイミング――王都での戦闘中だったなら。そして、王都内が余所者に対する警戒を強めている状況だったなら。問題が起こらないとは言い切れない。

「どうすればいい? どうすべきだ……」

「ん? あれ、皆して何してんの?」

 最善の方法を思案し始めたアルダレスの思考を断ち切るように、能天気な言葉が響く。

「アリ――!?」

 声の主――アリアの姿を捉えた一同の表情が驚愕で凍る。

「ア、アリア……それ、何?」

「ん、これ? クルマ。勇輝の故郷にある馬なしの馬車ってやつ?」

「馬なしの馬車って……」

 彼女がそこにいることにではなく、彼女が乗っているナニカの異様さに声が震えた。長年の付き合いによる勘と言うべきか、その乗り物らしき謎の物体がアルダレスたちを圧倒する。

 これはとんでもないものではないか、と。

「いやー、速度出過ぎて参ったよ。街道の辻馬車追い越したと思ったら土が跳ねてフロントガラスにへばり付くわ、石踏んでめっちゃ跳ねるわで気持ち悪くなるし……まだまだ改良の余地があるなー」

 ため息交じりに頬についたまま乾いた泥を擦り落とすアリア。その言葉の内容に興味を惹かれて、アルダレスは身を乗り出した。

「待てアリア。辻馬車を追い越したって言ったが、こいつは馬よりも早く走れるのか? 最長でどれだけ走っていられる?」

 もしも馬以上の速度で走ることができるなら、王都までにかかる時間を大分短縮できるはずだ。砂漠から一粒の砂金を取り出したような希望を宿した目で聞けば、アリアはその態度に顔を引き攣らせた。

「なに? えらく食いつきいいね……まあ、私たち全員詰めて乗っても馬の二倍くらいはスピード出るよ。耐久性は……どうだろ。1日くらいなら平気だろうけど、機関部がオーバーヒートしたら立ち往生確実?」

「それなら5日で王都までつけるよ!」

「すごいじゃないアリア!」

 自信なさげに首を傾げるアリアの手を取ってジュリオとエミリーが喜色満面の笑みを浮かべる。

「え、なに? うーん、とりあえず、えっへん!」

 二人の言葉の意味が分からずにアリアハ呆けたままだったが、自分の中で何かを完結させたのか無意味に偉そうに胸を張る。

「よし、それなら善は急げだ。行こう! 目指すは王都。勇輝を殴りに!」

「あとはアティを助けに、ね」

「え、勇輝とアティいなくなったの? なんで?」

「……なんというか、あいつらはすごいな」

 どこまでも前向きなジュリオ、そしてそれを窘めるエミリーと事態を呑み込めないままでも友人を助けられるアリア。そんな三人の姿を見て、先程までの自分の覚悟が馬鹿らしくも思えてくる。

「戦う理由と戦う覚悟は似ているが違うもの。どちらが欠けても人は戦うことができない、か……全く陛下はうまいことを言うよな」

 昔日の思い出が脳裏に甦る。あの時、戦う理由と覚悟を問われ、自分は何と答えたのだったか。

 そして、今の自分は……

「覚悟はある。十年前からずっと、忘れたことなんてない。使命を果たすと決めたんだ。けど、俺が本当に戦う理由は――」

 アルダレス=ファンディエナが戦う理由は何だったのか。ただがむしゃらに走り抜けてきた今、一体自分は何のために戦うのか、自分自身に問いかけるとそっと右手を温かい温度が包んだ。

「アル。迷ったときはシンプルに、目の前のことを考える。私たちはいつもそうしてきたでしょ?」

「……ああ、そうか。そうだった」

 左手で、右手を包み込む相棒の手へと触れる。目から鱗が落ちると言うべきか、それまでの迷いが嘘のように自分の中にあった理由へと辿り着いた。

「サンキュな、ナターシャ。面倒をかけた」

「いつものことでしょ?」

「違いない」

 今はまだ、未来のために戦う理由なんて考えることはできない。ただ、それでも戦うことができるのは、その理由は――。

「団長たちも早く!」

「ああ、今行く」

 逸る声をあげるジュリオに頷いてアルダレスはもう一度ナターシャを振り返った。

「行くぞ、ナターシャ。俺たちの十年に決着をつけるために」

「ええ。アティと……なにより私たちが本当の意味で歩き出すために、ね」

 自らの意思を継ぐ勇者は既に旅立ち、彼らを見守る少年たちも強い心で歩き始めている。


――だからこそ、自分たちも本当の一歩を踏み出すために。


二人の騎士もまた、十年の決着に向けて歩き出した。


ようやくクレスエント編の<上>部分が終了しました。

予定していた8月以内に収まらなかったとは(血涙)。

こんなダメ作者にお付き合いいただいている読者様には汗顔の至りです。


なお、クレスエント編の完結部となる<下>はストックを溜めてからになるので更新が止まります。

なるべく早めに更新しようとは思っていますが、詳細はたま~の活動報告でご確認ください(多分報告します)


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