幕間 《騒乱の予感》 4
仕事の忙しさと夏休みの取得で更新がだいぶ遅れました。
ストックが無いのでちょっと厳しいか……
もう少しで<上>の部分が終わるのでそこからしばらくは更新が止まるかもしれません(汗)
伸ばした手に痛みを感じた瞬間、勇輝は自分が眠っていたのだと気付いた。
瞼を開ければ、一部が日に焼けた木目の天井が視界に入り、視線を横に向ければ少なくともここが自分の知らない家屋の一室であることがわかった。
「ここは……どこだ?」
呟いた後になって、意味のない独り言だと思った。掠れた声が届く範囲に人がいないのだから返事など望むべくもなく、現在位置の把握をするならば外へ出ればいいのだ。
「よし、行くか――って、うわ!」
身体を起こした直後、身体を支えるはずだった右腕に力が入らずに固い床へと投げ出される。
「痛ぅ……なんだ? 右腕の感覚がない、っていうか握力が無くなってる?」
右手を開いて、握る。それだけの動作で指先が震えた。
その事実に呆然としていると勢いよく部屋の扉が開かれ、その向こうから白髭を蓄えた偉丈夫が姿を見せた。
「おう、目が覚めたのか。すごい音がしたが大丈夫か?」
「ガーランドさん? そっか、ここガーランドさんの家なのか」
弛緩した表情で呟いた勇輝の言葉にガーランドは静かに頷いた。
「倒れたお前さんを運び込むにも、リーリア教会は少し遠いからな。それにジュリオたちはまだアティの行く先を探していて手が離せない。アルとナターシャは家に引きこもって何かしてるようだが……あっちも手が離せないと頼まれちまってな。だから儂がお前さんとマーテルの嬢ちゃんを引き受けたわけよ。まあマーテルは寝ちまってるがな」
「アティ……そうだ、俺も!」
「落ち着け。今のお前さんは重傷の怪我人だ。今だって身体がうまく動かなくて転がり落ちたんじゃないのか?」
勇輝のそれよりも二回りは太い腕に押さえつけられ、仕方なく寝台へと腰かける。それでも表情に浮かぶ不満を読み取ったのかガーランドは深く息を吐いた。
「元気があるのはいいがな。起き上がったばかりで冷静でもないお前さんが無計画に動いたところで得るものなんざ何もない。仮に目星がついてるとしたって、その右手……まともに動かないんだろう?」
「それは……」
年月に磨かれた洞察力か、勇輝の異常を言い当てた老人の言葉に自らの右手を見た。
「たしかに、こんな状態で獣魔に襲われたらただじゃ済まないだろうけど……」
利き手でないとはいえ、こんな状態ではこれから行く先に予想される障害を無事に乗り越えられるとは思えない。
なにせ目的とする場所は少なく見積もっても10日はかかる距離の先にあるのだから。
「待て、目的地?」
そこまで考えて勇輝は自分の思考に疑問を感じた。
「なんで俺はそんなことを――いや、そうだ。王都ヴァレンシュタイン……俺はそこに行かなきゃいけない」
確証はない。ただ確信だけが勇輝の胸にあるだけだ。それでも勇輝にとっては、その確信だけがあれば十分だった。
その確信が言霊となって現実を引き寄せてくれるように勇輝は心に浮かんだ真実を口にした。
「そこにアティがいる。アティが待ってる」
「おい、勇輝?」
「ガーランドさん、俺行くよ。アティが待ってるんだ」
怪訝な表情のガーランドを見上げて勇輝は笑ってみせた。
「だがお前、その怪我じゃ――」
「大丈夫」
ガーランドの言葉を遮るように勇輝は握りしめた左手を掲げて見せた。
「右手が使えなくたって、まだこっちが残ってる。それに俺は、もっと強くならなきゃいけないんだ。マティアスの時と同じ想いをしない為にも、この程度で弱音なんて吐いていられない」
自らが言葉にした後悔も拳に込めた言葉は半ば自分に言い聞かせたものだ。そして敢えて口にした想いは勇輝の決心を強くする。
「……はあ、仕方ねえな」
その言葉に宿る想念を察して、ガーランドは溜息の後にそばの机から一本の鍵を取り出した。
「裏の厩舎の鍵だ。好きなのに一頭乗ってけ。つっても三頭しかいないがな」
「ガーランドさん……」
鍵を受け取ったまま素直に自分を行かせてくれるという彼の名を呼ぶと、ガーランドはきまりが悪そうに頭を掻いた。
「昔っからそういう眼をしてる奴には弱いんだよ。いっちょ前に覚悟を決めた野郎を止めるなんざ、同じ男としちゃあ野暮以外の何でもねえ」
「でも、三頭しかいないんでしょう? 無事に返せないかもしれないけど……」
「そういう御託はいい。一頭くれてやるって言ってんだ。後は好きに使え。それと――」
机上に置かれた質の悪い紙に何かを書き込み、封に入れて差し出しながらガーランドは勇輝の肩を叩いた。
「行く先は王都だって言ってたが、着いてからの行動指針は立っていないんだろう? なら、闇蜘蛛っていう情報屋を訪ねてこいつを見せろ。多少は役に立つはずだ」
「ガーランドさん……ありがとうございます」
受け取った手紙を上着の内ポケットに押し込んで礼を言うとガーランドは何も言わず、押し出すように勇輝の背中を強く叩いた。
「痛っ……行ってきます!」
押し出された勢いのままに歩き出す。
「絶対にアティを連れて帰ってくるから!」
叫びながらも振り返ることなく。
今度こそ大切なものを護るために、勇輝は走り出した。




