第三章《密計の見世物小屋(コンスピラシー・サーカス)》 11
また一人、斬りかかってきた男の眉間を撃ち抜いた。
「これで7人目! みんなの避難もそろそろ終わるし、なんとか順調に進んでるかな――っと!」
独り言ちながら横合いから襲い来る新手を蹴り倒す。転倒の衝撃に悶絶する敵にとどめの銃撃を撃ち込み、ジュリオは軽く嘆息した。
「この人たちも、何が目当てでサーベラスなんて狙うんだろう。奪える金品なんてたかが知れてるのに」
「それなら、お金目当てじゃないんじゃないの?」
独り言に答える声に振り返れば、エミリーが倒れ伏す敵を縛り上げていた。
「こんな大勢の人間がいる中で騒ぎを起こして窃盗なんてするはずないし、単純に考えれば目的のものが今この瞬間にここにあるって考えるのが自然でしょ」
「……それなら、標的は観客の誰かかな」
エミリーの言葉に共感してジュリオは顎先を撫でながら唸った。その姿に苦笑しながらエミリーは最後の一人を捕縛する。
「おしまいっと……無暗に死人が出ないのは良いけど、後始末が面倒よね」
「いやあ、実体弾は極力使わないように言われてるからしょうがないんだよね」
肩を叩いてぼやいたエミリーに頷くと、ジュリオは手の中で銃を鳴らした。
ジュリオの銃に弾丸は装填されていない。それは弾倉が存在しないからではなく、ジュリオにとっては弾丸の装填をする必要がないからだ。
銃というのはその誕生理由からして命を奪うことを前提にしている武器である。それ故に敵を撃ち抜き、或いは体内に致死の要因となる弾丸を残す機構というのは開発段階で既に実装されている。この点だけならば、勇輝から聞いた異世界の銃器と違うところはない。
しかしファーレシアの銃が持つ機構は、ただ鉄の塊を高速で撃ち出すというものに留まらない。
ファーレシアにおいて銃とはもっとも新しいアーティファクト――特定の目的に特化させた奏術を行使する道具なのだ。
銃に与えられている奏術は単純に圧縮した響素を撃ち出すというものだ。本来は撃ち出される響素に金属でできた銃弾を乗せて標的を撃ち抜く。
そして、その響素を撃ちだすという機能だけを用いれば、全力で駆ける馬車馬に撥ねられたような衝撃を局所的に与えるという、幾分か殺傷性を抑えた使い方ができる。
それに加えてその威力を調整された愛銃ならば暴徒たちの命を奪うこともない。
「まあ、人の命なんて奪わないでいられればそれに越したことはないよね。人に恨まれるのって怖いし」
「まったくもって同感だけど、あなたやっぱり向いてないんじゃないの自警団?」
苦笑しながら言う双子の姉の言葉に内心、そうかもしれないなと思いながらも銃を掲げてエミリーに笑って見せた。
「僕は父さんの子で、ギルバート兄さんの弟だよ? 素質でいえばきっとこれが天職さ」
「また、そういうこと言う……」
呆れたようなエミリーの口許には未だ苦笑の色が浮かんでいる。ジュリオが自警団に所属してから何度も繰り返してきたやりとりは、今や二人にとって場を和ませるジョークと化していた。
「でも実質的には僕と団長に勇輝の三人だけで大した被害もないまま、ほとんどの敵が鎮圧できてるわけだし――っ!?」
軽口を最後まで続けることなく、ジュリオは視界の隅に映り込んだ男の姿に目を見開いた。
名前はたしか、アントニオ=ラーグバーウェ。このサーカスを催した雑技団一座の座長を名乗っていた立場が本物ならば、彼こそがこの騒動の黒幕だ。
その男が鋭く不吉な眼差しを据えたまま、不可思議な軌道を手でなぞっていた。
「あの人、なにを……?」
あまりにも不可解な行動に、彼を拘束するということも忘れたまま呆けていると、やがてアントニオの手に仄暗い赤光が集い始めた。
――あれは、奏術!? でも、あんな色見たこともない!
光の色から見て、恐らくは赤色系統の奏術だろうというのは予想がついた。
しかし、その光はジュリオが知る鮮やかな真紅ではなく、本能的な不快感を与えてくるような禍々しい黒紅色だ。
正体不明の奏術にジュリオが困惑している間にもアントニオの掌には奏術の輝きが集まっていき、やがて彼はその手を突き出した。
その手が向く先には――。
「まずい! 逃げて勇輝、アティ!」
焦燥の色に滲んだ声が天幕の下に響く。その声を受けて勇輝がアントニオの姿を視界に収めたが、僅かに遅い。
ジュリオの叫びから僅かに遅れて、赤黒い輝きが迸った。




