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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
クレスエント王国編 ~誓いの騎士と十年の清算~
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第三章《密計の見世物小屋(コンスピラシー・サーカス)》 9

 太陽が姿を消し、空に浮かぶ月がようやく入れ替わるかという時間、勇輝はアーティアと共に南門で仲間たちを待っていた。

「午後6時43分……少し早すぎたな」

 懐中時計の蓋を開いて確認すれば、約束の時間よりも15分以上も早い。

「ごめんね、勇輝。私が早く出ようって急かしたから」

「アティの所為じゃないよ。それにたかが15分くらいなら、星でも眺めていればすぐさ」

 申し訳なさそうにする少女に笑いかけて、頭上に広がる星空を見上げる。

「勇輝って、本当に星を見るのが好きなんだね」

 満天の星空に目を輝かせる勇輝の隣でクスと笑う声に視線を向ければ、アーティアが優しい眼差しでこちらを見つめていた。

「そうだな、星を見るのは好きだ。どこにも行かなくても、冒険をしている気分になれるから」

 見つめてくる視線が妙に気恥ずかしくて、視線を逸らすように再び空を見上げる。その視線を追うようにアーティアも空に輝く星の光を見上げた。

「星を見るのが冒険?」

 不思議そうに問う声に頷くと勇輝は自分の趣味のルーツを思い出す。

「小さい頃に読んだ絵本に星の光は別の世界からのメッセージっていう言葉があってさ。その本を読んでからかな、星を見るのが好きになったのは」

 ここではないどこか。そこからやってくる、決して手の届かないメッセージ。

 星の光が勇輝の中に創り出した憧憬はどんな英雄譚よりも、どれほど高く評価される音楽や物語よりも勇輝の中の少年を育ててきた。

「とはいえ今はその別世界にいるわけで、多分今の俺は星の中に地球があるのかなって考えて探してるんだと思う」

 どれほど嫌っていようと、地球は勇輝にとって自身が生まれた故郷だ。

 世界とは宇宙に浮かぶ天体の一つであるという常識を持つ勇輝の心には、見えているかもしれない故郷の光を探す郷愁の念が確かに息づいていた。

「やっぱり、勇輝は帰りたいんだよね」

「いや、まあ……父さんや母さんには何も言えないままだから心配してるだろうなとは思うけど、帰りたいかって聞かれると微妙なところなんだよなぁ」

 少し沈んだアーティアの声に苦笑して、勇輝は頬を掻く。

「前にも言ったことあると思うけど、俺は日本の社会ってのが大嫌いだ」

 傍らにそびえる町の外壁に背を預け、どこか遠くに存在するはずの故郷を勇輝は睨み付けた。

「誰もが平等だ、才能のあるものは評価されるべきだなんて綺麗事を並べ立てるくせに、大多数の人間が共感を抱くことができる領域を逸脱した出る杭は存在を許されない社会。そんな場所で生きる意味なんて他人の奴隷になるようなものだと思った。いや、今でも思ってる」

 心情を吐露しながら星の光を掴むように手を伸ばす。その所作の意味に自分で気付いて思わず失笑をこぼした。

「一応、わかってるんだよ。結局俺は自分の思い通りに生きられない世界が嫌だなんて子供みたいな我儘で現実を見ていないんだって」

 肘で壁を押した反動で身体を立て直すと、もう一度銀髪の少女に向き直る。

「ファーレシアに来た理由は自分で納得して生きられる理由を見つけるためだった。だけど、そんな俺の勝手がマティアスを手にかける結果を生んだ。あいつが死んで、いろいろなことを考えているうちに自分がガキなんだってことに気付いた」

 今でも友を貫いた剣の感触はこの手に残っている。ともすれば二度と剣を持てないことになったかもしれない衝撃は朝凪勇輝という人間を少なからず変えたのだ。

「気付いてしまったから、この心に折り合いをつけていかなくちゃいけない。望まない生き方でも受け入れて生きていかなくちゃいけない。だからいずれは帰らなくちゃいけないとしても、まだ帰りたいとは思えないんだ。ここはあの場所よりも俺にとって生きているって実感があるから」

「勇輝……それなら勇輝は、その時が来たら逃げないで自分と向き合える?」

 アーティアのその問いがそれまでのような軽い調子のものではないように感じて、勇輝はもう一度だけ黙して自問する。

――その時が来たら、本当に逃げずにいられるか? アティやジュリオたちと別れて、あの場所に俺は帰れるか?

 心の深くに問いかけて、静かに頷く。

「断言はできないけど、向き合いたいって思う。それが俺の、多分いろいろな人に迷惑をかけた責任だから」

「そっか……うん。勇輝ならそう言うよね。私も――」

 勇輝の答えに満足したのか、アーティアはその手を胸に当てて頷くとまっすぐな眼差しで勇輝の眼を見つめた。

「勇輝、私の本当の名前は――」

「ごめん、二人ともちょっと遅くなった!」

 アーティアの言葉と重なるように息を切らせたジュリオの声が大きく響いた。

 目を丸くしたまま振り向けば、膝に手を当てて調息する栗色髪の少年とその後ろから歩いてくるアルダレス、ナターシャ、エミリー、そしてマーテルの姿が見えた。

「結局、アリアは興味ないから来ないって……あれ、僕なんかまずい時に来ちゃった?」

「ううん、そんなことないよ! そっか、もう待ち合わせ時間になってたんだ」

 慌てて取り繕ったアーティアが壁門の大時計を見上げると時刻はすでに7時5分を指していた。

「待たせて悪かったな二人とも。それじゃあ行くか」

「いくかー」

「はい、アルさん。マーテルも楽しみだね」

――アティ、さっきのは一体……。

 アルダレスの声に頷いたアーティアの背中を追って歩き出しながら、勇輝は聞き損なった彼女の言葉の意味を考えていた。

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