第三章《密計の見世物小屋(コンスピラシー・サーカス)》 1
晴れた日の昼下がり、サーベラス自警団の詰所に拵えられた談話室では二〇人程度の団員が昼休みを気ままに過ごしていた。
昼食を取りながら他愛のない話に興じる者、仕事終わりの一杯を賭けてカードゲームに興じる者、昨日から町に滞在している行商団から購入した本を読み耽る者などその過ごし方は様々だ。
割り当てられていた地域の巡回を終えた勇輝も、ジュリオやアルダレスたちと同じ卓を囲んで話に華を咲かせていた。
「二ヶ月に一度の行商って聞いてたけど、あんなに混むものなのか? 今時、新作ゲームの発売日でもあんな混み方しないって」
「シンサクゲームが何かは知らないけど、昨日はいつもより混んでたかもね。サーカスの開演と日取りが重なったから、観に行く前に買い物を済ませようと思った人が多かったんじゃないかな?」
「まぁ、行商の期間も三日間あるとはいえ、良品は先に売れてしまうからな。お祭り騒ぎを機会に仲を進めようとする恋人もいるだろうし、そういった手合いが殺到するだろうとは思っていたが……」
「それがわかってたならナターシャさんを説得すればよかったのに」
「それができれば苦労はしない」
「ですよねー」
片や姉、片や妻の買い物に荷物運びとして駆り出された二人は揃って苦笑する。自分の意思に沿わない重労働を担った者特有の連帯感が二人の間に生まれていた。
「……いや、俺たちの苦労はいい。早く忘れてしまいたいからな」
一際大きな溜息を吐いてアルダレスは頭を振り、行商団で購入した煙草を燻らせた。
「それで、勇輝は何か買ったのか? まさか勇輝までアティの荷物持ちだったわけでもないだろう」
「ええ、これを」
頷いてポケットから剣の装飾がなされた懐中時計を取り出した。
「時計か」
「あれ、勇輝って腕に巻く時計を持ってなかったっけ?」
「腕時計? 持ってるよ。でも、あれは元の世界で使っていたものだから12時間までしか刻まないんだよ」
ファーレシアの時間は1日につき28時間だ。地球の時間に合わせた時計を使用していると次第に時間の感覚に狂いが生じてくる。
「この前、7時だと思って帰ったら9時を過ぎててアティに怒られたんだよな。その時に持ち運べる正確な時計を買うべきだって言われて探してたんだけど、気に入ったデザインがあって良かったよ」
「うん、良いデザインだと思うよ。幾らだったの?」
「200ミープだったな。安いだろ?」
ミープというのはファーレシアで流通している貨幣の名称だ。五円玉のような硬貨の穴にメア・ピースが象嵌された貨幣で、象嵌されているメア・ピースの大きさに加えて金貨や銀貨、銅貨という仕分けによって価値が分別されている。
ちなみに通貨の最低単位は1ミープからだが、人々が日常的に使うのは銀貨一枚分の100ミープである。
「200ミープ!? それ、不良品じゃないの?」
時計の値段を聞いてジュリオは目を丸くした。
時計のような文明機器を取り扱っている店はサーベラスには存在せず、入手するならば行商団を通すか、王都まで買いに行くのが早い。しかし、その場合には費用もかかるため、平均単価は5000ミープ程度となる。それを踏まえれば、ジュリオの驚きも無理からぬことだった。
「売れ残りの骨董品だから、壊れても保証しないとは言われたよ。だけど、壊れてもアリアに構造と修理方法は教えてもらったから自分で直せるし、問題ないと思う」
「……買い物上手なんだね」
他にどう言えばいいのかわからないといった表情で乾いた笑い声をあげると、ジュリオは持参したバスケットの蓋を開いた。
「姉さんも、もう少し計画的な買い物してくれればいいんだけどなぁ……あ」
バスケットの中身を見て、ジュリオは深い溜息を吐いた。その後ろから中身を覗き込むと、非常に綺麗に仕上がったサンドイッチが詰められていた。
「はぁ……またか」
「なんだジュリオ、またその具材か……たまには別のものも食べたいってエミリーに言ってみたらどうだ? 同じものばっかり食ってても飽きるだろ?」
「……言われてみれば」
「……手、抜かれてるのか」
「いや、でも……あのエミリーだぜ?」
毎日の昼食が決まって同じ具材のサンドイッチであることは昼食を共にする団員ならば周知の事実だが、初めて気付いた者もいるようで、多くの団員はジュリオを見る目に憐憫の情を浮かべていた。
「俺が料理のレシピを教えてやってもいい。たまには弟らしく甘えるのも許されると思うんだが」
談話室の中をどこか重い空気が満ちていく。団員たちの同情の視線を受けて、ジュリオは合点のいかない顔で首を傾げた。
「いえ? これ作ってるの僕ですけど」
『はぁ!?』
全員の驚愕が重い空気を破裂させた。重たかった空気が一瞬で混沌へと姿を変える。
「いや、けど、え? この見た目と大きさ……え?」
団員の一人が指摘した通り、ジュリオの持参したサンドイッチは丁寧且つ繊細に、色合いまでも考えて組み上げられたような見た目であり、サイズも女性用としか思えない一口サイズだ。誰もジュリオ自身が作ったという可能性を考えなかったのは、この見た目によるものが大きいだろう。
「姉さんのと間違えて持って来ちゃったんだ。たまには家事で楽したいとか言ってたんで僕が姉さんの分も作ったんだけど、同じバスケットだから……たまにあるんだよね、こういうこと」
「それにしたって器用すぎんだろ! どこの乙女の力作だよ、これ?」
「喫茶店経営してる俺でも、ここまで綺麗にはできんぞ……」
自信を喪失したのか、顔を青ざめさせたアルダレスの口から煙草が落ち、咄嗟に勇輝が投げた灰皿に収まった。
「どうして僕が料理できるだけでここまで混乱するんだ……」
「意外性が強すぎたんだろ。ものすごく美味くて可愛いデザインのケーキを作ったのがマッチョなおっさんだったみたいな……ていうか、ジュリオの家ってエミリーが料理でジュリオが掃除を担当じゃないのか? 俺、前にエミリーに怒られたんだけど」
以前、勇輝が夕食を作ろうとした時、アーティアと一緒になって「女っていうのは男の人にキッチンを荒らされることを嫌う生き物なの!」と猛烈に抗議されたことがあるので、ジュリオも厨房に立てない身だろうと思っていた。
それを伝えると、ジュリオは悲しい表情で首を振った。
「勇輝、姉なんて生き物をナメちゃいけないよ……姉さんは僕を男として扱ってなんてくれないんだから」
「そっか……」
弟や妹に厳しい兄姉はどこの世界にでもいるということだろうか、と勇輝はなんとなく納得した。
「それに姉さんの作る料理って薬膳ものが多くて……結果的に自分で作った方が美味しいんだよね」
「苦労してるんだな」
遠い目をしてサンドイッチを頬張るジュリオの背には、年齢に似合わない哀愁が漂っていた。
「いや、待て。ジュリオが料理をしていることと毎日同じものを食べている理由は関係ないだろう?」
「あ、復活した」
突然問題を指摘したアルダレスの姿に室内を見渡せば、先程までの混乱も徐々に収まりつつあった。もっとも、一部の人間は空気を読んで同調していただけだろうが。
「いえ……食材の種類だけはあるんですけど、これ以外に作り方を知ってる料理がないんですよ。これだって昔、兄さんに教わったから作れるだけだし」
「そういうことなら俺やエミリーに聞けよ……」
嘆息して新たな煙草を取り出すと、アルダレスはマッチを使って火をつけた。
「そうだな……暇な時に『セピア』で働いてみるか? メニューを覚えればジュリオはレパートリーが広がるし、追加収入も得られる。うちは仕事で楽ができる。一挙両得だと思うが」
「いいですね、それ。考えておきます」
「ああ。気が向いたら言ってくれ」
即決せず、事前に考える癖を持つジュリオらしい答えにアルダレスは頷き、煙草をふかせた。
室内の混乱が完全に収束する頃には、昼休みを終えて巡回へと出かけた者、訓練に精を出す者、今日の仕事を終えて帰る者が現れ始め、気付けば談話室には午前の内に仕事を終えてしまった勇輝とジュリオ、アルダレスの三人だけが残っていた。
「お前たちは帰らないのか?」
「もう少ししたらジュリオと奏術の訓練をするってことになって」
「訓練所が空くまでは待機しておこうかな、と……団長こそ、帰らないんですか?」
何気ないジュリオの問いに、アルダレスはついと目を逸らした。
「ガーランドのおやっさんが武器の納品に来ると言っていたんでな……それに、今帰ってもナターシャにこき使われるのが目に見えてるからな……」
「ああ、なるほど」
自警団の長らしい仕事に納得する。後半なにかを小声で呟いていたようだが、深く聞かないのが人情というものだろう。
しばらくして、訓練を終えた団員が訓練所から続々と姿を消し、勇輝たちが奏術の訓練を始めようとした時、ガーランドは訪れた。
「おう、注文の品を持って来たぞ」
「待ってたよ、おやっさん……もう少し遅くても良かったがな」
「いきなり随分な言いようだな。大方、またナターシャを怒らせるようなことをしでかして店に居場所がないんだろうが」
図星をつく言葉にうっと息を詰まらせるアルダレスの姿を豪快に笑い飛ばしながらガーランドは背負った包みを卓上に広げた。
「それならお前さんには朗報があるぞ。町の人間からある程度は聞いてるだろうが、今そこに来てるサーカスが随分人気らしくてな。アルも嫁さんの機嫌を取るために誘ってみるのはどうだ?」
「人気なのは聞いてるがな……ナターシャがサーカスなんぞ見に行きたがるかね?」
腕を組んで疑問を口にするアルダレスにガーランドは再び爆笑した。
「わかっとらんな。こういうのは仲直りのきっかけってやつだ。気に入る、入らないに関係なくお前さんが誠意を見せてやればナターシャとてちったぁ態度も軟化するってもんさ」
「男女関係って複雑なんだねぇ……喧嘩両成敗じゃ成り立たないのか」
「いや、団長のは自業自得なんだから、それくらいしないとって話だろ……つまり、ジュリオもそれくらいした方がいいってことだからな?」
的外れなことを言うジュリオに突っ込みを入れると勇輝はサーカス観賞を渋るアルダレスに首を傾げた。
「団長、サーカスに行きたくない理由でもあるんですか? ナターシャさんと出かけるくらい問題ないでしょうに」
「いや、あの状態のあいつにどうやって誘いをかければいいのか……下手なことを言うとまた……」
「なんでこんな人が結婚できたんだ?」
「大人ってのはそういうもんだ。俺も死んだ女房の相手にゃ苦労したもんだ」
「はぁ……けど、恋人とサーカスなんてそんなに楽しいものなのか?」
手際良く武器を卓上へ広げながら笑うガーランドに胡乱な頷きを返し、勇輝はふと湧いた疑問を口にした。
「勇輝にはまだわからんか」
ガーランドは「勇者様もまだまだ子供だな」とと笑って豊かな顎鬚を撫でた。
「まぁ、サーベラスじゃ珍しい興行だからな。別に恋人でなくとも娯楽に飢えてる若い連中は真っ先に観に行ってるらしい。観に行った人間の話じゃ滅多に見れないモンが見れたってんで相当な評判だぞ」
「ああ、つまり刺激に飢えてるからサーカスでもなんでもいいわけか」
「そんな身も蓋もない」
「……まぁ、お前さんらも好きな女ができりゃわかるさ」
恋愛事に疎い二人が苦笑する姿に肩を竦め、ガーランドはアルダレスを振り返った。
「悩むのはいいんだが、確認してくれんか? 注文の品はこれで全部だと思うが」
「あ、ああ。今確認するよ」
ガーランドの言葉に我を取り戻したアルダレスは、発注書を棚から取り出して納品の確認を始める。
「俺たちも行こうか」
「そうだね。それじゃガーランドさん、失礼します」
「おう、お疲れさん」
その姿を見ながら、勇輝はジュリオと共に訓練所へと向かった。




