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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
クレスエント王国編 ~誓いの騎士と十年の清算~
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第二章《変事の予兆》 9

 サーベラスの南に備えられた堅牢なアーチ状の門を潜り、五分ほど歩くと百人は収容できそうな巨大なテントが見えてきた。

「思ったより近いところにあるんだな。それに予想してたより大きい」

「王都での興行も視野に入れてあるんじゃない? こういう娯楽ってそう多くないから集客率もいいだろうし、大人数を相手にすることが前提だろうから」

 ジュリオの言葉になるほど、と納得する。幼い頃に一度サーカスに行った記憶はあるが、その時は大き目のメモリアルホールに大勢の観衆が揃っていた。

「勇輝の世界でもサーカスはあったんでしょ? どんな感じだったの?」

「んー。テント張るっていう本格的なのには行ったことないんだよな……こう舞台のある広い場所で空中ブランコとかしてたような……」

 十年近く昔のことなので記憶も曖昧だ。説明しようとしても具体的な内容が思い出せない。

「まぁ、多分ここでやってることと一緒じゃないか? 人を楽しませるっていう目的は同じだろ?」

「目的はそうでしょうね。今までサーカスなんて行ったことがないから、何をするかまではわからないけれど」

 肩を竦めるエミリーの言葉にアーティアとジュリオが頷く。

「え、全員行ったことないのか? ファーレシアじゃ数少ない娯楽なんだろ?」

「そうだけど、サーカスってロステルの文化だからクレスエントでの興行が少ないの。だからサーベラスと港町のアティナスしかない大陸西側は大抵興行のルートから除外されてたの。今回は大分大きなサーカスみたいだから、王国内の全都市を回るんじゃないかな?」

 アーティアの説明で、以前聞いたファーレシアの文化事情を思い出す。

 商業に力を入れた政治を行うクレスエント王国とは違い、奔放な気性の人々が暮らすロステル連合国ではその自由な風潮から娯楽を次々と生み出している。クレスエント王国はそれらを商品として輸入することはあるが、専門的な技術を要するものについては教本もないので普及しづらいというのが現状なのだという。

「それに、十年前まで荒廃戦争でそれどころじゃなかったしね」

「戦争、か……」

 ジュリオの言葉に20年間続いたという戦争のことを思う。戦争というものは本当に、人の心からは安寧を奪うだけなのだと勇輝はファーレシアで得た経験から実感していた。

「だけど、こうしてサーカスが回るようになったんだから、これからは国内の活気も戻ってくると思うわ」

「だね。もしかしたら、サーベラスももう少し賑わうようになるかも」

「ふふ、マーテルがはしゃぎそう」

「好奇心旺盛だからなぁ」

 そんな具合に他愛ない話をしながら歩いていると、やがてテントの前で開演の準備に追われている一団の姿を捉えた。

「なんか、大変そうだね」

「そうだな。開演がいつからなのかは知らないけど、猛獣が入った檻を自動車もなしに運んでるんだもんな」

「ジドウシャ?」

「俺の世界での乗り物だよ。動力を持った道具で、重い荷物を運ぶための物もあるんだ」

「へぇ……アリアが聞いたら喜びそうだね」

「ああ、今夜辺りに話してやる約束なんだ……っと話より先に仕事を終わらせようぜ」

 周囲に指示を与えている細身の割に風格を感じさせる男の姿を確認して促すと、勇輝は男へと声をかけた。

「忙しい中すみません。責任者の方ですか?」

「ええ。私がラーグバーウェ一座座長のアントニオですが、なにか御用ですか?」

「サーベラス自警団の勇輝です。サーベラスで興行をされると聞いていますが、滞在の日取りと公演のスケジュールをお聞きしてもいいでしょうか?」

「構いませんよ」

 勇輝が上着のポケットからメモとペンを取り出すと、見慣れぬ文具にアントニオは目を丸くした。

「変わった道具ですね。それに紙もそこまで綺麗なものは見たことがありませんよ」

「……あ。え、ええ。特注品なんですよ」

「ほぅ、特注品ですか」

「町の発明家が作ってくれたんですよ。アトライナさんと言えば聞いたことがあるんじゃないですか?」

 訝しむアントニオの視界を遮るようにして弁明をしたのはジュリオだった。その言葉にアントニオも納得したように頷いた。

「ああ、そういえばアレフ=アトライナさんはサーベラスにお住まいでしたね。なるほど彼が作ったものでしたか」

――アレフ? アリアの家族か?

 アントニオが口にした名前に疑問を覚えたが、今は無視して仕事を優先する。

「それで日程のことなんですが……」

「ああ、はい。準備自体は順調でして、今夜にも終わります。ただ長旅の後なので明日、明後日はリハーサルと休息に充てたいと考えておりまして……」

――明日はリハ、明後日は休み、と。

 メモ帳に付属している書き込みカレンダーを利用して日程を埋めていく。使用される暦が違うため、ファーレシアではただの表としてしか使えなくなっていた。

「ということは公演は三日後からですか?」

「そうなります。公演日時は三日間を予定しております。もちろん、リハーサルの見学がしたいというお声があれば対応させていただきます」

「わかりました。町の人間に伝えた上で要望が出た場合はお願いします」

 カレンダーにリハーサルと書き込んだ欄の下に見学可能と書き込んだところで、勇輝は自分の失敗に気付いた。

――俺以外の人間には読めないじゃないか。

 メモに書き込まれた言語は当然日本語だ。ファーレシアで使用されている聖リア語ではないため、このままメモを持ち帰っても勇輝が口頭で伝える他に伝達の手段がない。

――まぁ、後でジュリオに書き出してもらえばいいか……。

 簡単な解決法を頭に浮かべながら筆記用具を仕舞うと勇輝はアントニオに礼を言って待たせていたアーティアたちを振り返った。

「こっちの用事は終わったけど、アティたちはどうする?」

「あのね勇輝、一つ気になったことがあるんだけど」

「気になったこと?」

「あれなんだけど……」

 アーティアが示した方へ振り返ると、屈強な男たちが十人がかりで檻を運んでいた。

「あれがどうかしたのか?」

「あれって獣魔じゃない?」

「その通り。私たちの動物曲芸は獣魔を扱います」

 答える声の主を見れば、アントニオが何枚かのチラシを手渡してきた。

「そちらに書いてありますように、私たちの曲芸は地上曲芸と空中曲芸、道化芸に動物曲芸といった基本に忠実なものです。しかし、普通の猛獣ではなく獣魔を用いることで他では見られない芸をご覧いただけるようになっております」

「危なくはないですか? 獣魔って他者を襲う習性があるんでしょう?」

 勇輝が初めてファーレシアに来た時のことを思い出せば、未だに背筋が凍る思いがする。あれだけの力が公演中に暴れたらと考えるだけで戦慄を覚えるほどだ。

「なに、危険はありませんよ。企業秘密なので詳しくは言えませんが、うちの子たちは絶対に私たちの言いつけを破りませんから」

「それって、この匂いと何か関係あります?」

 突然口を開いたエミリーに一同の視線が集まる。彼女はアントニオの瞳をじっと見つめていた。

「この匂い……アセチアル草とヒエラ茸を挽いてブルーセージと混ぜた薬ですよね。たしか、強力な鎮静剤にもなるけど、トランス効果を誘発して生物の視覚盗視を可能にする薬物で、何十年も前に服用が原則禁止されてる」

「……ええ」

 答えるアントニオの声のトーンが僅かに下がる。

「それに加えて、ナッシュハーブの香りもします。単体なら傷薬として強い効果があるけど、先の薬物と併用して服用した場合に五感共有という副作用を増進させる効果があります……併用は、していませんよね?」

「ええ。ナッシュハーブは座員の怪我の治療に使用しているものですし、薬はあくまで獣魔を大人しくさせるための道具です。獣魔の躾に利用しているだけで危険なことはしていませんし、公演中に獣魔が私たちの指示を無視することもありえません。国からの許可も得ていますよ」

「そう、ですか……」

 アントニオの返答に釈然としないものをエミリーが感じているのを察しながら、これ以上の追及は無駄だろうと勇輝は直感する。

「それでも、万が一のことを考えて公演の際には自警団の人間が立ち入ることは許可してもらえますか?」

 念を押すようにジュリオが言うとアントニオは快く頷いた。

「ええ、それはもちろんです」

「ありがとうございます。ほら勇輝、みんなも行こう」

「ああ。アントニオさん、これで失礼します」

 ジュリオに促される形で一礼し、四人は町へと歩き出す。

 勇輝たちを見送るアントニオを振り返ると、常に笑みを浮かべながら手を振っていた。

 その笑顔に言いようのない不安を覚えながら、勇輝は町への帰路を歩いて行った。


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