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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
クレスエント王国編 ~誓いの騎士と十年の清算~
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第二章《変事の予兆》 10

 空が夕焼け色に染まり始めた時間、自警団屯所での報告を終えた勇輝はアトライナ家の前に立っていた。

「ユーキ、ごはんのまえにかえらないとダメだよー」

「わかってるよマーテル。だから入るべきか考えてるんだ」

 アリアとの約束を果たすために家に入れば一時間程度では済まない予感がある。しかし、夕食を食べてからでは適当な言い訳をつけてアリアの好奇心から逃れることもできないだろう。最悪、日を跨ぐ。

「どうしようかな……」

 扉に手をかけようとしては思い直すという作業を何度か繰り返していると、扉が音を立てて開き、アリアがおかしな顔でこちらを見つめていた。

「なにしてんの?」

「いや……」

 思わず目を逸らす。二の足を踏んでいたとはなんとなく言いづらい。

「アリアー、こんばんはー」

「こんばんわー、マーテル。アルんとこに居なくていいの?」

「今夜は教会(うち)で預かることになってるんだよ。夫婦状態的に子供を置いておけないってアティがな……」

 昼間、ファンディエナ夫妻が経営している雑貨喫茶店『セピア』までサーカスの概要を知らせに行ったときには店の中の雰囲気に驚愕したものだ。

 常に飄々としているアルダレスは青い顔で異常に腰の低い接客をしていたし、いつものように笑顔を崩さないナターシャが放っていた謎の威圧感は店内の酸素を奪っているかのような錯覚を覚えたほどだ。

 その時はアーティアが「小さい子供の教育に悪いでしょ!」と二人を叱ったおかげで悪質な空気が霧散したのだが、マーテルのことを心配して数日の間教会で彼女を引き取ることが決定したのだ。

「ああ……まだナっちゃんのお仕置き続いてたんだ」

「お仕置き?」

「そそ。ナっちゃんのはアレは心にトラウマ背負うらしいよ。エミリーとアティが受け継いでるから、勇輝も注意しないと危ないかもねー」

 カラカラと笑ったアリアに家に入るように促されて扉を潜ると、彼女は率先して地下への階段をおりていく。

「この家、地下まであるのか」

「地下って言っても坂の下に入り口のある作業場だけどねー。そういう意味じゃ、玄関は二階かな」

 マーテルの手を引きながら階段を下りると照明の落とされた真っ暗な空間が広がっていた。

「くらいー」

「待ってて。今、明かりつけるから」

 アリアの声が聞こえた直後、暗闇に満ちた空間に光が満ちた。明順応による眩しさから眼を庇った腕をどけると、予想していたよりも広い〝作業場〟が視界に広がっていた。

「ひろーい!」

「……本当に、この家だけ町から浮いてるよな」

 大浴場にガレージと見間違うほどの工房、一部に設置された自動ドアなど、とてもではないが文明レベルのベースが中世ヨーロッパの印象がある世界の建築物だとは思えない。

「てか、俺の世界の話をするのにどうしてこんな場所なんだよ。上の部屋でいいだろ」

「あー。それはね、勇輝に見てほしいものがあったんだよね」

「見てほしいもの?」

 いつの間にか三人分のお茶を用意していたアリアに聞き返すと、アリアは作業場の三分の二を占める作業台の中央に鎮座している物体を指差した。

「前にさ、勇輝の世界には自動車っていう乗り物があるって言ってたじゃん? 一応、聞いたことと思いついた範囲で作ってみたんだけど、こんな感じ?」

 明かりに照らされて際立つ白い塗装に注目すれば、軽自動車よりも僅かに小さく、ミニカーよりも大きい自動車もどきがそこにはあった。

「これ……昔の自動車に似てるな」

 勇輝が紙に書いて伝えたのは現代の軽自動車なのだが、目の前の試作品は車体を覆うピラーがないことを除けば、モデルTというアメリカで作られた自動車に近い姿をしていた。

「いやぁ……ガソリンとかバッテリーとかって言われても作りようがなくてさ。響力機関だけで作ったらこの形になっちゃった。でもこれ、雨の日使えないんだよね……」

「ユーキ、これってバシャ?」

「見た目は似てるけど違うよ。これは車だマーテル。ク・ル・マ……まぁ、これじゃ雨曝しになって機関が壊れるよな……響力機関って水がダメなんだろ?」

「そ。だから、夜は良くても雨天は使えないの」

 マーテルの言った通り、何も知らない人間が見れば変わった形の荷車か馬車にしか見えない試作品は、空間と視界の確保のためか完全なオープンカーだった。

 原動力が電気か響素かという違いこそあれ、機械は大抵水に弱い。防水処理もされていないむき出しの機関を車体に乗せただけのこの車が雨空の下を走ることは不可能だろう。

「で、これ走らせてみたのか?」

「もち。街道から外れたところで2キルマルくらい走ってきたよ……お尻痛くなったけど。理論上なら馬の三倍は速度出せるように作ったから」

 キルマルというのはファーレシアでの距離の単位だ。キロメートルに相当し、メートルに相当するマルトラの上の単位だと以前アーティアから聞いた。

「三倍って……この車体でそんなに出したら自壊するだろ」

 ファーレシアの馬は響素の影響で地球の馬よりも足が速い。勇輝自身、この世界の馬が走っているところを見たのは数えるほどだが、瞬間最高速度ならば時速90キロメートルは出せるはずだ。

 その三倍の速度など、こんな鉄板に鋼鉄の車輪を付けただけの車体が耐えられるはずがない。

「だから理論上だってば。実際に出したりしないよ」

「それもそうか……で、結局これを見せてどういう反応を期待してたんだ?」

「勇輝なら、私も知らない方法でこれを完成させられるんじゃないかなぁって思ってたんだけど……どう?」

 藍色の髪越しに上目遣いの黄瞳が勇輝の目を捉える。アリアの意図するところを理解し、勇輝は自らの跳ねた髪をかき乱した。

「どうって言われても……俺は運転免許も持ってないし、専門的な知識だってないんだぞ? それに……なるべく地球の技術の悪いところはファーレシアに持ち込みたくないんだよな」

 自動車に限った話ではなく、現代地球文明の多くは自然環境を破壊して成り立っている側面があるのは事実だ。その逆に、ファーレシアの響力機関はそういった自然破壊のない理想的な文明機器だと勇輝は考えている。

 ファーレシアの技術によって扱われるならば、地球のような汚染された空気が生まれることはないのかもしれないが、自然破壊を誘発しかねない思考を伝えることに勇輝は強い抵抗を感じていた。

「技術に良し悪しなんてないよ。問題は取り扱う人間の方にしかないんだから。それに、これが完成すれば怪我人や病人の移送だってこれまでより楽になるんだよ」

「まぁ、一理あるか。仕方ないな……要するに耐久性を上げればいいんだよな? 速度に耐えるようにするだけなら……」

 自分の持てる限りの知識を総動員して思考する。響力機関に触れてどの程度の強度を持つ材質かを判断し、アリアと協議すると結論は比較的すぐに出た。

「鉄板の上と下に機関を取り付ける、か……けど動力伝達の配線が下側の機関の重さと衝撃で切れそうかも」

「配線なんて使う必要はないよ。響力機関だけで動かそうとするからいけないんだ。まずモーターを作って……それと、車体っていうのは機械を覆う鋼板とかもあってこそだろ……」

 机の上に無造作に広げられた真っ白な製図用紙に昔作った四輪駆動模型の図を書き出し、そこにいくつかの補助機器を書き込んでいく。

「ふむむ。なるほど、下側の機関は響素を上の機関に取り込むための補助機器ってことか。これならもっと頑丈で高性能にできるかも。さすが勇輝!」

「……なんでこんな技術があるのにモーターがないんだよ。あの機械どうやって動いてるんだ?」

 完成への目途が立って喜ぶアリアを尻目に、勇輝はファーレシアの技術に対する疑問を深めて頭を抱えた。

「ユーキ。おなかへったー」

 マーテルに袖を引かれて腕に巻いている時計を見れば、時刻は七時を示していた。

「ああ、もうこんな時間か。アリア、悪いけど俺たちは帰るよ」

「はいはい。いろいろ教えてくれてありがと。このままいけば多分三日後くらいには完成するかもだから、その時にでも試してみてよ」

「ああ、その時は呼んでくれ」

 完成したらみんなは驚くだろうなと考えながら、勇輝はアーティアの待つ教会への帰路を急ぐのだった。


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