第二章《変事の予兆》 8
「ふぁ……暇だなぁ。退屈で眠くなるよ」
「俺たちが暇なのは、いいことなんだけどな」
大口を開けて欠伸をするジュリオに苦笑しながら、勇輝は先ほど露天通りの果樹屋で貰ったクセスの美――ブドウ一粒を種の大きさはそのままに、林檎大にしたような果物――を齧った。
現在は自警団の職務である町の巡回中だ。二人一組の二組編成で一日の当番が割り当てられており、勇輝とジュリオは今日が担当だった。
「食感はライチだな。美味いけど、不思議な果物だよな」
「今が旬の実だからね。冬に早摘みしたのはすっぱすぎて食べられたもんじゃないよ。僕にも一個くれる?」
「一個と言わず半分やるよ。っていうか、なんで二つとも俺が持ってるんだよ」
「いや、手渡されたのが勇輝だったっていうだけじゃないか。言ってくれれば持ったよ」
二つある紙袋の一つを手渡し、紙袋の中の実と食べ終えた実のヘタを取りかえる。
「そういえば、結局エミリーには何をされたんだ? 割と元気みたいだけど」
ふと記憶が曖昧な夜のことを尋ねると、ジュリオはクセスの実に齧りつこうとした状態で固まった。次いで頭をフラフラと揺らしながら目は虚ろになっていく。
「ナンノコトカナ? ナニヲイッテルノカワカラナーイ」
「……おい、大丈夫か?」
突然覚えたての日本語を話す外国人のような口調になったジュリオに困惑する。どうやら精神に深刻な傷を負ってしまっているようだ。
「ナニモナイデスヨ? ナニモシマセンヨ? ウマレテキテゴメンナサイ……」
「悪かったから、思い出さなくていいから! 忘れてていいから!」
自分の発言が引き金となって調子の悪くなったジュリオを気遣いながらも足は止めない。
幸いにも、担当区域である南地区の巡回を終える頃にはジュリオの調子は大分元に戻っていたので病院に連れていくようなことはなかった。
「はい巡回終了、異常なしっと。どうする? このまま訓練所でも行って汗流す? 相手ならするけど」
「そうだなぁ……どうするか――ん?」
これからの行動に思案しようとした矢先、視界に見知った人影を見つけた。
「あ、勇輝とジュリオ。まだ巡回中?」
「アティに、エミリー!?」
栗色の髪を持つ少女の姿に、勇輝の身体は反射的に反応した。ジュリオを庇う位置へと身体の位置を動かす。当然、少女は眉根を寄せて訝しんだ。
「なに、どうかしたの?」
「いや、なんでもない! ただ、ジュリオが……」
「え、僕?」
ちら、と視線を向けると予想に反してジュリオは平静を保っていた。〝あの夜〟のことを言及しなければ大丈夫ということだろうか。
「……なんでもない。俺たちは巡回を終えたところだけど、エミリーと一緒ってことは病院帰り?」
自分たちが立っている場所はサーベラスの四方地区へと至る中央広場だ。教会のある東地区でもエミリーたちが暮らす住宅街のある西地区でもなく、自警団の詰所やサーベラス唯一の病院が存在する北地区から歩いてきたことから、彼女らの用事はある程度予想できる。
「ええ。そろそろ麻酔用の薬を新しいものと交換する時期だったから。ついに詰所にも寄ったのだけど」
「団長も今日は休みだし、すぐに帰ってきたと」
エミリーは町一番の薬剤師だ。こうして病院の薬状況を把握しているため、月に何度か町を回り、アーティアはその手伝いをしていると以前、聞かされていた。
「姉さん、今日は病院だけなの?」
「そうよ。それで二人とも、さっきバーゼル先生に聞いたのだけど、サーカスが興行に来るんだって」
「サーカス? それって、火の輪ライオンとかピエロとかのアレか?」
「勇輝のいた世界のサーカスがどんなものだったのかは知らないけど、猛獣とかナイフ投げとかのアレ、ね。町の外に来てテントを張ってるらしいわ。自警団でも承認してあるらしいけど?」
エミリーの肯定に、勇輝とジュリオは手を額に当てて溜息を吐いた。
「はぁ。そういうことは……」
「巡回出る前に言って欲しかったよ。予定の聴取は僕たちの担当じゃないか……」
町の外となれば必然的に露天通りの先、外敵を阻む門の前ということになる。町の外とはいえ、町の南側での興行となれば、南地区を担当している自分たちが滞在の日取りを聞いて報告しなければならない。
「まったく、二度手間じゃないか。ルドルフさんしっかりしてよ」
「ここで愚痴っててもしょうがないだろ。とりあえず、ささっと行ってこようぜ」
「あ、それなら!」
突然大きな声を挙げたアーティアを振り返る。彼女は笑顔のまま提案を口にした。
「四人で行きましょ。私も気になってたの」
「ああ、一緒に行こうか」
「男二人で行っても暇なだけだしね。あ、クセスの実食べる?」
「ええ、一つちょうだい」
そうして人数の増えた一行は、サーカスのテントを目指して歩き出した。




