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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
クレスエント王国編 ~誓いの騎士と十年の清算~
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第二章《変事の予兆》 4

「――ということで、折角裸の付き合いをしてるんだから、女同士でコイバナでも語ろうよ!」

「……嫌な予感的中」

「コイバナって……アリア自身は何も話す気ないでしょうに」

「まぁまぁ。わざわざお風呂を作ってくれたんだからこれくらいはいいんじゃない?」

 アリアの思い付きに付き合わされたのは例によってアーティアとエミリー、そしてナターシャだ。始まる前から不満を口にする二人を宥めるナターシャも突然の催しに少しばかり困惑気味である。

「っていうか、マーテルはどこ行ったの? なんか姿が見えないんだけど?」

「マーテル? あの子にこの話は早いでしょ。だから勇輝たちに預けてきた。身体に巻いたタオルは外さないように言ってあるし、まぁダイジョブでしょ? 勇輝は紳士ぽいしね」

「ちょっと!? 何でそういうことを勝手にするの!」

 アリアの突発的かつ非常識な行動にエミリーの怒声が飛ぶ。

「気にしなくてもダイジョブだって。アルは妻帯者、ジュリオは幼女趣味じゃないし、勇輝はさっきも言ったけど、そういうとこ問題なさそうだから。言っとくけど、三人に念は押したよ?」

「確かに勇輝なら心配いらないと思うけど……アルも子供の扱いは上手だし」

「その配慮をどうして日常に活かせないの……」

「けど、そういうことを話すのはいいけど、こんなところで話したら男湯にも聞こえるんじゃ?」

 頭を抱えるエミリーの胃を本気で心配しながら、アーティアは最大の不安を口にする。エミリーも思うところがあるのか、無言で頷いている。

「それならダイジョブ。この辺で話せば結構聞こえないはず……勇輝! ジュリオ! アル! 聞こえるー? ……ほら」

「たしかに、誰も返事しないわね」

 どういう仕組みかは知らないが、大声で呼びかけた声に反応する男性陣の声はない。これなら話を聞かれる心配はなく安心だが、ある意味で退路を断たれたようにも感じられる。

「それじゃ、アティの心配事も解消されたところで、まずはエミリーからいってみましょうか?」

「私から!? 私は恋愛なんて経験ないわよ!」

「今気になってる人でもいいよー。ほら、勇輝とか、ジュリオとか」

「どうして双子の弟が候補にいるのか疑問だけど?」

 ジトっとした目でアリアを睨み、エミリーは片眼を瞑ってアーティアへと向き直る。

「そうね、気になってる男の子かぁ……私の場合はアティと一緒で勇輝ってことになるのかしら? ジュリオとは別の意味で放っておけない感じというか……」

「えー? そういう母性的なのじゃなくてもっとこう、乙女チックなのはないの?」

「そう言われても、勇輝以外にそういう風に見れる相手なんて……自警団の人たちはまぁ、年齢的にはちょっと上なだけで問題ないけど好みのタイプなんていないし……」

 お湯を手で掬っては零すという行動を無意味に繰り返して五分程度は考えていただろうか、エミリーは突然手を止めて軽く嘆息した。

「……ああ。無理に考えれば、あれはそう考えてもいいの、かな?」

「え、いるの!?」

 予想外の言葉に上がった自分の声が浴場に反響し、アーティアは咄嗟に口を押さえた。沈黙がしばらくの間その場を支配し、一同は胸を撫で下ろした。

「いるといっても、多少気になるっていうくらいよ。好きとか嫌いとか、そういう気持ちはないもの」

「それでいいってば。それで、どんな人? 私も知ってる人?」

「アリアは多分知らない人。他のみんなは知ってるかもだけど」

 身を乗り出して迫るアリアを辟易した表情で押し返し、エミリーはアーティアを振り返る。

「ある意味、勇輝に似てる子なのよね……負けず嫌いそうなところとか、一人で何でもやってしまいそうなところとか」

「勇輝に……」

「似てる?」

 エミリーの言う特徴と、自分が知る勇輝の特徴を照らし合わせて、アーティアは一人の顔を思い出した。

「ああ、あの騎士の人」

 思わず不機嫌な声が出た。身近な人間と喧嘩をした相手に良い感情を抱けるほど自分は大人ではないのだ。実際、自分と親しい少年と件の騎士が連想できたことに少し納得のいかないものを感じていた。

「つまりエミリーの好みは子供っぽい男ってこと?」

 隣から出た予想外の結論に、思わずアーティアは座ったまま転ぶという器用な真似をすることになった。

「アリア、そんなストレートに……」

「うん……そうかもね。可愛げがない男の子はちょっと……かな」

「答えるの!?」

「まま、アティ。そういう趣旨だから」

 自分は何も語らないアリアに宥められるというのも釈然としない。しかし、場の流れを断つというのも後味が悪い。

「わかったわ……それなら、エミリー。子供っぽいなんて言っても、あの人は亡くなった人の悪口を言ってたんだよ。どうしてそんな人を意識してるの?」

「ん、と……確かに非常識な言動が目立ったけど、なんて言うのかしら……その言動が不自然な感じがしたのよね」

 頬に人差し指を当てて、思案しながら話すその顔は自分自身でもよくわかっていないという思考が如実に表れていた。

「虚勢、は違う……そう、まるで自分の恥ずかしい思い出を隠そうとする時のジュリオみたいな……」

「ああ、投影ってやつだね。自分の心に疾しいことがあって、認めたくない時に同じような性質の人に当たるっての?」

「当人なしで理由を予想してもホントのことはわからないものよ」

 二人の会話に苦笑しながら、ナターシャはどこから取り出したのか盃を傾ける。

「それに趣旨が変わってるわよ? 恋バナをするんじゃなかったのかしら?」

「あー、そうだった! それじゃ、エミリーの初恋かもしんないのはまだ不明な点が多いってことでいいの?」

「え、ええ。そうなるかしら?」

 時間に追われた料理人の如く捲し立てるアリアに困惑しながら頷き、エミリーは浴槽の縁に腰かけた。

「ちょっと浸かりすぎたかしら、暑い……」

「大丈夫、エミリー? 逆上(のぼ)せたんじゃないの?」

「いやぁ、多分テレてるんだよ。ニヤニヤ」

「アリア!」

 叱責の叫びに身を竦ませると、アリアは視線をナターシャへと向けた。

「まぁ、エミリーをいじめるのはこのくらいにして……真打のナっちゃんにアルとの馴れ初めとか、恋愛のイロハを語ってもらおうかなー?」

「そうね……あんまり長く話してもしょうがないし、かいつまんで言うと――」

 ナターシャの恋愛講座はそんな前置きが信用できなくなるほどに濃いものだった。

「――という感じで、男性というのは女が見てほしいところとは別のところを見てる生き物だから、それを意識することが大切ということよ。そもそも、アルは――」

「もういいよ! よく分かったから、ごちそうさま!」

 ナターシャが話を始めて五分も経つ頃には、知識欲の強いアリアですらうんざりした表情で止めに入るほどだった。

「……なんで、アリアはこんな話をしようと思ったの?」

 疲れた顔をしているだろうことを自覚しながら聞くと、アリアも今の自分に似ているだろう表情で動機を口にする。

「だって、アティが熱心にナっちゃんのこと見てるから、てっきり二人のことが羨ましいのかと思って……参考になる意見とかあるかなって」

「……その結果がこれかぁ。その気遣いは嬉しいけど、疲れるよ」

「私だってこんな濃いのが来るとは思わなかったよ!」

「ちょっと刺激が強かったわね……」

 三人して湯からあがり、冷たい石床の上に並んでいる姿は、男性陣には見せられないと思うほどに情けないものだった。

「恋愛、かぁ……」

 浮かんだ月の一つに手をかざし、何とはなしに呟いた言葉は、アーティアの脳裏に一人の少年の顔を浮かばせる。

 朝凪勇輝。ほんの少し前に出会ったばかりの少年。心の中で彼の表情が一喜一憂するのを見て心が浮き沈む。

 初めて会った時から経験のない感情を彼に抱いているのは理解している。ただ、それが本当に恋愛感情なのかということについてはアティ自身わかってはいなかった。

 胸を締め付けられるような高鳴りはない。彼の心を独り占めしたいという想いもない。あるのはただ純粋に共にありたいと願う心だけだ。

 この感情は勇者という偶像への憧れなのか、それとも朝凪勇輝という男性への恋心なのか、はたまたそれ以外の何かだろうか。

 今のアーティアにはわからない。恋をしたことがないからというだけではない。人伝に聞く恋とは似ても似つかない感情故に、心が混乱する。

「私は、勇輝に恋してるのかな?」

「さあね。その答えは自分で見つけなさいな。あなたにとって大切なものでしょ?」

 誰に向けたわけでもない呟きに返事を受け、慌てて視線を向ければナターシャが母親のそれに似た優しい微笑みを浮かべて自分を見下ろしていた。

「ナターシャさん……」

「もしアティが勇輝に恋心を抱いていなくても、あなたは勇輝のことを大切に思ってる。それだけは私やアル、エミリーだって知ってるし、断言できるわ。だから、あなたの想いはあなた自身で見つけなさい……あるいは勇輝と一緒に、ね」

「……うん」

 唇に立てた指を当ててウインクするナターシャに頷いてアーティアは再び空を見上げる。先程まで抱いていた不安は、少しだけ温かなものへと変わっていた。

「ニヤニヤ」

「ニヤニヤ」

「な、なに?」

 ふと、にやけながら自分を見る二対の眼に振り返ると、エミリーとアリアは示し合わせたようにアーティアへと抱きついてきた。

「アティだって話すことあるじゃないの!」

「水臭いなぁ、私たちにも話してみなよ!」

「ちょっと、危な――ってどこ触って……もう、離してー」

 じゃれ合う少女たちの姿を眺めながらナターシャは一人笑みを浮かべる。

「ふふ、青春ねぇ」

 彼女たちの夜は、多分まだ長い。


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