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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
クレスエント王国編 ~誓いの騎士と十年の清算~
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第二章《変事の予兆》 2

「……遅い。アリアは何をやってるんだ?」

 僅かな街灯の灯りに照らされた道の上で溜息と同時に勇輝は愚痴をこぼした。

 ここはサーベラスの外れにあるアリアの自宅で、周辺に民家の影はない。そんな場所に集められ、待機の指示を受けた面々のうち何人かもアリアの無計画じみた行動に不満を抱いているようだった。

「時間のかかる準備なら前もってしておいて欲しかったな。今日も訓練で疲れてるのに」

「なんだ、あの程度で音を上げてるのかジュリオ? そこまで厳しくしたつもりはないんだがな?」

「団長の基準はどこかおかしいと思うな。俺も正直疲れてるし……あっちは元気だな」

 時折交わす軽口に中身がないことを自覚しながら、勇輝は姦しい女性陣に目を向ける。

「アティ! これあげる!」

「わぁ、ありがとうマーテル。上手に描けてるね。みんなの絵?」

「うん! ユーキにこれもらったの」

「よかったわね。このアティ、そっくりじゃない」

「ねぇ、これアルは何をしてるの?」

「おひるねー!」

「……賑やかだなぁ」

 初めての経験に(はしゃ)ぐマーテルを相手にする女性陣は色々と様になっていた。意外というほどでもない辺り、あの三人は子育ての才能でもあるのだろうか?

「それにしても、こんな時間に何をするつもりなんだか……」

 何度目かの独り言を口にした直後、ごく普通な家屋というには不釣り合いの巨大な扉が開き、アリアが顔を見せた。

「お待たせー。ボイラーの調子が悪くて時間かかっちゃった。ごめんね」

「結局何が目的だったんだアリア? まぁ、特に意味がなくても今更驚かないが」

「うわ、アルってば酷っ! 折角招待してあげたのに」

「用意ができたなら行こうよ」

 げんなりとしたジュリオの提案に異を唱える者はいなかった。アリアが先導する形で家屋の中へと入り、どうしてこんな構造をしているのかと問い質したくなるほどに入り組んだ廊下を進むと少し広めの部屋に出た。

「ここは何だ、体育館か? 流石に今日はもう動きたくないんだけど」

「違うよ! 脱衣所への入り口だよ。東国の文化に大浴場っていうものがあったから作ってみたの!」

「大浴場……そういえば、こっちに来てから浴槽に浸かったことなかったな」

 中世らしい町並みと勇輝が生まれた現代日本並みの技術力を持ったファーレシアには電気を使う道具に代わる響力機関という文明機器が存在する。そのため水洗トイレや照明、シャワーなどの施設程度ならば存在しており、生活に不便はない。

 しかし、生活に不便が出ないだけの文明があっても、勇輝の知る限り日本人に親しみ深い湯に浸かるという風習は存在していないようで、肩まで浸かれる浴槽をこの三ヶ月近く目にしていなかった。

「男湯はそっちで、私たちはこっちね。お風呂の使い方は……アルならわかるよね?」

「は? まあ、話に聞いた程度ならなんとかわかるが」

「じゃ、任せた。わからないことあったら衝立越しに声かけてくれればいいから」

 手を振って赤い湯の字の奥へと消えていった女性陣を呆然と見送り、残った三人は顔を見合わせた。

「……行くか」

「そうだね」

 女性陣とは対照的に静かに脱衣所に入り脱衣を終えると、外から見ただけでは信じられないほどの広さの浴槽に迎えられた。

「うわ、広いな……これが大浴場っていうやつかぁ」

「ちょっと待ったジュリオ! いきなり湯船に入るな。掛け湯くらいしろって」

「なんだ勇輝、作法とか知ってるのか。それならジュリオ、勇輝に聞きながら入れよ」

 素知らぬ顔で掛け湯を終えて湯船へと入っていくアルダレスを見送り、ジュリオと共に苦笑する。

「あんな感じに一回お湯を身体に掛けてから。後はまあ、普通の風呂と変わんないから」

「普通の風呂、ね……それがわからないんだけどなあ」

 そうして一分もしないうちに三人は円陣を組むように広い湯船に張られた湯に浸かっていた。

「はぁ……なんだか」

「いいもんだなぁ……こういうのも」

「やっぱり日本人にはこれだなぁ……」

 浴槽は全員が足を伸ばしてもまだ余裕があるほどに広く、お湯からほんの少し香る硫黄のような匂いからお湯自体も温泉であると予想できた。

「勇輝のいた世界ってこういうのが普通だったの?」

「うん? 普通……普通かぁ……いや、これより大分小さいのが普通くらい、かな?」

「そう言う割にはこれを見てもあまり驚かなかったみたいだが?」

「これと同じとかもっと広いものもありましたからね。旅行でもなきゃ、滅多に入らないようなものだったけど」

 だらりと身体の力を抜いて肩までお湯に浸からせると、何故か二人も勇輝の真似をする。

「いや、そんな別に俺のすること真似なくても……」

「そうなのか? 俺自身、知識で知っていても詳しい作法は知らないからな」

「とりあえず、勇輝を見習っただけなんだけど」

「自由にしていいんだよ、二人とも」

 跳ねて顔を伝う滴をタオルで拭いて頭の上に置くと、二人もそれに倣った。

「……」

 ジト目の睨み合い。もう何を言っても無駄だろうと思い、軽く嘆息した。

「わぁ、広い」

「すごいでしょ? これ作るの大変だったんだから」

「マーテル、水場で走らないの! 転んじゃうでしょ!」

「マーテルは浮いてるから大丈夫じゃないかしら?」

「アティもはやくー!」

「はいはい」

 衝立越しに聞こえてきた女性陣の声に、三人は一瞬固まった。

「おい、なんか近くないか? すぐそこから聞こえたぞ」

「衝立越しに声をかけろって言ってましたからね。たぶん、この衝立のすぐ向こうが女湯なんですよ、きっと」

「……そうなんだろうけど、別に声を潜める必要ないんじゃ?」

 額を突き合わせるような距離で声を潜めた二人に冷めた視線を浴びせると、アルダレスが軽く咳払いをした。

「おーい、ナターシャ。そっちにいるか?」

「ちょ、団長!? いきなり声かけるの!?」

 アルダレスの行動に慌てるジュリオを面白く眺め、勇輝は一人で湯に沈んだ。

「アル? あれ、アリア。この向こうって」

「うん、男湯。なんか、温泉ていうのはこういう風にすぐ覗けるような衝立で区切られてるんだって」

「のぞっ!? アリア、そんなところまで再現しなくても!」

「まぁまぁ、エミリー落ち着いてよ。温泉卵もあるから」

「騒がしいな……」

 衝立越しに賑やかになった大浴場の空気は、勇輝にとってあまり得意なものではなかったが、それでも何故か不快な気持ちにはならなかった。

 それはきっと――。

「ユウキー、いるー?」

「ああ、いるよ。アティの言うことはちゃんと聞こうなー」

「はーい」

「マーテルったら……勇輝の言うことは聞くんだから」

「悪いな。任せたよ、アティ」

「わかってる。勇輝もゆっくりしてて」

「ああ、満喫させてもらうよ」

 それはきっと自分の中の何かが――変わりたかった何かが変化しているからなのだろう。

 そんな思いを抱きながら、勇輝は頭上を振り仰ぐ。

――露天風呂か、風流だな……。

 視線の先には雲一つない空に数多の星が燦然と輝いていた。


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