第二章《変事の予兆》 1
昼間の月が全て沈み、夜の到来を告げる六つの月と入れ替わった時間。一日の訓練を終えた勇輝は自分の部屋で放置されていた荷物を点検していた。
「携帯の電池は……駄目か。あ、でも予備のバッテリーなら」
耐水性の鞄から予備のバッテリーを取り出し、電池の切れたバッテリーと交換すると、液晶画面に光が灯る。
しかし、携帯電話の液晶画面に映る圏外の文字に勇輝は軽く溜息を吐いた。
「わかってたけど、やっぱり圏外か……こうなると、役に立つものなんてあまりないもんだな」
電話やネットワーク端末としての機能を果たさない携帯を机の上に置き、勇輝は広げられた持参品たちを軽く眺めた。
オーディオプレーヤや携帯電話などの電気を動力とする物はエネルギーの補充ができずにほとんどが電池切れ。たいして中身の入っていない財布にしても中の金銭はこの世界ではガラクタと紙切れだ。
「眼鏡は……うぇ、世界が歪んで見える。こんなに視力悪かったか、俺?」
今の自分には必要がなくなった眼鏡を手の中で弄んでいると、同時に扉を叩く音が耳に届いた。
「勇輝、居る?」
「ああ、どうぞ」
促す声に従うように扉を開いて部屋に足を踏み入れたアーティアは、机の上に広げられた勇輝の持ち物を見て目を丸くした。
「それって、この間持ってきた鞄に入ってた物?」
「そうだよ。この世界だと役に立たない物も多いけどな」
手にした眼鏡をアーティアにかけさせると、彼女の可愛らしい顔が顰められる。
「これは?」
「眼鏡だよ。素材は違うけど二番区のノルドさんがかけてるだろ」
「それはわかるけど、勇輝って目が悪かったの?」
「前は、な。響鳴の影響で今は人よりいいくらいだ。それで、何か用事?」
「そろそろご飯だから呼びに来たの。それが片付いたら食べましょう」
言われてみれば確かに彼女はエプロンをしたままだ。準備を終えたばかりなのであろうアーティアに頷いて勇輝は立ち上がった。
「これは後でいいよ。急ぐものでもないから、先に飯にしよう」
アーティアを促して食堂へと移動すると、空腹を誘うような良い香りが鼻腔をついた。
「いい匂いだ。今日の晩飯も美味しそうだな」
「ホントに美味しそうだよね。ほら勇輝はこっち、アティも座って食べよう」
「……ちょっと待った。なんでアリアがここにいるんだ?」
「私たちに用事があるらしいんだけど、晩御飯を食べるのが先なんだって」
「まぁ、いいけど……」
さも当然といった体で椅子の一つを占領している少女に溜息を吐いて引かれた椅子に座るとアーティアが具沢山のシチューをそれぞれの前に置いて勇輝の向かいに座った。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
「いただきます?」
「俺のいた世界での食事作法だよ」
「そうなんだ。他にはどんな作法があるの?」
「いただきますの他? ごちそうさまとか、かな」
目を輝かせるアリアの反応に、アーティアと顔を見合わせて苦笑しながら騒がしい夕食は進んでいく。
日本で使う慣用句やファーレシアには存在しない機械技術の用途など、アリアの質問に答える形で話した内容は、アーティアにも話したことがないようなものも幾つかあり、その質問の鋭さは勇輝のアリアに対する評価を改めさせるほどだった。
そんな食事も終わる頃、冷めて固くなり始めたバゲットを使って皿に残ったシチューを食べながら、勇輝はアリアの用事について思い出した。
「それでアリア、何の用事だったんだ? この間の約束を催促に来たなら、明日にでも行こうと思ってたんだけど」
「違うよ……あ、でも約束も早くして欲しいけど。そうじゃなくて、今日は二人を誘いに来たんだよね」
「私も? 誘いに来たって、何に?」
アーティアに同意して疑問の視線を投げかけると、アリアは向日葵のように陽気な笑顔を咲かせていた。
「それは後のお楽しみ」
返ってきた返答に、二人はただ首を傾げるだけだった。




