第一章《加速する物語(セカイ)》 2
一ヵ月近く放置されていた荷物を回収し、眠ったままの少女を連れて二人が教会に帰ってきたのは、夜の帳が降りてからの事だった。
「勇輝、とりあえずその子はここに」
「ああ」
アーティアの言葉に頷いて少女をクッションの敷かれた長椅子に横たえると、二人は傍の椅子に腰かけた。
「あとは団長とナターシャさんが来るのを待つだけか。アティ、何か飲み物とか……」
帰路の途中、町人に伝言を頼んであるので、そろそろ二人がやって来るはずだ。アーティアもそのことは理解しているようで、間を置かずに頷いた。
「大丈夫。朝の内に準備しておいたから」
「なら、俺は適当な机でも持ってくるよ。もしかしたらあの二人も――」
ジュリオやエミリーが一緒に来る可能性も考慮し、広めの机を取りに行こうと立ち上がった瞬間、礼拝堂の扉が勢いよく開け放たれた。
「こんばんはー! 噂の新顔君ってのはどこにいるー?」
「な、何だ!?」
突然の大声に驚きながら振り返ると、見知らぬ少女が満面の笑みを浮かべて礼拝堂内を見渡していた。
「あれ、アティ? ひっさしぶりー」
「アリア? 帰って来てたの?」
突進じみた速度で近寄ってきた少女――アリアに目を丸くしながらも、アーティアは彼女が眠っている少女の方へと走っていかないように立ち位置を変えた。
「まぁね。じっちゃんは別のとこに行ったから帰って来たのは私だけなんだけどね」
その藍色の髪とは対照的なケープのようにも見える空色の外套を翻して笑うと、アリアはもう一度視線を巡らせて勇輝の姿をその琥珀の瞳に捉えた。
「あ! ねぇ、あんたがラティス・マグナ!?」
「え? ああ、そう、だけど……」
およそ初対面の人間に対する行動とは思えない勢いに困惑しながら返答すると、アリアは興味深そうに勇輝を眺め回した。
「へぇ、異世界人って聞いたけど、私たちとあんまり違うところはないんだ。それに、黒髪で眼も黒い……もしかしてアマツハラの人って異世界人がルーツなのかな」
ひとしきり観察して自らの思考に没頭する彼女に対してどのような行動を起こしていいかわからずにアーティアに視線で問いかけると、アーティアは軽く嘆息した。
「アリア、勇輝が困ってる。自己紹介くらいしたら?」
「ん? ああ、そうだね! はじめまして! 私、アリア=アトライナ。サーベラスの響力機関技師で、アティのトモダチ。よろしくね!」
一息に言い切って勇輝の手を強引に掴んで揺さぶってきた。どうやら大分強引な性格らしい。
「ああ、よろしく。俺は……」
「アサナギユウキ。異世界から来たラティス・マグナ。サーベラスに来たのは約一ヵ月前で、自警団の新顔。こんなとこで合ってる?」
「あ、ああ、うん」
詰め寄ってくるアリアの勢いに押されて身体を反らしながら頷くと、アリアはフフンと鼻を鳴らした。
「ジュリオやアルからある程度は聞いてたからね。外見的な特徴とサーベラスに黒髪黒瞳の人間がいないことを考えれば、必然的にあんたがアサナギユウキっていう人だと断定できる。正解でしょ?」
「正解でしょ? じゃない!」
「イテ!」
満足顔で人差し指で天を指していたアリアだったが、突然背後に現れたアルダレスの拳骨を受けてその身を縮めた。
「まったく……お前はもう少し落ち着くことを考えろ」
「ぶー。何も殴らなくても……」
涙目になりながらも抗議するアリアを無視して、アルダレスは礼拝堂を見渡した。
「すぐにナターシャも来るが……連絡のあった子供というのは?」
「そこに寝かせてます」
少女の眠る長椅子を指し、アルダレスがそちらへ向かったことを確認すると、勇輝は机を取りに行くために礼拝堂を出た。
居住スペースの中でも手近な部屋から大きめの机を運び再び礼拝堂へと入ると、既にナターシャとジュリオも到着し、少女の状態を確認している最中だった。
ナターシャの邪魔にならないようにと礼拝堂の片隅でじっとしていると、いつの間にかアリアが傍に寄って来ていた。
「……ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
声を潜めてはいるが目は輝かせたままの彼女は、まるで好奇心旺盛な幼児のようだ。
「勇輝ってファーレシアの人じゃないんでしょ? 勇輝がいた世界の話、聞かせて――わぷ!?」
「アリアはもう少し空気を読むべきだよ。今はそれどころじゃないだろ?」
いつの間にか勇輝の名前を自然に発音するアリアの口を持ち上げるようにして塞ぎ窘めるジュリオに苦笑し、勇輝はアリアに向き直った。
「日本の話だよな? また今度、時間のある時にな。今は落ち着いて話せないし、時間もないから」
背の低いアリアの頭にポン、と手を置いて話し、少女の方へと視線を移すと、丁度ナターシャの診察も終わったようだ。彼女は顔を上げてアーティアの仕出した紅茶を飲んでいる。
「勇輝、こっちへ来て。この子が起きたわ」
ナターシャの手招きに応じて歩み寄ると、長椅子に横たわったまま少女は空色の瞳を瞬かせた。
「……パパ?」
「……え? いや、俺は」
突然の言葉に困惑していると、隣に立っていたアーティアが苦笑しながら少女の顔を覗き込んだ。
「このお兄さんはあなたのパパじゃないよ……あなたの名前は?」
勇輝は自然な仕草で少女の頭を撫でるアーティアに感心したが、少女の方は驚いたように目を見開いている。
「ママ? ママ、マーテルのことわすれちゃったの?」
「え? あの……ごめんね。私はあなたのママじゃないの。私の名前はアーティア。アティって呼んで。ええと、マーテルはどうしてここにいるのか覚えてる?」
少女――マーテルの言葉から名前と記憶の混濁を察知したのか、アーティアは彼女を怯えさせないように目線を合わせて問いかけた。
「え……マーテルは、パパとママをたすけてあげてっておねがいされて……あれ、だれにおねがいされたんだっけ?」
「……浮いた。まさかこの子、響人族か」
頭を抱えて悩み始めたマーテルが宙に浮かんだことに反応したのはアルダレスだ。
「リィナル? なんです、それ?」
「響素を通常よりも遥かに多く取り込んで生まれた種族だ。もしかすると、この子の両親は……」
言葉を最後まで口にせず、彼はマーテルのことをじっと見つめた。とても優しい瞳で。
「大丈夫よ。無理に思い出さなくても、そのうち思い出すからね」
「……うん」
アーティアが抱擁と共にマーテルを宥めると、気が緩んだのか彼女は再び眠りについた。
「……とにかく、そうだな……この子のことは俺とナターシャが預かろう。だが、今日はもう遅いから教会に泊めてやってくれ」
アルダレスの提案が妥当であると思い頷くと、アーティアはマーテルを抱き上げて居住スペースの方へと歩いて行った。恐らく行き先は彼女の部屋だろう。
「……さて、勇輝以外はみんな気付いてるな?」
二人を見送ってアルダレスがその場の全員を見渡すと、勇輝を除く全員が頷いた。
「あの子の両親が存在しないっていうことですよね?」
「そして、マーテルはラティス・マグナに関係している可能性があるってことだ。勇輝、マーテルを見つけた時に変わったことはなかったか?」
「え? そうだな……アストネリアとは関係ない響鳴現象が起こっていたこと、かな?」
その場にいる全員の視線を受けて思い返すと、やはりあの異常な現象が鮮明に浮かび上がる。その答えに合点がいったのか、アルダレスともう一人、アリアが頷いた。
「ということは、あの子――マーテルだっけ? 彼女は今日生まれたばかりの赤ん坊っていうことだね」
「は? いや、でもマーテルはどう見ても四歳くらいじゃないか」
背丈だけでなく、明確な言語を解したことからも彼女が生後幾ばくもないという言葉を否定する要素はある。それでも二人は頭を振った。
「リィナルっていう存在は特殊な種族でさ。その生まれ方は二種類あるんだよねー」
テーブルに置いたままの茶菓子を口に放り込みながら言うと、アリアは手近な長椅子に腰かけた。
「特殊? たしかに浮いてたけど、でも人間だろ?」
「そう、リィナルは大別的には人間種だ。だが、ファーレシアにはサーベラスに住む俺たちのような種族以外にも複数の人種が存在するんだ」
勇輝の疑問に答えたのはアルダレスだ。
「ファーレシアで現在確認されている人種は全部で六種。一つ目は俺たちのような人間族。これは割愛していいな」
視線による問いに頷いて返答する。
「二つ目は森人族。見た目は俺たち人間族と変わらない。違うのは寿命と奏術の技術、後は……耳か?」
「……やっぱり、尖ってるんですか?」
「知ってるのか?」
勇輝自身、エルフという言葉から連想されるのはゲームでよく目にする耳の尖った森の種族だ。ファーレシアのそれも概ね同じのようで、あまり多種族との親交はない、木々と話ができるなど、一般的なRPGに見られる特徴とほぼ同じようだ。
「次は転化獣族だ。分かりやすく言えば人と獣の混血だな。二つの姿を持つ奴もいれば、両者をくっつけたような姿の奴もいる……これも知ってるか?」
「獣人っていうことなら……」
こちらも日本ではRPGに出てくる類の人種だ。付け加えるなら、リカントは寿命が短く、奏術の才に乏しいらしい。また、迫害や差別の対象としてみる地域もあるために大多数の変身するリカントは出自を隠して生活することも多いそうだ。
「……なんだか説明の必要はないみたいだな。残りの三つは多種族との親交がないから詳しくは俺もわかっていない。翼を持つ天黎族、聖剣伝説の時代から人に害成す魔族。この二つはいずれ機会があればでいいだろう。アリア、あと頼む」
「えー」
説明が面倒になったのか、残るリィナルの説明をアリアに任せ、アルダレスは長椅子に横になった。
「めんどくさいなぁ……リィナルっていうのはマーテルみたいに響素を身体に多く持つ種族のことを指すんだけど、その中でも二種類のタイプがいるんだ」
「それはさっきも言ってたな」
勇輝の言葉にアリアは頷いた。
「一つは普通に人間のお母さんから生まれてくる子がリィナルの場合。親が天才的な奏術師で生まれてくる子がその才能を受け継いでってことが……滅多にないけど、稀にあるらしいね。んで、もう一つ。これよりも珍しいのが、マーテルみたいに響素が集まって生まれてくるっていうもの」
「響素が集まる? つまり、響素の集合体として存在しているっていうこと?」
響素を細胞として見立てればあり得ない話でもない、だろうか? しかし、それが如何に不可解なことなのか、響鳴現象を扱うことのできる勇輝には十分に理解できた。
「近いけど、ハズレ。リィナルとして生まれた段階であの子たちは一人の生き物になるから、響素に戻ることもない……らしいよ。まぁ、詳細なことは全然わかってないんだけどね。一応補足しておくと、大昔にはあと神族と竜族ってのがいて、リィナルはその二つの種族と人間種じゃない聖霊っていう目に見えない種族と親交があったらしいって文献にあるね。まぁ、神族と竜族は絶滅しちゃって、伝説に残ってるだけなんだけど」
注釈を加えて、アリアは頭を掻いた。
いまいちはっきりとしないが、リィナルについて究明されていないということだけは良くわかった。
「要するに、マーテルは珍しい人種だっていうことだよな。けど団長、マーテルがラティス・マグナに関係してるってどういうことです?」
気ままに寛いでいるアルダレスに問いかけると、彼は横になったまま手を振った。
「マーテルのような生まれ方をしたリィナルが生まれた時から言語を解するというのは聞いたことがある。だが、記憶を持って生まれることはまずないらしい」
そこまで言って身を起こし、勇輝を指差した。
「そのリィナルであるマーテルが、彼女の言う〝両親″を助けにやって来て、その〝両親″として初めに認識されたのがお前とアティだ。穿った見方かもしれんが、可能性は高いと思うぞ」
一つ伸びをし、立ち上がるとアルダレスは礼拝堂の出口へと歩き出した。
「まぁ細かいことはいいんだが、マーテルの両親のことは迂闊に言葉にしないようにな、と言いたかっただけだ……勇輝にジュリオ。明日の訓練には遅れないよーに」
肩越しに手を振り、彼はドアの向こうに消えて行った。
「……明日もキツイ訓練になりそうだな」
げんなりした様子でジュリオも出て行き、残ったのは勇輝とナターシャ、アリアの三人だった。
「ナターシャさん、泊まっていきます? どうせ明日もウチに来るんですし、手間潰しに」
「そうね。ならご厚意に甘えるわ」
勇輝の言葉に頷き、慣れた様子で居住区の方へと歩いて行くナターシャを見送って、残るアリアを振り返った。
「……」
「あ、私も泊まるね。帰って来たばっかで家の布団、湿気ってると思うし」
言うだけ言って姿を消すアリア。彼女にとって、教会は勝手知ったるなんとやららしい。
「……寝るか。明日も早いし」
誰もいなくなった礼拝堂に、疲れた勇輝の声が響いた。




