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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
サーベラス編 ~The Beginning of Farlesia~
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第四章《白刃踊る歌劇》 8

「結局、こうなったのね。ある程度予測していたとはいえ、予想通り過ぎて面白くないわね」

 降り頻っていた雨がその勢いを弱めると、その場にそぐわない声が勇輝の背中に降りかかった。

「……ククリ」

 静かに彼女の名を呼び振り返ると、ククリは言葉とは裏腹に愉快そうな笑みをその貌に張り付かせていた。

 狂気染みている、と勇輝は今更ながらに思う。その笑いも、話し方も、身のこなしさえも、この女は何もかもが正気から外れていた。

「私としては、あの子があなたを殺して、町を滅ぼして、世を儚んでバッドエンドというのが理想的だったんだけど、世の中上手くはいかないわね」

 ふっと溜息を吐いて、ククリは腰の短剣を引き抜き、木に寄り掛かるようにして座るマティアスの遺体を一瞥した。

「まぁ、ラティス・マグナの体力をここまで削ってくれたのだから、それなりに役には立ったのかしらね」

 一層口の端を吊り上げて笑うと、流れるような動作で短剣の切っ先を勇輝へと向ける。

 一瞬の間すら置かずに犀利(さいり)な銀光が何度も閃く。

 稲妻の如き響光の幾つかは勇輝の纏う聖鎧服の加護によって無力化されたが、一部の閃光が勇輝の頬を浅く裂く。それすらも意に介さず、勇輝はただその場に立ち尽くしていた。

 その様子にククリの笑みが更に深まる。それは、獲物を狩る悦びを知る魔物の貌に似ていた。

「どうやら、動く気力もなくなったみたいね。安心しなさいな。すぐにあなたも彼の後を追うことができるわ」

 勝利を確信したククリの声に呼応するように、短剣の放つ銀光がその形を変える。

 それはまるで、城壁を切り裂くことを目的とした兵器のように長大な剣の姿をしていた。

「この〝銀の破剣〟の真髄を初めて試す相手が生きる伝説というのは心地が良いわ。私が、あなたに代わる伝説になれるということだもの」

 ククリは悦に浸った声で銀色に煌めく刀身をなぞり、恍惚としたまま長大な剣を振り上げると、喜色を浮かべた瞳で勇輝を見た。

「さようなら。ラティス・マグナ」

 一息に剣を振り下ろす。あまりの長さに間合いを気にする必要のないその剣は、吸い込まれるように勇輝の身体へと迫る。

 轟音と共に巻き上がる砂煙。剣の長さによる遠心力で生み出された衝撃は、ククリ自身も驚くほどであった。

「……さすが、奏術の創世期に生まれたアーティファクト。途方もない力ね――っ!?」

 感嘆の声から一転し、ククリの顔が緊張に強張った。

 朦々と上がる砂の煙幕に、ゆらりと立つ人の影が映る。

 やがて砂煙が雨に流されて晴れると、ククリの視線の先には無傷のまま立ち尽くす勇輝の姿があった。

「どうしてだ……」

 ぽつり、と力ない言葉が勇輝の口から零れた。

「どうして、こんな状況を生み出したお前たちを憎むことができないんだ……」

 揺らぎ続ける、深い哀しみに満ちた瞳がククリを見据える。その眼差しにククリの身体は一切の動きを止めた。

「こんなに怒りを感じているのに、どうしてもお前たちを憎むことができない。そんな俺自身が何よりも憎くて仕方がない。なのに……」

 血の気を失うほどに強く、拳を握る。手の中で聖剣が乾いた金属音を上げる。

「俺は自分自身を殺すことも許されない。マティアスの命を奪ったこの俺が、簡単に命を捨てるなんて許されないんだ」

 マティアスは勇輝の死を望んではいない。だからこそ、自分は取り戻せない過去を背負って生きていかなければならない。

 それは、他ならぬマティアス自身が望んだことだ。

「き、詭弁ね。あなたは自分が死にたくない理由を他人の所為にして逃げているだけよ」

 狼狽しながらも、ククリは勇輝の言葉を否定する。所詮は弱い者の言い訳でしかないと。

「そうかもしれない。だけど、それでも俺は生きていく。マティアスのことを忘れない為に、この世界に来たことが、間違いなんかじゃなかったって証明するためにも……」

 次第に勇輝の身体を清涼な響きを伴って光が包み込んでいく。

 ――響鳴現象。

 それは、初めて聖剣を手にした時と同じ、力を伴う不思議な光だ。

「――鳴り響け」

 ――ィィィッィィン!

 湧き起こる光の奔流と甲高い清涼な旋律。そしてそれらが霧散した時、勇輝の身体は淡い燐光を纏っていた。

「ククリ。お前を、倒す」


+ + + + + + + + + + + + + + + + + +


 それは既に、戦いと呼べるようなものではなかった。

 勇輝の言葉を聞くなり一心不乱に逃走を始めたククリを一方的に勇輝が追い、追撃する。ひたすらそれの繰り返し。こんなものを戦いとは呼びようがない。

 あえて形容するならば、それは狩りと呼ぶべきものだった。

「なんて、化け物なの!」

 ククリの身体能力はファーレシアの人間の平均値から見ても飛び抜けて高い。健康な男性が全力で走る速度の十倍で走っても息を切らすことがないほどだ。実際、ククリは自分以上に足の速い人間と出会ったことは一度もなかった。

 そんな自分を意に介さぬほどの速度で勇輝は追っている。いや、追うなどという表現は適切ではない。彼の速度は、ククリの数倍の速度でこちらを凌駕していた。

 どれだけ全力で走ろうと、勇輝はまるで分身しているのではないかと思うほどの攻撃を仕掛けてくる。前後、上下右左のあらゆる方向から同時に斬撃を浴びせてくるのだ。

「これが、ラティス・マグナ!?」

 今更ながらにククリは慄然とする。辛うじて凌いでいるとはいえ、少しでも気を抜けば一瞬でやられてしまう。こんな化け物を自分は敵に回してしまったというのか。

――けど、なんとかして逃げないと。ダンたちが待機している場所まで戻れば、後は彼らに押し付けて逃げ切れる!

 傷だらけの身体に鞭を打ってククリは駆ける。僅かな希望が残っているだけで、ククリの体力は限界以上の働きを見せていた。

 それからどれだけの間走り続けただろうか。今も降り続ける雨によってできた泥濘に足を取られて転んだククリは、いつしか自分に対する熾烈な攻撃が止んでいることに気が付いた。

「どうして? ……逃げ切れたの、かしら?」

 足を止めずに周囲に視線を巡らせる。鬱蒼と茂る木立や遠くに峡谷の見える山道、そして頭上の木々。そのどこにも勇輝の姿は見えない。

「助かった……?」

 ほぅ、と安堵の溜息を吐いたのも束の間、一陣の風が、ククリの視線を遥か遠くの木々の影に立つ白い影へと誘導した。

 返り血で汚れることのない聖鎧服の上に羽織った響鎧服をはためかせ、だらりと下げた白い剣の切っ先は地面を向いている。

「あんなところで、なにを……」

 呟くククリの声に応えるものはなく、伝説の勇者と称される少年は聖剣を取ってその場に立ち尽くしていた。


+ + + + + + + + + + + + + + + + + +


 ククリに対する空間攻撃ともいうべき猛攻を中断し、勇輝はククリから少し離れた開けた場所に降り立った。

――このままじゃ埒が明かない。奴の防御の上から、必殺の一撃をぶつける――!

 一人頷くと、勇輝は瞳を閉じて身体を巡る膨大な量の〝なにか〟を認識する。その〝なにか〟が、この世界の基盤ともいうべき響素(リィン)というものであると、勇輝は自然と理解できた。

――以前の俺には使えなかった。だけど、今の俺なら使えるはずだ。

 マティアスが考案した勇輝にしか使えない必殺の剣技。過去に彼が使って見せた技を凌ぐと言う、無双の一撃。

 勇輝は、マティアスが突然それを提案した時のことを思い起こした。


* * * * * * * * * * * * * * * * * *


 それを教わったのは、彼と共に特訓を始めてから三日目のことだった。

「勇輝、特別な技を覚えてみる気はない?」

 真剣を用いた模擬戦闘を一通り終えて木陰で休んでいた時、マティアスは突然そんなことを提案した。

「特別な技? それって、奏術とかを相手にできるような技ってことか?」

 不思議に思って聞き返すと、マティアス「それは君次第かな」と笑って立ち上がった。

「僕が使える技で最も破壊力のある剣技を、勇輝の力で更に強化するんだ。もしかしたら、奏術以上の力も出るかもしれないね。まあ、とりあえず見ていて」

 遠くを見ながらそう言うと、マティアスは鞘から剣を抜いて身体の力を抜くように直立した。

「――」

 僅かに聞こえる深呼吸の音だけが、勇輝の耳に届く。

「……いくよ」

 目を見開いたマティアスの身体が半身開く。剣を身体の後ろへと送り、左足を軸にして半回転しながら両手で握った剣を振り上げる。

 次の瞬間、振り上げられた剣閃から気焔が走り、可視の光球となって浮かび上がった。

 その光球をマティアスは更なる気合いと共に斬り落とした。

「――剣弓波!」

 彼の口から発せられた技の名は、おそらく放たれた剣気を形にするための自己暗示だろう。光の如き速度で繰り出された剣の軌跡から、マティアスの剣気が矢の形となって放たれた。

 飛去する剣気の矢は、金とも銀ともつかない輝きを伴って、遠く離れた一本の木に直撃する。

 圧倒的な力を持つその一撃を受けた巨木は音を立てて破砕し、後には粉々に砕け散った残骸が散らばるだけだった。

「すごい、な。これが、特別な技?」

 思わず感嘆の声が漏れる。その言葉が届いたのか、マティアスは勇輝に向き直るとゆっくりと首を振った。

「これは、その気になれば誰もが使えるようになる剣技だよ。僕の言う特別な技というのは、勇輝の――ラティス・マグナとしての力を上乗せしたものなんだ。だから、これから提案するのは君にしか使えない必殺の剣技」

 そう言って笑うマティアスの顔は、他愛のないいたずらを企む子供のように無邪気な笑顔だった。


* * * * * * * * * * * * * * * * * *


 あの後、マティアスの助言を受けながら何度も挑戦したが、勇輝専用の剣弓波は遂に使うことができなかった。

 マティアスが言うには、剣気のイメージが重要なのだという。狩人であるマティアスが自らの攻撃を矢として想像したように、勇輝自身に適合したイメージを持つことがこの剣技を扱うための鍵なのだと。

 そして、マティアスの死は期せずして勇輝にその鍵を与える契機となった。

「やるぞ。アストネリア」

 手の中の聖剣に呼びかけ、勇輝は身体を巡る響素と、自らの持つ剣気を聖剣へと集束させる。

 右足を軸とするように半身を開き、剣を身体に後ろへと送る。そして、心の命じるままに求める力の形を口にする。

「――剣竜波!」

 渾身の力で振り上げた剣から、高密度の響素と剣気が混ざり合い、輝色に染まる力の形を伴って放たれる。

 その形は、大切なものを護り、強い意志を持つ、あらゆる幻想の頂点に立つ最強の存在――竜だ。

 護る為に存在する、力ある幻想。それが朝凪勇輝の求める力の形だった。

「なっ!? きゃぁぁぁ!」

 響素を含む剣気の竜は、雄々しい咆哮と聞き違えるような旋律を奏でながらククリの身体を巻き込み、森の果てへと飛び続ける。

「くっ! あ、あぁぁぁぁ!」

 響素と剣気の奔流は、ククリの身体を無慈悲に切り裂き、ククリはあまりの激痛に断末魔と等しい悲鳴をあげる。

 やがて輝色の竜が空へと舞い上がり弾けるように霧消すると、空の一部の雲は晴れ、雨に変わって光の雪が舞い散った。

 その雪に弔われるように舞いながら、ククリの身体は峡谷の底に流れる激流へと消えて行った。


+ + + + + + + + + + + + + + + + + +


 ククリとの戦闘を終えた勇輝は、再びマティアスの遺体がある広場へと戻ってきた。

「終わったよ。マティアス」

 遺体の前に座り、彼の魂がまだそこにあることを祈りながら語りかける。

「俺、使えたよ。マティアスの考えた剣竜波。マティアスが言った通り、すごい威力だった」

 あまりにも大きな力だったことを思い出し、不意に自分の手を見ると、勢いよく血が噴き出した。響鳴現象の反動だ。

「はは、俺の身体も、ボロボロだ。これは明日から、暫く動けないだろうな……またアーティアたちに迷惑をかけそうだ」

 遠くを見ながらくすり、と笑う。これから先の未来のことが鮮明に見えるようだった。

 きっとアーティアは顔色を青くして心配するだろう。ジュリオはきっと傷だらけなのに虚勢を張って怪我を悪化させる。それをエミリーが窘めて、アルダレスは余裕の顔で笑うかもしれない。

「そんな明日がやって来るんだ。きっと、楽しい明日がやって来る。そう、明日から……けど、その明日には、お前はもういないんだな……」

 空を仰いで呟く。大切な親友が死んでしまったというのに、涙は出ない。代わりに、空から落ちる幾つもの雫が頬を伝って仮初めの涙となった。

「ははは。俺は、こんなところまで壊れてたのか。俺は、一体何なんだろうな……」

 自分自身の人間性が致命的に壊れていることを自嘲する。それでも、胸に疼く空虚な痛みは消えない。

 遠くから勇輝とマティアスの名を叫ぶ声が聞こえる。恐らくアーティアたちだろう。

「なぁ、マティアス。やっぱり俺は、お前がいないことが寂しいよ……」

 やがて彼らが二人のことを見つけるまで、勇輝はマティアスの傍らでずっと空を仰いでいた。


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