第四章《白刃踊る歌劇》 6
「勇輝さん!」
木々が生み出す闇に消えて行った少年の名前を叫び、アーティアはすぐにでも彼を追いたいという衝動に駆られた。それを、強引に抑えつける。
――この状況で森での戦いに不慣れな私が行っても、足手まといにしかならない。今、私がやるべきことは――。
胸中で行動の優先順位をつけながら周囲を見回す。ククリと呼ばれた女性は勇輝たちが消えると同時に姿を晦ませた。恐らく二人を追いかけたのだろう。
残ったのはアーティアとアルダレス、そして二人が戦うべきサマリルという大剣使いだった。
「アルさん、援護は任せてください。早くあの人を倒して、勇輝さんの手助けに行かないと」
「ああ。わかってる」
矢筒の残りを確認しながらアルダレスに言葉をかけると、彼は軽く頷いて斧槍を構え直した。腰を落としたまま、斧槍は片手で後ろに回す。
迎え撃つのではなく、こちらから攻めるための構え。アルダレスが自分には滅多に見せたことのない、防御を考慮しない戦法だ。
「来るか。その急ぎの様子からすると、どうやらラティス・マグナの形勢は大分悪いと見える」
対するサマリルは先程とは変わらぬ構えをとり、攻め入ろうとする敵を悉く返り討ちにしようという気概が見受けられた。
実力は恐らく伯仲。この戦いの鍵を握っているのは紛れもなくアーティア自身であった。
――失敗はできない。一番効果的な手で攻め続けないと……。
自分に言い聞かせて、アーティアはそれまで以上に闘いに集中する。集中が高まりきった所で矢を番え、戦いの幕を開ける一射を放つ。
「――っ!」
「――む!」
「――ふっ!」
サマリルが己の喉目がけて飛来する大剣で防ぐと、僅かに生じた隙を逃がさずにアルダレスが距離を詰めて斧槍を振るう。それすらも凌いだサマリルだったが、一連の行動を予測していたアーティアの矢が武器を持った右腕に突き刺さる。
「ぐ……」
顔を顰めながらも大剣を横薙ぎに振り、サマリルはアーティアへと左腕を向けた。
「――高らかに唄え、集積する焔 (クローム・フレア)」
一言唱えるとサマリルの五指が赤く輝き、それぞれの光が描いた五線譜が集束すると炎の矢となって放たれる。
「――っ!? 熱っ!」
咄嗟にその場を飛び退いて直撃は避けたが、拳大の火球が生み出した熱波が僅かに肌を舐めた。
集積する焔 (クローム・フレア)――赤色系統の初歩ともいうべき第一響階の奏術だが、それでも相当な威力を持った攻撃だ。
火傷による痛みを、奥歯を噛み締めて耐えながら地面に転がり、起き上がりざまに矢を放つ。狙いは過たずサマリルの左腕へと吸い込まれるように命中した。
サマリルの口からくぐもった呻きが漏れ、動きが完全に止まる。その僅か一瞬の隙を狙い、アルダレスの一閃がサマリルの左腕を断ち切った。
「ぐぉ……ぐぅぅ!」
サマリルは苦悶の声を上げながらも無防備な状態のアルダレスを蹴り飛ばす。同時に、隙を衝くように射られた矢を大剣で切り払った。
「ぬぅ……流石に形勢は不利か。その娘の実力も我らの予想を超えていたということか」
暗い瞳がアーティアを一瞥する。多くの修羅場を巡った者だけが持つ威圧感に負けぬように見つめ返すと、サマリルはふっと口許を緩めた。
「いい目をしている。これは確かに、我らの用意が足りていなかったようだな。……認めよう。我らの敗北を」
自嘲するように笑い、サマリルは残る右腕で大剣を担ぎ上げた。
「しかし、俺にも意地というものがある。俺の限界まで、存分に戦わせてもらう」
「……大した意地だな。その癖、性根は曲がってない、か」
切れた口の端から滴る血を拭いながらアルダレスが呟く。その言葉にアーティアは深く同意した。
――この人には悪意がない。ただ、自分にできることをしているだけなんだ。
そんな人間が町を襲った一団の長であるというのは信じがたいが、それでも町一つを襲うことの覚悟が持てる人間というのもまた、こうした人間なのだろうとアーティアは思う。
正義や悪という概念に縛られずに自分の道を歩くことのできる人間。それはきっと、とても強い人間なのだろう、とも。
「……受けて立つ。アティ、ここからは手を出すな」
真剣な眼差しでサマリルを見据えながらアルダレスは斧槍を構える。彼の言葉に頷いて、アーティアは弓を持つ手を下した。
どちらにしろ、矢筒に矢は残っていない。攻撃する為の奏術を使えないアーティアにできることは既になかった。
「礼を言う。……行くぞ」
サマリルは一言だけ感謝の言葉を口にすると大剣を振り上げて地を蹴った。同様にアルダレスも前屈みの姿勢から身体を撃ち出すように駆け出した。
二人の身体が一瞬だけ交叉する。
最初とは真逆の立ち位置に移動した両者の勝敗は、その一瞬で決した。
「……見事。完全に、俺の負けだ」
サマリルのその言葉に、緊張が解けたように彼の大剣が根元から崩れ落ちる。それを見届け、サマリル自身もまた地面に倒れこんだ。
「アルさん!」
「大丈夫だ、死んじゃいない。気絶してるだけだよ」
駆け寄ったアーティアの頭に手を置いて宥めると、アルダレスはサマリルに応急処置を施して、拘束した。
「これでよし、と。この男も暫くは目を覚まさないだろう。すぐに勇輝たちを探すぞ」
「はい! ……?」
ふと耳に届いた雨音にアーティアは反射的に空を仰いだ。空はいつの間にか暗い雲によって蓋をされていた。
「早く二人を見つけないと……すぐにでも大雨になりそう」
二人の消えた森すらも見下ろす暗雲は、激しい雨が来ることをアーティアに予感させた。




