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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
サーベラス編 ~The Beginning of Farlesia~
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第四章《白刃踊る歌劇》 5

「あぁぁぁ!」

 一瞬でサマリルの懐へと踏み込み、勇輝は横薙ぎに剣を振るった。一閃は予想していた通り大剣によって阻まれたが、それには構わずサマリルの側方へと駆け抜ける。

 一拍遅れて、先程まで勇輝のいた空間をアーティアの放った矢が通り過ぎる。サマリルは大剣を使って矢を防いだが、その行為によって一瞬だけ隙が生まれた。

「はぁっ!」

 裂帛の気合いと共に大剣のリーチではカバーできない至近距離へと接近し、剣を突き出す。決定的な隙を衝いたその一撃に対し、サマリルは左腕で聖剣の腹を殴ることによって刺突の軌道を変えるという離れ業をやってのけた。

「くそっ、ダメか」

 一言毒づいてそれでも剣を振り続ける。どれだけ歯痒い感情を抱いたとて、今の自分には接近して闘う以外に手段はないのだ。サマリルと近距離で戦うということが、どれほどの危険を有していたとしても勇輝に離脱という選択肢はない。

 それに、多少のリスクを冒してもそうするだけの価値はある。

「――その身に宿る響きは戦神の調」

「奏術か……」

 視界の外から聞こえてきた詠節を耳にしたサマリルが呟き、敵対する二人を視界に収めるべく立ち位置を変える。

「さすがに気付かれたか……だけど、アーティアには手を出させない!」

 可能な限り速く動き、攻撃することでサマリルの注意を自分に向ける。それだけを目的とした猛攻の中で勇輝は奏術の準備を行うアーティアの姿を一瞥した。

 二人から離れた場所で、アーティアが光る指先を虚空に滑らせて幻想的な五線譜を描き、厳かな響きを伴う旋律を紡いでいる。

 彼女を取り巻いている金色の輝きは温かで、攻撃の為ではなく補助を目的とした奏術であることが察せられた。

――アーティアの準備ができるまで、それまでは耐え切ってみせる!

 自らの体力を一息に消費しきる勢いで攻撃を繰り返す。先を見据えない怒涛の乱舞に、サマリルもその鉄面皮を顰めて防戦する一方だった。

 そして、勇輝の体力が限界に来るよりも早く、アーティアの奏術は完成した。

「――高らかに唄え、英雄の御魂 (スターク・シャープ)」

 詠節の終了と同時に勇輝の身体を金色の光が包み込む。それだけで勇輝の感じていた疲労は消し飛び、身体は羽のように軽くなった。

「っ! 動きが変わったな」

 サマリルの表情が驚愕に歪んだ。それほどまでにアーティアの奏術は劇的な効力を勇輝にもたらしていた。

「これなら……いける!」

 その刹那、勇輝は勝利を確信した。可能な限りの速度でサマリルを撹乱し、防御の上から幾重にも渡って攻撃する。

「くっ! これは、奏術の力だけではないな……戦う中で成長を続けるか。確かに厄介だな、ラティス・マグナというものは。しかし、手の内を見せすぎだ!」

「なっ!? うわ!」

 叫びと共にサマリルが両手で大剣を振り抜くと、勇輝は攻撃を受けた聖剣ごと弾き飛ばされた。

 20メートルは離れていたアーティアの許へと飛ばされ、地面に背中から倒れたが、その勢いのままに後転して体勢が崩れる事だけは免れる。

「勇輝さん! 怪我は!?」

「大丈夫、怪我はしてない」

 右手を振って無事を示すと、勇輝は額に滲んだ汗を拭った。

――あれでもダメか。やっぱり、響鳴がないと勝負にもならないのか……。

 以前に自分とアーティアの窮地を救った聖剣の特殊能力。頼みの綱ともいえる響鳴現象はしかし、あの戦闘以降勇輝の意思で発現させることができなかった。

――それに、あれは諸刃の剣だ。敵がまだ残っている可能性を考えれば、もし使えたとしても安易には使えない。

 響鳴現象には恐らく制限時間がある。その限界を迎えた瞬間、自分は戦闘に耐えうる体力を残してはいないだろう。

 現状を打破する策はない。

――なら、増援まで時間を稼ぐしかないよな。

 勇輝が戦闘指針を見つめなおすと、その考えを読み取ったようにサマリルが動きを見せた。

「これ以上の手間をかける訳にはいかんな。悪いが、そろそろ終わりにさせてもらおう」

 唐突に耳許に届いたサマリルの言葉を聞いた瞬間、勇輝は反射的にアーティアを背後に庇って聖剣を構えた。一瞬遅れて、腕に強烈な衝撃が伝わる。

「うぅ……っく」

「ゆ、勇輝さん!」

 両腕の骨が砕けたかと錯覚するような衝撃だった。聖剣を取り落とさなかったのは奇跡に近い。

「ほぅ、受け止めたか。だが、二度目はないようだ」

 サマリルの言う通り、状況は絶体絶命だった。ファーレシアに来たことで得た回復力で腕の痺れ自体はすぐに消えるだろうが、その前に襲い掛かる一撃に耐えることはできないだろう。

「では、これで終わりだ」

「待って! やめてぇぇ!」

 宣言通りの結末を与えるべく、死の刃が振り下ろされる。アーティアの悲鳴を聞きながらも、勇輝は視線を逸らすことなく迫る鋼鉄を睨み付け――。

 直後、視界が影に覆われ、鋼鉄同士が打ち合う甲高い音が鳴り響いた。

「……え」

「なんとか間に合ったか。遅くなって悪かったな、勇輝、アティ」

 影の正体へ視線を凝らす。そこには勇輝にとって師と呼ぶべき人物の頼もしい背中が聳えていた。

「団、長?」

「アルさん。よかった……」

 勇輝とアーティアは安堵の吐息を漏らしながら口を開くと、アルダレスもまた表情を緩めた。

「あの後すぐに、勇輝の後を追って来たんだ。できる限り急いだんだが、ギリギリのところだったな」

「だけど、ジュリオは……」

 勇輝が友人の名を口にすると、アルダレスは笑ったまま首を振った。

「ジュリオなら大丈夫だ。あの程度の奴に負けたりはしない。本人がそう言っていたんだ。なら、俺はあいつを信じるだけさ」

 断言する言葉には、仲間に対する絶対の信頼があった。そしてその言葉は、友人であり仲間でもあるジュリオの心配はないと勇輝に確信させるには十分なものだった。

 アルダレスは表情の変わった勇輝の様子にフッと笑うと、斧槍の穂先をサマリルへと向けた。

「さて、あんたがフリミング達の親玉だな? ここからは俺の相手もしてもらうぞ」

「……ふむ。貴様、相当な使い手だな」

 先程の一撃を受け止めたことでアルダレスの実力を察したのか、サマリルは表情を硬くすると、大剣を油断なく構えた。

「そういうあんたも尋常じゃなさそうだな。構えを見たとこ、我流の剣術……傭兵崩れか? その割には随分な力量じゃないか」

 対するアルダレスもサマリルがこれまでの相手とは違うことを理解し、腰を落として長柄武器を扱う上での基本となる構えをとる。

「団長、俺とアーティアも戦う。この人には、万全を期した方がいい」

「私もそう思います。それに、町の皆のことも気になりますし、これ以上長引かせるわけにはいきません」

 勇輝が剣を構え、アーティアがその後ろで矢を番えると、アルダレスは視線を傾けた。

「……勇輝、腕は大丈夫なのか? あれだけの衝撃を逃がさずに受け止めたんだ。無理はするな」

「問題ありません。腕の痺れはもう治まったし、アーティアの奏術も受けたから痛みもないです」

 証明するように剣を軽く一振りすると、アルダレスは軽く頷いた。

「わかった。だが、無理はするな。前衛は俺と勇輝、後衛はアティ。いいな!?」

『はい!』

 二人の返事が重なり、各々は武器を構え直した。その様子を見て、サマリルは固い声で呟いた。

「三対一か……少々厄介だな」

 サマリルは構えを解かずに三人を見据えると、腰を落とした。同様に勇輝とアルダレスも走り出そうと足に力を込める。

「お困りの様子ね、サマリル?」

 その時、緊迫した戦場には似つかわしくない軽い調子の声が響いた。

「ククリか。丁度良い。貴様が手に入れた切り札とやらを投入する機会ができたが、どうする?」

 サマリルが勇輝たちから視線を外すことなく虚空に問いかけると、サマリルの後方――裏山への入口の一つである森の木陰から一人の女性が歩み出た。

「どうすると言われても、仕事をしない訳にはいかないでしょう? それとも、一人でその三人と戦いたいのかしら?」

 鮮血を連想させる赤い髪と黒で統一したローブが特徴的なその女性――ククリは肩の上に乗った黒猫を撫でながら返答をした。

「ならば、そこの少年を連れて行け。それがラティス・マグナだ」

「知ってるわよ」

 鬱陶しそうに片手を振り、ククリは勇輝に向き直った。

――この人、一体何者だ? ローブに黒猫って、典型的な魔女みたいだけど。

「あの人、どこか危険な感じがします……」

 アーティアの言葉に頷く。突然現れた得体の知れなさも加味すればその感情も一入(ひとしお)だ。

 しかし、それとは別に何かが引っかかる。自分はこの女性をどこかで見たような気がするのだが。

「まさか、昨日の女の人か?」

「……正解。よく覚えていたわね」

 ククリは一瞬だけ驚いた顔をすると、笑みを浮かべて頷いた。そのまま更に笑みを深め、愛し子に話しかける母親のような目で勇輝を見た。

 その笑顔に不吉な何かを覚えた。

「そんないい子のあなたには、とっておきのプレゼントを用意してあげたわ。じっくりと楽しんで頂戴ね」

 その言葉を合図にしたかのように一つの影が勇輝に向かって突撃してくる。キラリ、と刃が陽の光を反射し、勇輝は無意識の内に聖剣で影の突進を受け止めた。

「――っく、何だ!?」

 突然の急襲に驚いたのも束の間、襲撃者の顔を見た瞬間に勇輝の驚愕は一層大きくなった。

「マティアス!? どうしてお前が!?」

「……」

 鍔迫り合いを強いてくる親友に問いかけるも返事はない。それどころか表情は虚ろで、まるで人形のように生気が見られなかった。

「どうかしら? 私のプレゼント――悲劇の殺し相手はお気に召したかしら?」

「お前! マティアスに何をした!?」

 この状況を心から楽しんでいるようなその態度に怒りを感じながら、勇輝はククリを睨み付けた。

「あらあら、怒るとそんなに荒っぽい口調になるのね。落ち着きなさいな。その子は私の魔眼の力で夢を見ているだけよ。あなたを殺すまでは醒めない夢をね」

「――な、に?」

 ククリの言葉に思わず思考が凍結する。それはつまり、マティアスは自分のことを認識していないということだろうか。

「うわっ、 く、っそぉぉ!」

 勇輝の力が弱まったことで均衡が崩れ勇輝は剣を噛み合わせたまま森の中へと押し流されて行く。

「その子が目を覚ます為にはあなたを殺すか、あなたが殺すか。そのどちらかしかないわ。伝説の勇者様は一体どちらの結末を選ぶのかしら?」

 新しい玩具で遊ぶ子供のように無邪気な口調で、邪気に溢れた言葉を紡ぎ出すククリの声を聞きながら、勇輝はマティアスの剣を受けて木々の陰へと消えて行った。

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