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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
サーベラス編 ~The Beginning of Farlesia~
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第四章《白刃踊る歌劇》 4

 鈴を鳴らしたように清らかで、それでいて絹を裂くような甲高い銃声が鳴り響く。

 露店通りの果てで砂塵を巻き上げながら、その影たちは忙しなく踊り続けていた。

 舞うシルエットは二つ。軽やかな身のこなしで銃を扱うジュリオと、蛇のようにしなやかで狡猾な動きで拳を放つフリミングだ。

 形勢は誰が見ても明白だった。ジュリオが――押されている。

「ハッハァ! どうしたァ? よく狙いナァ!」

 ジュリオを挑発しながらも流水の如く動き続けるフリミングの前にジュリオは始終苦戦を強いられていた。

――こいつ、思ったよりもずっと強い!

 狂ったような言動とは裏腹に、相手の動きの癖を捉えて冷静に分析し、即席で対応するだけの柔軟な思考と変幻自在に動きを変える不可思議な拳法は戦ってみて初めてその厄介さに気が付くものだった。

 最初に撃ち抜いた右腕は動かなくなっているが、それでもフリミングとジュリオの間に埋めきれない実力差があるのは明らかだ。

「くそっ! この!」

 相手の正中線に銃口を合わせ、一瞬のタイムラグもなく引き金を引く。涼しくも鋭い銃声と共に射出された響光の弾丸は、それでもフリミングを掠ることすらなかった。

――やっぱり、当たらない!

 彼我の距離は十マルトラ(十メートル)もない。この中距離で、弓矢の数倍の速度で飛来する弾丸を避けるのは至難の業だ。だが、眼前の男はそれを何度もやってのける。一方で彼の打撃は的確にこちらを捉えており、既にジュリオは身体中に相当な数の打撲を負う羽目になっていた。

「一体、なんで……」

「ハっ! ナンで避けられないのかがワカらんというカオをしてンなァ?」

 侮蔑の色を瞳に浮かべながら、フリミングは嬲るように口を開いた。そして次の瞬間には間合いを詰めてジュリオの腹を蹴り飛ばす。

「ぐっ!」

「わかったカァ? オレとテメェのナニが違うか……テメェにないモンがナンなのかヨ!」

 二マルトラ(二メートル)近くを飛ばされながら、それでも倒れずに踏みとどまる。ふと口の中に鉄の味を感じ、口元を乱暴に拭うと手には少なくない血液が付着していた。

「痛つ……そうか、やっと見えた。攻撃が見えなかったのは、そういうことか……」

 視界から逃がさないようにフリミングを凝視しながらも攻撃を避けることができなかった理由。それは変則的であるが故に攻撃の軌道が読めないという単純なことだった。

「だけど、それだけで形勢が決まるなんて、ありえるのか?」

 思わず疑問が口を衝いて出る。如何に軌道が読めない攻撃だとしても、攻撃を受け続けていれば目も慣れ、予測することは可能なはず。それができないということは、この要素を助長する何かがあるということだ。

「どうしたァ? 案山子ミテェに突っ立って、もう諦めたノカァ?」

「まさか。まだまだこれからだろう?」

 視界の端から端へ移動しながらも的確に攻撃を打ち込んでくるフリミングを、軽口を返しながらも凝視する。

――ここで、蹴りが来るんだろ!

 フリミングの動きに癖を見出し、ジュリオは来る衝撃に備えた。しかし、身体を襲った痛みは見えているよりも遅く、防御をすり抜けてジュリオにその爪跡を刻んだ。

「あぐっ、なんで……」

「イイ眼をシテやがるなァ? けど、そのセイでお前は余計な地獄を見るコトになるゼ」

 下を舐めずるフリミングの掌打が迫る。

 注意を引き上げてその打撃を躱そうと身を捩ると、今度は想定よりも早い衝撃がジュリオの体幹を穿った。

――痛ぅ……くそ、こうなったら全部見破ってやる!

 摩訶不思議な攻撃に対して意識した備えをとることもできず、攻撃の都度反撃を試してみても、こちらの攻撃を当てることができない。ジュリオにとって状況はまさしくジリ貧というべき様相を呈していた。

 しかし、長い防御の末に、ジュリオはこの状況を生み出した手品のタネに辿り着く。

――そうか、これがこいつの力の正体か。それなら――。

 攻撃を受け続けた身体は既に満身創痍であり、できることは時間と共に減っていく。ジュリオは一瞬で思考をまとめて行動を起こした。

「――高らかに唄え、凍てつく大気 (フリズ・エアル)」

「何!?」

 唱えたのは青色系統第一響階の奏術。ジュリオが使える数少ない短詠節の氷結奏術だ。

 奏術によって冷却された大気の氷がジュリオの目の前で湯気をあげて溶ける。それこそが、この不可思議な現象の答えだった。

「お前は、赤の奏術を不完全な形で詠奏することで大気を熱して蜃気楼を作っていたんだ。だから、予測とは違うタイミングで攻撃が届いた」

 赤色系統の奏術は炎熱を象徴する。そしてその特性として、不完全詠奏でも熱を生み出すことが可能というのは戦闘術の座学でアルダレスから教わった内容の一つだ。

 フリミングは、この奏術の特性を上手く利用して戦っていたのだ。

「チッ、気付いたカ! だが見破ったところデ、テメェの銃なんざいくらデモ躱せるンだよ!」

 叫び、間合いを詰めようと身体を低くしたフリミングにジュリオは乾いた笑いをこぼした。

「確かに、僕の銃はお前には当たらないだろう。僕の〝銃弾〟は、ね」

 フリミングにではなく、ただ独り言として言葉を口にすると、ジュリオは銃の側面に取り付けられた二つ目のトリガーを引いて腕を勢いよく振り抜いた。

「ハッ! 死ねヤァ!」

 突撃と共に叫んだフリミングの声に、鋼と鋼がこすれるような乾いた音が鳴る。それに気付かずに拳を振り抜いたフリミングは敵の肉を打つ手ごたえのなさに首を捻った。それに心なしか腕が軽い。

 不審に思ってフリミングが視線を向けた先に、あるべき左腕はなかった。

「ッ! ギッ、ぁ、ガァっ!」

 一瞬遅れて彼の口からは苦悶の声が漏れ出し、そして傷口からは大量の血液が噴出した。

「僕がいつ、銃しか使えないと言ったんだ? 切り札は最初から使うものじゃなくて、最後まで隠すものだよ」

 完全に動きの止まったフリミングに言葉を浴びせて、ジュリオは銃口の下に剣の生えた銃の引き金を引いた。

 弾倉に残った弾を全て両脚に撃ち込まれると、フリミングは白目をむいて路地に転がった。痙攣するその顔には既に意識の片鱗も見受けることができない。

「――っ! っぁあ、終わったぁ……しんどかったぁ」

 フリミングが完全に気絶していることを確認して、ジュリオも路地に倒れこむ。殴打されたことによる不快な痛みは、勝利の余韻によって甘美なものへとその味を変えていた。

「こっちは何とかしたんだから、後は頼んだよ。団長、勇輝」

 闘争によって乱れきった地上とは対照的に、清々しいまでに澄み切った青空を見上げながら、ジュリオは一人呟いた。


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