第三章《薫り立つ暗雲》 7
正しく未明と呼ぶべき時間、サマリルは遠目にサーベラスの町を眺めることができる丘に立っていた。
朽ち果て崩れ落ちた遺跡の岩壁を背にする彼の周りには、三〇人程度の人間が各々の得物を手入れしながら時を待っている。
「……来たか」
サマリルの口から発せられた低い声に応じるように割れる人垣。その奥には、彼の部下であるフリミング=ラームリルと、協力者ククリ=テンペルの姿があった。
「ククリ、首尾の方はどうだ?」
サマリルの平時に増して鋭さを携えた視線を受け止めると、ククリは口の端を吊り上げた。
「予定以上の出来ね。対ラティス・マグナの切り札まで手に入ったわ」
「それは重畳だ。使える駒は多いに越したことはない。奴の実力が量れぬ以上、決定的な切り札というものがあるのならば安心できる」
意図して口許を緩める仕草を取ったサマリルの顔を見て、ククリは「に、似合わない」と噴き出した。ちらりと流し見れば、この場に集った面々も笑いを堪えている者が少なくなかった。
サマリルは咳きの音を響かせるとククリの隣に立つ痩身の男へと視線を飛ばした。
「フリミング、あれから何事かの変化はあったか?」
話の水を向けられたフリミングは肩を竦めた。
「現在のサーベラス戦力は当初に比べて王都の調査団が協力している程度っス。つっても団長のカイオスは不在で、不確定要素は噂の勇者くらいですかね」
淡々とした報告に頷くとサマリルは頭の中に作成しておいた作戦計画書の変更点を探る。それでも大した変更点はなく、五を数えた後には作戦の上方修正は完了した。
「皆の者よ、聞け! 本日の作戦の概要に大きな変更はない。各員は予定通りの地点から進軍を開始せよ。フリミングの焚く狼煙を以て作戦を決行する」
サマリルの言葉に呼応するかのようにその場に集った屈強な男たちは鬨の声をあげる。その場の中心にあって静かだったのはサマリルと妖艶に笑うククリ、そして常に仏頂面のダン=モーレルだけだ。
「また、ダンの隊だけは予定を変更する。裏山を使わずに侵攻組の援護と有事の際には全部隊の責任者となれ」
ダンは言葉を離さずに頷くことで命令の承認を示した。言葉はなくともこの二人の間ではこれ以上のコミュニケーションは必要なかった。
変更の指示を終えるとサマリルは再び多くの部下へと向き直る。作戦開始の合図と共に彼らの士気を鼓舞するのは指揮官たる彼の仕事である。
「目標はただ一人、アーティア=ヴァレンシュタインの捕獲或いは抹殺だ。可能な限り慎重に、それでいて迅速に動くように。また今回は俺自らが目標への急襲をかける。耄碌しつつあるこの老いぼれに劣らぬ活躍を期待する」
一段と跳ね上がる怒号と戦いへの歓声。その大きさに心強い物を感じながら、サマリルは自らの得物である大剣を振り上げた。
「これより"天の星団"の作戦を開始する!」
そうしてサーベラスの人々が与り知らぬ間に、一つの戦いの鐘の音が鳴り響いた。




