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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
サーベラス編 ~The Beginning of Farlesia~
17/96

第三章《薫り立つ暗雲》 2

 勇輝たちが剣術の稽古に勤しんでいる頃、アーティアは町の外れにある薬草の自生地へとやって来ていた。

「どうしたの、アティ? 今日は何だか機嫌が良さそうだけど」

「え? そう見える?」

 傍らで必要な分の薬草を摘むエミリーに声をかけられ、アーティアは聞き返した。機嫌が良いのは自覚しているが、わざわざ指摘されるほどとは思わなかった。

「まぁ、理由は大体わかるけど。勇輝のことでしょう?」

「え、ええ、まぁ」

 エミリーの言葉に不思議と顔が熱くなる。それと同時に、何故頬が熱いのだろうとアーティアは疑問を抱いた。

 その反応を見たエミリーは手を止めると、辛抱できないようにアーティアの頭を撫でた。

「アティ、おかしな顔をしているわ。もしかして、自分の気持ちに気付いていないのかしら?」

「……自分の気持ちって? 勇輝さんの修道服姿似合ってたし、、服を用意した人間として嬉しいとは思ってるけど?」

 心から思ったことを伝えると、エミリーはこれ見よがしに溜息を吐き、何事かを愚痴るように口を動かした。

「まぁ、アティがそう言うのならそれでいいけどね。そういえば、勇輝にあげた靴は問題なかった?」

「うん。サイズはちょうどいいし、もともと履いていたスニーカーっていう靴よりも動きやすいって言ってたよ」

 思い返したように聞かれた内容に答えると、エミリーは満足そうに頷いた。

「そう、よかった。下級騎士用のナイトグリーブなんて歓迎のお祝いにはどうかと思ったけど、アティはボロボロの靴にまで気が回っていなかったようだし、ちょうどよかったみたいね」

 足元にあった花を一撫でしてそう言うエミリーに、アーティアは昨日感じた疑問を思い出した。

「でも、どうしてナイトグリーブだったの? 修道服に合わせたレザーブーツでもよかったような気がするけど」

「アティの考えはもっともだけど、実は私とジュリオ、後はアルさんの三人でそれぞれ勇輝に必要だと思うものを記念に送ってるのよ。アルさんは響鎧服、ジュリオは手袋、私は靴が担当で、動きやすくて丈夫なナイトグリーブが良いと思ったの。騎士用である必要はなかったけど、丈夫なのに越したことはないでしょう?」

「勇輝さんに必要なもの?」

 返ってきた答えに首を傾げていると、エミリーは再び薬草を摘み始めながら一言補足した。

「大丈夫。アティの修道服――聖鎧服はある意味、勇輝に一番必要なものだから」

「聖鎧服……え? それって」

 遅まきに言葉の意味を正しく理解して視線を向けるが、エミリーは背中を向けて薬草を摘むだけだった。

「……それでも、何であれが一番必要なのか、アティ自身はその意味に気付いてはいないみたいね。……それは勇輝自身も、かしら」

「え? 何か言った、エミリー?」

「いいえ、何でもないわ」

 やれやれといった具合に首を振るエミリーを見ながら、アーティアは首を傾げるのだった。


+ + + + + + + + + + + + + + + + + + 


「し、死ぬ……マジでキツイ、疲れた」

 サーベラス露店通りの果てを曲がった場所にある酒場『宵月の美酒』のカウンターで、勇輝は酔いつぶれた客のように倒れていた。

「お疲れ、さま。僕も、稽古に参加させられるとは、思わなかった、な……」

 この場に勇輝を連れてきたジュリオ自身も、あまりに厳しい稽古で息を切らし、同じように卓に突っ伏している。

 剣術の基本と型を教わり、ひたすらに反復。休憩を挟みながら一時間それを繰り返すと、ジュリオとタッグを組んでアルダレスとの模擬戦闘を二時間。合計三時間の稽古は、初日であることを差し引いても予想以上に厳しいものだった。

「それにしても、団長は一体何者なんだ? 二人がかりでも相手にならないなんて」

 胸中に湧いた疑問を口にすると、ジュリオは顔を卓に押し付けたまま首を振った。

「さあ? だけど噂だと団長は昔、王国騎士団の騎士団長をしてたって聞いたことあるよ」

「騎士団長か……でも、その昔って何年前のことだ? 確か団長って27じゃなかったか?」

 ふと疑問に思い、勇輝はアルダレスの年齢を口にすると、ジュリオは肯定するように頷いた。

「ええと、確か十年くらい前の話だったかな? 当時はナターシャさんとアティを連れてこの町に来たんだけど、ぼろぼろの格好で王国騎士にはとても見えなかったから所詮は噂だろうって言われてる。17歳で騎士団長なんてありえないし」

 息を整え終え、上体を起こすとジュリオは遠い目で窓の外を眺めた。

「……懐かしいなぁ、もう十年になるのか」

「そうだな、あの時はルプティノやギルバートも居たんだがなぁ」

 カウンター越しに聞こえてきた声に顔を上げると、そこには無精髭の目立つ中年の男性が立っていた。

「ああ、どうも。マルクさん」

「え、と……そうか、マルクさんはここの店主さんだったな」

 先日の歓迎会である程度覚えた人名リストから情報を引き出すと、酒場の主マルク=アンダーレンは初めて勇輝に気が付いたように「おう、アティんとこの坊主じゃねえか。よく来たな」と快活な笑いで出迎えた。

「あの、誰なんですか? そのルプティノとギルバートって」

「僕の父さんと、兄さんさ」

 勇輝の問いに答えたのは隣で突っ伏したジュリオだった。

「歴代サーベラス自警団長最強の男とまで言われたルプティノ=クレッシェントにその愛弟子の天才ギルバート=クレッシェント。十年前のサーベラス自警団を支えていた英雄だ。まぁギルバートは行方不明、ルプティノに至っては今じゃ墓の下だが」

「え、そんな……って、ちょっとマルクさん! ジュリオの前でそんな言い方!」

「いいんだよ、勇輝。もう十年も経ってるから、僕だって整理はできてる」

 肩を叩いて宥めてくるジュリオの目は言葉にこそしないが礼を述べているような色を映していた。

「もう十年だからなぁ。本当に惜しい奴らがいなくなったもんだが……いや、言っても仕方ねえやな。しかし、それにしても何だ? お前ら、随分お疲れの様子じゃねえか」

 マルクは二人の状態に目を丸くすると、何かを思いついたようにカウンターの奥へと消え、再び姿を現した時には水差しとグラスを手にしていた。

「ほら、何があったのかは知らんが、これでも飲め。今回は坊主の初来店記念でサービスだ」

「さすがマルクさん。太っ腹だね」

 言うが早いかジュリオは水差しを傾けて二杯のグラスに均等に中身を注いだ。そのままコップを差し出してくる。

「はい、勇輝。とりあえず、初日を乗り切った乾杯といこうよ」

「ああ、サンキュ。マルクさん、ありがとうございます」

 グラスを受け取りマルクに礼を言うと、ジュリオの持つグラスと打ち合わせる。チリンと鈴の音のような音が鳴る。

 グラスを傾けるジュリオに習うと、甘味が口に広がった。

「凄いな、結構疲れが取れる」

 恐らく宴会の時に飲んだものと同じ、ファーレシアの酒なのだろう。響素(リィン)を取り込んだ身体から疲労が抜けていくのがわかる。

「やっぱりハードな運動の後は響透酒(エール)に限るよ。五臓六腑に染み渡る……」

 酒――響透酒を一気にあおると、ジュリオは背もたれに身体を預けて脱力した。

「だらしないなぁ。まぁ気持ちはわかるけど」

「勇輝も、楽にしてるのが一番だと思うよ」

 ジュリオの言葉に苦笑で返すと、店内にドアベルの音が鳴り響いた。

「いらっしゃい。一人かい?」

「いや、後からもう一人来る。席は空いているか?」

 低く、良く通るバスの声音だ。思わず振り返れば、鍛えられた身体つきの大男が扉の前に立っていた。

「ご覧の通りだ。いい時間に来たな、あんた」

 肩を竦めながら店内の様子を示すマルクに頷くとその男は店の奥――入口から最もよく見える席に着いた。

「響透酒とスプラッツァを一人前――いや、二人前頼む」

「あいよ。少々お待ちを」

 オーダーを取ってカウンターの奥へと入っていくマルクを見送ると、男は勇輝たちの方へと視線を向けた。

「君は、この町の人かい?」

「え? はい、一応は」

 突然の質問に困惑しながら答えると、男は非礼に気付いたような顔をした。

「ああ、すまない。俺はダルツィーネという。しがない商人だよ」

 自己紹介をしながら傍らに置いた鞄を叩いて示すと、ダルツィーネはカバンの中身を取り出して見せた。

「そっちの少年は、覚えていないか? 何度か顔を合わせたことがあるはずだが」

「え、いや……ごめんなさい、覚えがないです」

「いや、気にしなくていい。すれ違う程度だったから気が付かなくても無理はないさ」

 頭を下げるジュリオに手を振ると、ダルツィーネは勇輝を探るような目で見つめた。

「……何か?」

「いや、先週にこの町に来た時には君の姿を見なかったと思ってね。他の町から越してきた人かい?」

「あ、いや、俺は――」

 町に逗留しているだけだと口にしようとした瞬間、横合いから伸びた手に口を塞がれる。視線を向ければ、慌てた様子のジュリオが愛想笑いを浮かべていた。

「そうなんですよ! 最近結婚したんですけど、奥さんがこの町から動けないんで、先日から自警団に入って働いているんです」

「ちょっ、何を――」

(静かに。不用意なことを話すと勇者だの、何だので噂が立つだろ。ここは適当に話を合わせて)

 囁かれた言葉にはっとする。以前に聞いた話ではラティス・マグナと言う存在はファーレシアでも指折りに有名なものだという。

 それを信用する、しないに関わらず、ラティス・マグナの噂が広まってしまったら。

 ジュリオの言う通り、自分を受け入れてくれたサーベラスの人達に迷惑がかかるかもしれないというのは想像して然るべきだ。

 耳打ちされた言葉を理解すると同時に微かに頷くと、口元にかかった手が外される。

「それはおめでたいな。俺からもお祝いを言わせてくれ」

「……あはは、ありがとうございます」

 白々しくならないように心がけて笑う。考えていることが表情に出ない性分が幸いしてか、ダルツィーネに勇輝を訝しむ素振りはなかった。

「そうだ。何か奥さんにプレゼントしてやるといい。好きなものをあげるから今後とも贔屓にしてくれよ」

「そんな、悪いですよ」

 言うが早いか商売道具を並べ始めたダルツィーネの扱いに困っていると、驚いた声が店の入り口から聞こえてきた。

「あれ、サマ――ダルツィーネの旦那じゃないっスか。どうしたんスか、こんなとこで?」

 痩身だが腕や足に的確に筋肉の付いた男が、驚いたようにダルツィーネを見ている。知り合いだろうか?

「フリミングか? 遅かったじゃないか。待ってたんだぞ」

 身体ごとフリミングと呼ばれた青年に向き直ると、ダルツィーネは先程まで座っていた席を指差した。

「何だ、あの手紙の差出人はアンタだったのか。名前くらいは書いておいてくださいよ」

「すまんな。ド忘れしていたらしい。……悪いな。少し待っててくれるか」

「は、はい」

 勇輝たちへと視線を戻してダルツィーネは確認を取る。といっても、有無を言わさぬ雰囲気を漂わせていたので、勇輝たちは困惑気味に頷くことしかできなかった。

「何なんだ?」

 席に座って何やら話し始めた二人に当惑する。肩をつつかれ振り返ると、ジュリオが真剣な顔でこちらを見ていた。

「あの人は雑貨屋のフリミングさん。彼は色々と行動に不審点が多くて、昨日、第四警邏隊から要注意人物という報告があったんだ。自警団でも密かに監視体制が敷かれているから、勇輝も少し注意しておいて」

「あ、ああ、わかった」

 小声で話しこんでいるのか声は一切聞こえないが、何度かこちらに向けられる視線を感じて、勇輝は自分が彼らに対して形のない空白の感情を抱いているのを感じた。

「お待ちどーさん。エールとスプラッツァを二人前だ」

「ああ、どうも。フリミングも食え。俺の奢りだ」

 到着したピザに似た料理に手を付けながらも話し込む二人を見ながら、勇輝は自分の胸中に湧いた感情を解析しようと試みる。

――なんだろう、この感情は。なんか、嫌な感じだ。

 それが不審と呼ばれる感情と気付くのは、しばらく先のことだった。


● ●


 それから一時間も経たない内に二人の話し合いは終わり、食事も済ませたダルツィーネは勇輝にロザリオを渡して去って行った。彼らの姿が消えると同時にジュリオと二人で両肩の力を抜く。

「くぅ、きつかったぁ。僕は嘘が大の苦手なのに」

 独り言とも愚痴とも取れる言葉に苦笑する。その割にはなかなか巧みに舌が回っていたように感じる。

「けど、よかったのかな。こんな高価そうなロザリオ」

 手の中のロザリオを眺めると、ルビーに代表される数々の宝石が鎖に擦れて音を鳴らした。

「いいんじゃないかな? 誤解させておけば噂も流れないだろうし、折角マルクさんも協力してくれた訳だし、ね?」

「おうよ。何だったら、そいつはアティにくれてやるといい。その方が噂に信憑性が出るってもんよ」

「え、なっ! ええ!?」

 マルクの提案に驚くが、理性的に考えればそれが妥当な案であることはわかる。 アーティアを巻き込んで嘘の夫婦を演じたならば、町に迷惑がかかる可能性は減るかもしれない。少なくともラティス・マグナという存在が〝デマ〟であると流布させる一助にはなるはずだ。

 わかるが、しかし――。

「それはアーティアに悪いだろ……いや、でも、なぁ」

 自分でも納得できない不可思議な感情に苛まれていると、騒がしさを増した店内に新たに一人の人間が入ってきた。

「おやっさん。頼まれてた分終わったよ」

「おう、ミーシャか。配達ご苦労さん」

 労いの言葉に微笑で返すと、ミーシャと呼ばれた青年はカウンターの奥へと消え、エプロンをつけて店の方へと出てきた。

「いらっしゃい。噂の子かな?」

「勇輝です。朝凪勇輝。リーリア教会に世話になってます」

「そう、よろしく。僕はミーシャ=アスブロンド。ここの唯一の従業員だよ――っと、今行きますんで! それじゃ仕事があるから、またね」

「さて、俺も働くとするかね」

 挨拶もそこそこに客に呼ばれて去って行ったミーシャを見て、マルクもカウンターの奥へと歩いて行った。

「忙しそうだな。……ジュリオ、そろそろ」

「ああ、うん。マルクさん、僕たちそろそろ行くよ。ごちそうさま!」

「ああ! 気を付けてな!」

 返ってきた力強い声を聞きながら、勇輝たちは『宵月の美酒』を後にした。


● ●


 『宵月の美酒』を後にしてジュリオと別れた勇輝はその足でマティアスの家を訪問した。自警団の方に勇輝宛ての伝言があったのだ。

「マティアス、来たぞ」

「ああ勇輝、待ってたよ。二日連続でわざわざ来てもらってごめん」

 扉を開けて中に入ると、マティアスは椅子に腰かけて資料の束を読み耽っているところだった。

「気にするなよ。多分、呼び出されなくても来てたしな。それで、なにかわかったのか?」

「わかったというか、これから確かめるというか……とりあえず勇輝、この絵を見てくれるかな」

 机に拡げられた一枚の羊皮紙を覗き込むとそこには二人の人間が絵によって描かれていた。

「この人は…・・・」

「見覚え、ある?」

 マティアスの問いかけに無言で頷き、描かれた人間の内、輪郭の丸い方の絵を指差す。

「この女の人、絵で描かれてて抽象的だけど〝彼の者〟そっくりだ。これって一体?」

 マティアスはもう一枚の紙――こちらには文章が綴られている――を取り出して口を開いた。

「これは先々史文献――つまり聖剣伝説よりも古い、ほとんどの情報が失われた古代文明の石板を拓本したものなんだ。そしてこの文には――」

 促されて文面に目を走らせると、ラティス・マグナとしての能力が異世界の古代文字を自動で解読する。

『其は世界を見つめる者。彼の者は絶対なる閲覧者にして神の造りし女神の模造人

 其は世界を綴り続ける者。彼ノ者は万能なる編纂者にして神の造りし智神の模造人

 其らは人ならざる者にして神ならざる者

 故に人と交わることは許されず、神の領域を侵すこともあたわぬ

 其らは神に与えられし宿命を果たす為、世界の狭間で生き続く』

「〝彼の者〟と……〝彼ノ者〟?」

「男の方に見覚えはある?」

 指摘され、再び拓本された絵に目を向ける。輪郭による差以外には相違の見られない少し冷たい印象を持つ男性に見覚えはない。

「いや、ないな。俺をファーレシアに送ったのはこの女の人だけで、男の方にはあったこともない」

「そうか……だけど、ひとつだけはっきりしたことがある」

「ああ」

 二人同時に顔を上げてお互いの目を見る。その眼を見れば、辿りついた結論が同じであることがわかる。

「「全ての答えは、世界の狭間にある」」


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