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テイルズテイル ~Tale's Tale~  作者: 天雪キョウ
サーベラス編 ~The Beginning of Farlesia~
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第三章《薫り立つ暗雲》 1

 コケコッコウ、と一日の始まりを告げる鶏の声が鐘台の音と共に鳴り響いた。

 既に自我を取り戻していた勇輝は目を閉じたままその音を聞き終えると、寝起きの気怠さを微塵も見せずに寝台からその身を起こした。

 部屋の窓からは朝陽が差し込み、薄い窓越しには鳥たちの囀る声が聞こえる。雀だろうか。

 歓迎の宴が開かれてから早二日。勇輝の感覚はファーレシアでの生活に順応し始めていた。

「さってと、よく寝たな。ええと、着替えは……」

 割り当てられた部屋のクローゼットを開くと、中にはずらりと大量の服が並んで掛けられていた。勇輝の為にアーティアが用意したものだ。

「しかし、見事に同じ服だな。アーティアの私服もこんな感じなのかな?」

デザインはアーティアの着ているものと同じリーリア教会の修道服だ。全体的に白を基調としていて、胸には十字の模様が入っている。袖口の飾りは青く、袖を捲った時に留められるようになっているらしく、無駄は一切ない機能的な衣服だ。

 サイズは問題ない。昨日一日で採寸を終えると、すぐに出かけたアーティアが夕方になって持って帰ってきた物だからだ。

 上衣に合わせた色調の白いズボンを穿き、修道服に袖を通すと開いている部分を揃えて、襟口からなぞるように指を滑らせる。それだけで、ファスナーを下ろしたように前を止めることができた。

「なんか、薄い生地の学ランみたいだな」

 思わず笑みがこぼれる。中学や高校に通っていた時はブレザータイプの制服だったので、こういった形状の服には多少憧れがあったのだ。

 キリスト教の神父が着ているカソックも丈が違えばこんな感じだったかなと思いながら、勇輝は扉を開けて建物伝いとなっている食堂へと向かう。

 恰幅の良い大人でも六人は座れる食卓が置かれたダイニングに入ると、アーティアが厨房から顔を出した。

「おはよう。アーティア」

「やっぱり、よく似合ってましたね。おはようございます、勇輝さん。朝食は作ってありますよ」

 この恰好を見るなり開口一番に服装が似合っていると褒めるあたり、余程この服を勇輝が着ることを楽しみにしていたようだ。

「……ああ、ありがとう」

 修道服とはいえ、目の前の少女とペアルックだということに今更気付くと、勇輝は言いようのない気恥ずかしさに襲われた。恐らく後で、ジュリオ辺りにからかわれることだろう。

 考えたところで仕方のない思考を振り払うように頭を小突くと、アーティアが座る席の対面に腰を下ろした。

「今日も女神リーリアの恵みに感謝します」

「……いただきます」

 手を組んで行うリーリア教風の食事の祈りを済ませるアーティアとは対照的に、手を合わせて一言。教会で暮らしておいてなんだが、これだけは宗教的過ぎて習いたくない風習だった。

「はい、召し上がれ。いただきます」

 笑顔で答えて自分と同じ挨拶を取るアーティア。いただきます、などという行動はファーレシアにはないらしく、勇輝の行動を見て彼女は真似るようになっていた。

 そんな彼女の行動によって自分自身の子供っぽさを感じながら勇輝は焼き立てで温かいパンを齧った。

「そういえば、今日はアルさんに呼ばれているんでしたよね? 私はエミリーと薬草を摘みに行くので、一緒には行けませんけど」

「ああ、大丈夫。なんでも、男手だけあればいいらしいから。だけど、二人だけなら危険は避けるようにね」

 この世界には獣魔(ラゥム)という脅威が存在しているのだ。少女二人では少々どころではなく大いに心許ない。そう思っての発言だったが、アーティアは大丈夫と言わんばかりに胸を張った。

「いいえ、こんな見た目ですけど、私は弓が大の得意なんですよ。それにエミリーもある程度の対策は講じていますし、大丈夫です」

「そっか。まぁ、このあたりに獣魔はそうそう出ないってアルさんも言ってたしな」

 絶対の自信を持って宣言するアーティアの言葉を勇輝は信じた。それに万が一何かがあったとしても奏術があるのなら危機的状況を回避することはできるだろう。

「ごちそうさま。じゃあ、食器を片付けたら行ってくるよ」

「はい。いってらっしゃい」

 勇輝は食器を水で洗い乾燥棚に立て掛けると、アーティアに手を振って教会を出発した。


● ●


 アルダレスの経営する喫茶店へと到着すると、店の扉には閉店を示す札が掛けられたままだった。ただし、勇輝宛ての指示が書かれた手紙も一緒だったが。

「すみません。勇輝ですけど」

「お、来たか」

「おはよう。勇輝」

 指示に従って喫茶店裏の庭へと歩くと、アルダレスとジュリオがそれぞれの得物を整備しながら待っていた。

「何してるんですか、こんなところで」

「見ての通り、武器の整備だ。俺の斧槍(ハルバード)はともかくとして、ジュリオの銃は手を抜くといざという時に危険だからな」

 言って、乾布で斧槍の刃を拭き取ると、アルダレスは勇輝を手招きした。抗わずに近付く。

「今日お前を呼んだのは、歓迎会の時にした約束を果たすためだ。覚えているか?」

 アルダレスの言葉に頷く。勇輝は宴の席でアルダレスに戦い方を指南してくれるように頼み、それは受理された。恐らくそれのことだろう。

「アティが勇輝の聖鎧服(せいがいふく)を仕立てると言っていたから、それに合わせて昨日は敬遠したが、思い立ったが吉日とも言うからな。早速今日始めよう」

「で、それを聞いていた僕も見学に来たんだ」

「はぁ」

 ある程度言っていることはわかるが、またしても謎の用語が飛び出してきた。

「あの、聖鎧服って何ですか? いや、まぁ話の流れから考えてこの修道服なんでしょうけど」

 自分の着ている衣服を指して聞くと、アルダレスは「ああ、説明してやる」と言って、一着の服を渡してきた。薄い灰色で袖はなく、丈の長いその衣服は着るマント、いや袖無しのロングコートだろうか。

「そいつは、歓迎祝いの響鎧服(きょうがいふく)だ。その上に着るといい。響鎧服っていうのは、言うなれば布でできた鎧だな。響素(リィン)を集積して作られた繊維で編んだ響鎧布で作成された服で、天響金属製の響奏鎧(リィン・アーマー)には防御力こそ劣るが機動性に特化している。サーベラスの自警団員は全員が愛用していて、信頼性は十分だ」

 そう言いながらアルダレスは自分の枯葉色のコートを、ジュリオもまた片袖のない珈琲色の上着を掴んで示した。

「そして、聖鎧服というのは、お前の来ているその服のことで、リーリア教の信仰対象である女神リーリアの加護を受けて、強固な防護機能を持つ衣服だ」

 思わず左手で自らの着る服をさする。それと同時に、アルダレスが勇輝に対しての呼称を〝お前〟に改めたことで、自分は既に客人ではないのだと実感した。

「僕からはこれを。響鎧布製の手袋。これだけで肩から指先までカバーできる特殊なものだよ。剣士なら手の保護はきちんと考えていないとね」

「へぇ、これだけで?」

 ジュリオに差し出された手袋はフィンガーレス・グローブという手首から基節部までを覆うタイプのものだ。たしかに指先の感覚が生きる分剣を扱いやすいが、肩から指までの防御性があるとは想像できない。

「まあ、不安なのはわかるけど、ガントレットをつけるよりはマシだろうし、僕の……頭は良い幼馴染が作ったものだから、性能は保証済みだよ」

「そう、か……ありがとう。遠慮せず使わせてもらうよ」

 頭〝は〟という部分に引っかかるものを感じたが、ジュリオの雰囲気からはその幼馴染に対する全幅の信頼が感じられた。彼がそこまで信頼するならば、自分も信じてみよう。

「まあ、自分が使わない貰い物をプレゼントっていうのはどうかと思うが、妥当な贈り物だな」

 勇輝が手袋を身に着け、指の動きを確認し終わったのを見定めて、アルダレスは咳払いと共に口を開いた。

「勇輝は戦いに関して全くの素人らしいから、女神の加護を受けて響鎧服よりも丈夫な聖鎧服を着ているとはいえ、その響鎧服を上に着ておくに越したことはないだろう。サイズは大丈夫か?」

「えっと、大丈夫。丁度いいです」

 袖を通して確認する。重ね着しても暑くなく、動きやすい。確かに機動性に富んでいることが実感できる。

「そうか。よし!」

「え? うわっ!」

 それまでと雰囲気や態度を変えることなく、アルダレスは突然勇輝へと斧槍で斬りかかった。もちろん真剣だ。当たったらただでは済まない。

 しかし、回避行動をとるには反応が遅すぎた。来るべき痛みに目を瞑る。

 響く金属音。

「っ! ……え?」

 意を決して目を開くと、斧槍の刃は勇輝の纏う聖鎧服にぴたりと密着して止まっていた。

「とまぁ、こんな感じにある程度の攻撃なら弾くことができる。聖鎧服の防御力も相まって異常に堅くなるってわけだ。あとは、聖鎧服の能力として不浄を払う力――目に見えてわかるのは返り血を浴びないとかがあるな」

 くるり、と斧槍を回転させて地面を叩くと、突き立てたそれにもたれるようにしてアルダレスは語った。

 その言葉を聞きながら、背後ではジュリオが舌を巻いていた。

「でも、ここまでとは思わなかったよ。団長、どの程度の手加減で打ち込んだんです?」

「二割程度だ。刃物が通らないのは当然だが、衝撃まで殺すとはな」

 驚いたように話す二人を、勇輝は怒りを抱くことなく呆然と見ていた。そして、我に返ると手元に聖剣を召還した。

「つまり、剣術指南の準備は完成ってことですよね。だけど、いきなり真剣で実戦訓練なんて危険じゃないですか?」

 前もって言われていたことだが、疑問を感じて勇輝はアルダレスに問いかける。素朴な疑問だったが、アルダレスは苦笑しながら首を振った。

「訓練はまだ早いな。初めは勇輝の実力を見る必要があるから、一番使い易いだろう聖剣を使って本気でかかってこい。木剣を使用した稽古はその次だ」

「本気でって、危険ですよ」

「大丈夫だ。勇者が相手とはいえ、素人相手に大怪我するほど軟な鍛え方をしちゃいないし、別にお前を過小評価してるわけでもない。それに、教えるにしたって指針てものが必要だろ?」

 勇輝の言葉をアルダレスは指を振って否定する。その余裕の態度は勇輝の中に僅かな闘志の火を点ける薪となった。

「……そういうことなら、わかりました。本気で行きますよ?」

「当然」

 斧槍の刃を蹴り、反動でくるりと回して構えるアルダレスに向き直り、剣を構える。それだけで、身体が軽くなったような感覚が勇輝を包む。

――あの時と同じだ。調子がいい、聖剣が、手に馴染む!

 失っていた体の一部を取り返したような高揚感を伴って、勇輝は地を蹴った。

「っ! なるほど、早いな!」

 中距離というには遠く、遠距離というには近いその距離を、勇輝は一瞬で零へと詰めた。その速度に、アルダレスの表情が変わる。

――頭はなし、攻撃を当てるなら胴か袖、あるいはコート越しの脚か。

 判断は一瞬で行い、聖剣を振るう。初めての戦闘で使用した技――聖剣から充填された知識によれば響鳴という名の現象――によって響素をファーレシアの人間以上に取り込んだ勇輝の身体能力は異常というべきものとなっていた。

勇輝自身でも驚くほどに速い剣閃が奔る。

 甲高い剣戟音。

 アルダレスの腕を目がけて振りぬいたと思った剣はしかし、アルダレスの持つ斧槍の柄によって阻まれていた。そのまま衝撃の反動を利用して回転した刃が勇輝へと迫ってくる。   

――回避を!

 咄嗟の判断で身体を引こうとした勇輝だったが、いつの間にか袖口を掴まれており身動きができないことに気付く。

「――っ!」

 そしてそのまま斧槍の刃は勇輝の喉元寸前でその動きを停止した。

「はいよ。お疲れさん! 大体の実力はわかった。身体能力は申し分ないが、勇輝は剣での戦い方を何一つ知らないんだな?」

「はい。剣どころか素手でのまともな喧嘩もしたことないです。どこで止めていいのかがわからないから、争いごとにならないように注意してた結果ですけど」

 刃を下げられて硬直した身体が和らぐ。勇輝はアルダレスの言葉にただ頷くと、そう補足を口にした。

「そうか。だがそれは、つまるところ誰かを傷付けるのが怖いという正常な考えに起因するものだ。悪いことじゃない。自分を抑える術も、戦い方も、これから学んでいけばいい」

 勇輝に肩を置いて諭すと、アルダレスは斧槍を置いて壁に立てかけていた二振りの木剣を手にした。

「これからお前に教えるのはたしかに戦う方法だが、お前が求めている――アティや、誰かを護る為の戦い方は、お前の心次第でその形を変えるんだ。だから、その考えは大切にしろ――ほら」

 投げられた木剣を反射的に受け取り、もらった言葉を噛み締めると手元の木剣は少し重く感じられた。

「俺の、想い……」

 口にした言葉を剣に籠めるように構え、勇輝はアルダレスへと向き直った。

「早く強くなってくれよ。お前にも自警団の仕事を手伝ってもらわないといけないからな」

「はい!」

 不敵に笑ってアルダレスは、勇輝が提案した稽古の交換条件を口にする。それに返事をして勇輝は深く腰を落とした。

「ご指南、お願いします。……行きます!」

「応、来い!」

 木同士が打ち合う乾いた音を合図として、その日から剣術の稽古が始まった。

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