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怪談屋  作者: 伊藤修平
徒桜の怪
9/11

7

「つまり、牡丹さんの語った怪談が現実になってその先生が消えたから、見つけて欲しいってことっすね」

 私を偏屈な喪服の悪漢から救ってくれた優しいヤンキーのような男は事態を整理してそう言った。

 名前を伊坂 虎太郎と言うらしく、「周囲からは「虎」と呼ばれてますっす!」と、私の右手を両手で握手し乍ら彼はそう言った。以降、私は彼のことを「虎さん」と呼ぶことにした。怪談屋とは異なり、とても溌剌な好青年という感じで、聞けば雑用や肉体労働を任せられていると言う。体のいいパシリにしか思え無いが、当人がそれで満足している様なので、私は無用なことは言うまいとその考えは秘匿することとした。


「でもちょっと待って下さいよ」

 と、虎さんが何かに気付いた様に言う。

「もし、もしっすよ。その牡丹さんの嘘が現実になるとしたら、先生を見つけるだけでは足りなく無いっすか?」

「だって、今後また同じようなことが起こるかもしれないっすよね? 牡丹さんが嘘をつくと現実になるなら今後本当のことしか言えないってことになるっすよ」

 そうだ。呵責を取り除く事ばかりに意識が行き過ぎていた。抑々なのだ。抑々、どうして私の吐いた嘘が現実になったのかと言う点は何一つ分かっていない。そこを解決しない限り、同じような被害者を幾度と無く生み続ける可能性がある。その度に怪談屋に助けを求めるのか?

 否。そんな面倒だけは御免だ。費用が嵩む上に、この嫌味な男とそう何度も関わりを持つのは、私としては望むところではない。

 詰まり、目下私の依頼すべきことは国木田先生の行方の捜索に加え、何に起因して今回の事態が起きたのか、と言う二点である筈だ。


 どうする?と言わん許りに怪談屋が私を見遣る。言うまでもない。

「……当然、そちらの解決も……お願いしたいです。」

「まぁ、嘘を吐けないというのは何かと不都合だろうからな」

 怪談屋は何か含みを持たせるようにそう言った。私を生来の嘘吐きだとでも言いたいのだろうか。一々人の神経を逆撫でしていく男である。

 私と怪談屋の間にある無言の、それでいて互いに何か言いたげな空気を壊すように虎さんが言う。

「そう言えば先生、桜の方の件はどうします?」

 桜?それも怪異絡みなのだろうか。桜の怪異と言えば何がある。屍体が埋まっているという事くらいしか思い浮かばない。

「徒桜では無かったと?」

 そう怪談屋が聞き返すと、虎さんは調査の結果を淡々と話した。なるほど、不思議な桜が近辺に在るらしい。しかし、何か害があるような感じは無い。どころか、季節に関係なく壮観な夜桜が臨めると言うのは乙なものでは無いだろうか。

 怪談屋も似たような考えらしく、私の方の案件を優先する様だった。

「先ずはその赤子をあやす女の人影だな」

 そう言って怪談屋は戸棚から地図を取り出して机の上に広げた。

「君が語った怪談に出てくるのは何処の路だ?」

 私はその地図を覗き込んだ。どうやらここの市の地図であるようだ。昨日、怪談を話していた時に思い浮かべていた路の入口にマーカーを置いた。

「この路から入ると、数百メートルの距離……大体この辺の範囲ですかね。この中にいる間はずっと人影が見え続けるってイメージでした」

 そう言って私は入口をスタートに円を描いた。


「なるほど。数百メートル。つまり、厳密な距離の設定はしていなかった訳だな」

 怪談屋がそう言う。設定などしなかった。即興で作った怪談だった上に、語りもしない部分を詳細に詰めても仕方がないと思ったからだ。


 その地図をサッと丸めると怪談屋は「あぁ、そうだ」と言ってチョーカーを渡してきた。着けろと言うのか。訝しげに彼を見ると、先刻と同じように「勘違いするなよ」と返してきた。

「それにはGPSと小型の生体測定器が入ってる。血圧や脈拍、呼吸の測定に留まらず、水分量や体脂肪率なんかも出せる優れものだからな。壊すなよ」

「いや……私が聞きたいのはなんでそんなものをつけないといけないのかってことで……」

 私が聞くと怪談屋は呆れた顔で返した。

「決まってるだろう。今から行くんだよ。その路に」

 自分の身から出た錆は自分でなんとかしろよ、とそう言って怪談屋は先に事務所を出た。


 あぁ、そうか。だからか。

 あの怪談は最後消えるのだ。国木田先生の様に。その為のGPSか。

 早い話がファーストペンギンのような生贄の役割。

 そしてもうひとつのことに合点がいった。

 だからか。私を調査に協力させたがったのは。金がないなら帰れ、と突き返すことも可能だった筈。そうすれば依頼料を持って再び私がここを訪れることになる。恐らく、あの瞬間生まれたであろう得体の知れない怪異と対面することが手探りの危険であると知っているのだろう。


 私はあの男の狡猾さに感心すると同時に、矢張りいけ好かない奴だと再認識して、虎さんの後に付いて事務所を出た。



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