10
じわり。嫌な汗を一つ、かいた。退路は無い。私達はこの異質な廃村に閉じ込められたのだ。
リリーン、と鈴虫の声が聞こえる。雲居に紛う満月は薄ぼんやりとした、オブラートのような明かりを微かにこの土地に張っていた。
ひとつ、深く呼吸をして腹を決める。
このまま立ち止まっていてもしょうがない。とにかく、まずはここがどこなのかを知る必要があるだろう。
一歩、一歩と、覚悟を決めて進んでいく。ある種の自棄であったようにも思うが、そこの所は定かではない。
草は野放図に生え、足が動くのに合わせてガサガサと揺れる。地面なんかも当然舗装されていない土塊であるのだから、ざり、と靴の裏と擦れては鳴っている。
「凄いですね。砂川さんは」
朝凪がそう言った。オカ研のくせに私に遅れを取っている。というより、先程の場から動いていない。
それでも男かお前は。レディーファーストとは言うまいな。
はぁ、とため息をついて私は言った。
「立ち止まってたって仕方ないでしょ。待ってればまた道は復活するわけ?それとも、奇跡的に誰かが私たちを助けに来てくれるまで待つの?願えば叶うと?祈れば届くと?冗談でしょ」
無反応な彼を尻目に続ける。
「あんたがどういうオカルト観してんのかは知んないけどさ。神様仏様頼りで自分から行動を起こさないのは他でもない楽観主義でしょ。そこで突っ立ってる暇があんなら、少しでもここから脱出する努力でもしたらどう?」
そこまで言って、ようやく彼が口を開いた。
「……砂川さんって都会っ子ですか?」
「は?」
私は要領を得ない質問に、つい強めに返してしまった。何が言いたいんだこいつは。
「いえ、僕は元々山間で生まれ育った身でして。まぁ、こう言う草木の茂った環境はある意味ホームというわけです」
「だったらなんで私より先に動かないんだよ。というか、何が言いたいわけ?」
「自然に慣れているからこそ、自然の恐ろしさも知っているというわけです」
そう言うと、朝凪は明後日の方向へ歩き出した。しばらく行ったところで、長めの枝を拾ったようだった。
「いえね、こういうところには往々にしてアブやヒル、最悪マムシとかが潜んでたりするんですよ。地面が陥没していたり、逆に大きめの岩が落ちてあって気付かず蹴躓くってのも珍しく無いんです」
特にこんな視界の悪い中じゃね、とそういいながら枝を進行方向の前に倒し、左右に揺らしながら草を掻き分けている。
「僕は別にただ固まってた訳じゃないですよ。こういう枝がどこかに落ちていないか見渡していただけです」
……あっそ。
そうして私達は入口から見えていた、朽ち果てた廃屋へたどり着いた。
茅葺の屋根がこちら側に傾いている。……と言うより手を上に伸ばさずとも触れられる位置まで来ていた。
「大黒柱がとっくに折れてしまってるんでしょうね。おそらく床も完全に抜け落ちてると思いますよ」
朝凪が言う。
何か手掛かりでもと思ったが、そう簡単には行かないものだ。まぁいい。見えてるだけでも何軒か建造物がある。
私達はそうして二軒目、三軒目と回ったが、どこも一軒目と同じように、到底踏み入れるような状態ではなかった。人の手が入らなくなってから相当経っているらしい。
GPSは未だ圏外。
「どうします?早いところ、寝てしまって明日散策をするというのもひとつの手ですよ」
朝凪が言った。
……正直、一理あるとも思う。このままスマホのライトを使い続けても充電が減る一方だ。明日使えなくなることの方が何かと厄介だろう。
しかし。しかしだ。
「どうやって寝るんだよ。まさか地べたで、なんて言わないよね」
朝凪の方を向いて睨みながら私は言った。
「まぁ、一つ雨風を凌げそうなところに心当たりはあるのですけれど」
そんな私を意に介さずに彼は別の方向を向いて言った。
それに倣って、私も見る。
一軒だけ崩れてい無さそうな建物があった。
あれは……
神社?
「神社というのは、他の木造の建築物に比べて耐久力があると聞きます。あそこならもしかしたら……。まぁ、オカルト的には廃神社というのはなかなかよろしくないものなのですが」
「言ってる場合?オカルトとかどうでもいいわ。とりあえず状態を確認しにいこう」
そう言って私は小走りで駆け始めた。
「ちょっと……砂川さん!」
背後で朝凪が呼び止める声がした。
がさ、がさと草が揺れる。
途端、がん、と鈍い音を立てて何かに膝をぶつけた。
「いッ……!」
思わずその場で蹲る。じんじんと熱いのか痛いのか分からない感覚が駆け巡る。
後ろからガサガサと朝凪が歩いてくる。
「さっき言ったじゃないですか。何があるか分からないから危険だって」
「うるっさい……!まずは心配の言葉かけろよ。そんなんだからお前はモテないクソ陰キャなんだろうが」
「今僕がモテるかどうか関係無いですよね。と言うか、それで言うなら別に砂川さんもモテてないでしょ。そういう人の話を聞かないところとか逆ギレして悪態つくのが原因じゃないですか?」
うるさい。
まじで死ね。
「あぁ!もう!」
イライラして私が膝をぶつけた何かを蹴った。
「野球ならスリーアウトで退場ですね」
朝凪が言った。
ヒットに関係なく一塁に進出させてやろうか。
「てか、なんなのこれ。こんな道のど真ん中に何考えて……」
そういいながら、がさ、と草をかき分けると石造りの円筒状のものが見えた。
井戸だ。
「まだ生きてるんですかね?その井戸」
朝凪が私の後ろから覗き込むようにして言った。
「さぁ」
そういいながら私は井戸に手をかけ、中を覗き込んだ。
暗闇。
真っ黒な暗闇。
暗……
その時、満月が雲から顔を現したのか、すっ、と世界の光量が上がった。
真っ白だった。
井戸水に反射したのではない。
真っ白な女の顔があった。
眉間に皺を寄せ、顔をぐしゃぐしゃにしていた。
目は異様に充血してまっすぐこちらを見ている。確実に、恨みや憎しみと言った感情が渦巻いている目だ。
しかし、こいつは鬼気迫るような表情で、笑っていた。
笑っていたのだ。
真っ赤に染った歯をぎらぎらと見せつけながら。




