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「止まない雨はないって言うけどさ。あれってちょっとズルいよね。いつ止むのかを言及しないんだもの。死んだ後に止んだってしようが無いのにね」
「……誰?」
教室の窓から止まない雨を眺めていると、彼女は声をかけてきた。
「酷いなぁ。同じクラスの樋口だよ。小泉さん」
おかっぱでありながら、完全に前髪は伸びきっていて目が隠れている。左の口の端にはぽつんと黒子があり、その口元は微笑を浮かべていた。
昨日の谷崎さんといい、案外このクラスの人は私の事を認識しているらしい。当の私と言えば人の顔も名前も、覚えることが不得手であるのに。なんだか申し訳ない気持ちになった。
……否、今はそんなこと、猫のゴロゴロ音の正体が実は解明されていないことくらいどうでも良くて。
「……何か……要件とかある感じですか?」
恐る恐る聞いた。
「要件?いやぁ。別に。これといって用は無いんだけどね」
……じゃあ何故話し掛けてきた。
「特段、用はないんだけど、ちょこっと面白そうな話を耳にしてね。君さぁ」
つい、と顔を近づけて彼女は言った。
「最近、面白いことしてるでしょ」
「……なんのこと?」
「とぼけちゃうんだ」
伸びきった前髪の向こうで、彼女の目が細くなったのが見えた。
「色々噂が流れてるんだよ。最近あった高架下での車の大破事件。特に怪我人も出なかったから事件として取り上げられることはなかったけど……そこに事件直後、小泉さんを見かけた人がいるとか。他にも、背の高い男性二人と真夜中に学校に侵入するところとか……昨日の雨の中、日本刀を携えた高身長な女性と歩いているところを見たとか」
ネタは上がってるんだよ、と樋口さんは微笑み乍ら言った。
ご近所で起きた事件許りだから……こういうリスクは承知してはいたけど……こうも詳らかに言い当てられてしまうと、如何ともし難い。
「ひ、人違いじゃないかな」
この時、どんな表情をしていたかは察するに余りある。声色だけで言えば、確実に上擦っていた。擦れに擦れていた。
「ふっ」
彼女は堪えきれないといった風に、吹き出した。そして、あはは、と軽快に笑うと顔を離した。
「いやぁ、半信半疑でカマかけてみたんだけどね。おかしいったらありゃしないわ。小泉さん、全部顔に出るんだもの」
人と余り関わらない生活を送ってきたのだから、思いや感情を隠すと言った技術を生憎持ち合わせていないのだろう。自分でも気付かなかった……気付く機会すらなかった弱点だ。
「ま、小泉ちゃんが学校の外で何してようが、言い咎めるつもりは無いから安心して。先生にチクる気もないし。でもまぁ、もうちょっと人目は気にした方がいいかもね」
と、樋口さん。それでね、ここからが本題なんだけど。
そう続けてこう言った。
「この雨、なんかきな臭いと思わない?」
きな臭い。
そうだ。きな臭いのは確かである。
雨乞い。それを子供達にさせていた誰か。
その雨の中を征く雨女。
この雨ですら、誰かが描いた絵の一部と言う具合だ。
しかしそれを何故……樋口さんが?
「……やっぱり、何かあるんだね」
あっ、と言って私は顔を逸らした。
先程言われた通りだ。きっと、顔に出ていたのだろう。
「知ってるかどうか知らないけどさ。私、一応これでも納涼部なんだよね」
樋口さんが言う。
「……納涼部?」
「うん。まぁ勝手に部を名乗ってるだけで同好会なんだけどさ」
……ありなのか?それ。
「まぁ納涼ってのは建前で怖い話を持ち寄ったり研究する集まりなのよ。そこでさ、あんまり雨が続くから何か妖怪の仕業なんじゃないかって話をこの前してね。その時、雨の妖怪とか雨乞いの儀式を調べたんだよ」
それから、彼女はその調べた内容について語ってくれた。
雨乞いのやり方には幾つか種類があって、踊りや祈祷もあるが、地蔵を水につけたり、聖域に不浄なものを投げ入れて神様を怒らせることで雨を降らせるものがあること。
また、福島では常に水が溜まっていて、涸れも溢れもしないミズイシというものを雨乞いに使ったり、和歌山ではアマツボという壺の蓋を開いたりかき混ぜれば雨が降るというようなアイテム系のものも在るということ。
そして、雨降り小僧は「雨師」という中国の雨の神様に使える存在であることや、雨の神様には龍神が多いこと等。
ちなみに調査の媒体は主にインターネット……特にWikipediaだそうだ。その為、どこ迄信用して良いかは一考の余地がある。
そうして一通り語り終えたあと、彼女は言った。
「小泉さんはさ、この雨、何が原因の雨だと思う?」
……私はそれが子供達の踊っていた雨乞いの結果だと知っている。その雨乞いを飯綱さんがやめさせた以上、これから雨が止むであろうことも───
そこまで考えて、気付いた。
未だ、雨は降り止まない。降り止んではいないのだ。ただ偶然、偶さか気象的に、自然と雨だったという可能性はある。しかし。
一つの原因じゃ無いとしたら……?
有り得なくは無い話である。複数雨を降らせる要因を置いておくことで、保険をかける。普通に思いつくことだ。
飯綱さんは言っていた。
あの雨女の中にいる人間を抑えなければ終わらないと。
それは雨女の存在だけでなく、雨女を動かす為の装置、仕掛けについてもそうなんじゃないか……?
未だ雨女がこの土地で活動しているのかは分からない。若しかしたら、他の土地に移って、雨女が活動する為の雨乞いの仕掛けだけが残っているのかもしれない。
怪談屋の主、森須 八雲の言葉を思い出す。
───怪異と言うのは人の作為の塊みたいなものだ。───
在るとすれば。在るとすれば、この雨を降らせている仕掛けは誰かの作為によるものだ。
それを解明して行けばその先に、雨女に繋がる何かの手掛かりが見つかるんじゃないか?




