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ぎ、ぎぎぃ、と、錆び付いた不快な音を立てながら開いた扉は、開いたまま固定されている。
中は薄暗い。見る限り、電灯のようなものは無くそれを点けるためのスイッチも無さそうだ。
スマートフォンのライトを点けると、白色の強い光が丸く室内を照らす。白と黒の境界が明確に現れた。
「……物置……ですかね」
朝凪が呟いた。
光が照らしたのは古臭い木造の棚とその中にいくつかある紙や置物。薄汚れた天井。土と埃でざらついた床。
もう何年も放置されていると言った装いだ。
「本当にここが開かずの部屋?」
何というか、拍子抜けだ。もっと禍々しい鬼やら蛇やらが飛び出すとある種、覚悟を決めて来たのだが、蓋を開けてみればまるで使われなくなった資料室のような場所。わざわざこんなものを見せるためにこの部屋は現れ、開いたのか?
……いや、それは私たちに取ってあまりに都合のいい解釈だな。この部屋は別に、私達の為に現れた訳でも勝手に開いた訳でもない。そこにある怪異に私達が会いに来ただけなのだ。
怪談に意味を求めるだけ無駄ということだってある。よしんば意味があったとして、今の私にそれを知る術は恐らく無い。
何より大切なのは今この場に、確かに開かずの部屋が現れ、確かに開いたと言うその事実だけなのである。
「色々ありますね。紙束に箱……壺に……竹刀?見てくださいよこれ。招き猫の置物ですよ。あっ、こっちには信楽焼のタヌキ」
ずかずかと先に中に入っていった朝凪が楽しげに声を上げた。
「どういう部屋なの?ここ。統一感が無くない?」
私がそう言うと朝凪は
「……もしかしたら、この大学……いや、この土地の歴史の集積された場所なのかもしれませんね」
と答えた。その手には古びて黄ばんだ新聞を持っている。
よく見ると横文字が右から左に向けて書かれている。日付は……
「1921年……?」
いつのだよ。本当に。
ただ、この物証を見れば確かにこの大学や土地に纏わる過去のものがここに保管されていると言う仮説も納得できる。
私も彼の後に続くように室内に足を踏み入れる。嫌に埃っぽい。スマホの光に合わせて空間に浮かぶ微小な粒がゆらゆらと照らされ、動く。カチャリ、と足元で何かを踏んだ。
円錐状の……銃弾?
流石に本物じゃ無いよね?
「うおっ」
朝凪が部屋の突き当たり付近でうずくまって短く声を上げた。思ったよりもこの部屋は狭いようだ。
「何かあった?」
そういいながら近づくと、彼の足元には細長い扉があった。ハッチのように、埃っぽい地面にそれはあった。
……この部屋、地下がある?
ガチっと音が鳴った。朝凪が取っ手の部分を掴んだのだ。
「ちょっ、ちょっと……!」
思わず私はいさめようとするが、彼はお構い無しにふん、と力を込めて持ち上げた。
先程、この部屋の扉を開けた時よりも一層錆び付いた音を立てながら地下への扉は開いた。
「ごほっ、ごほっ」
一気に埃が舞った。目に染みる程である。口元を服の襟元で抑えながら私は聞いた。
「……もしかして行くの?この先」
返答が無い。
「ねぇ……ちょっと」
彼の後ろ姿は無言のままだ。吸い込まれるような地下の闇を見つめている。
「……正直、迷ってます。興味半分、恐ろしい半分」
彼がようやく口を開いてそう言った。
スマホの灯りをす、と持ってくる。
扉の先は石造りの階段。そしてその先にあるのは
手掘りのトンネルであった。
土塊の壁が光の届かぬ程先に続いている。
朝凪はゆっくりと階段に足を下ろした。
「行くんだ」
私が言うと、朝凪は
「僕は行きます。砂川さんが行くか戻るかは砂川さんにお任せします。少なくとも僕は、この先に何があるのか知りたい。オカ研ですから」
開かずの部屋の、さらに地下の道。
正直怖い。けど、こいつ一人行かせるのもなんだか癪だ。
それに。私も少なからず気になっている。
この先にあるもの。この開かずの部屋の怪異譚の、正体に当たるであろう存在が。
一歩、一歩と階段を降りる。砂利の踏まれる音が静かな空間に響いた。
ひとつ深呼吸をして朝凪はトンネルを進み出す。私がその後ろから続いて進行方向にライトを向け、照らしている状態だ。
「……防空壕とか、戦時下に空襲から避けて移動するための地下道……だったんですかね」
朝凪がトンネルの壁にふと手を当てて言った。そういえば、さっきも1921年の新聞や銃の弾が落ちていた。だとしたらあの部屋が現れたのは……戦争にまつわる何かが原因?
どれだけ憶測を立てても判然としない。何か本質的な部分でズレているように思える。行先の分からない狭苦しい迷路に迷い込んだような感覚さえした。
ものの10分歩いた頃だろうか。ぽつり、と目の前に暗闇以外の景色が見えた。閉所の作るそれとは異なる、夜の闇。進んでいくと分かったが、闇という程には暗くない。昨今忘れられている月明かりというものの偉大さが身に染みた。存外、街頭の無い夜というのも視界は確保出来るものだ。
裏を返せば、私達は街頭の無い場所へ出たということだ。
朽ちた廃屋。自然と一体化した井戸。さわさわと風に合わせて草木は鳴いている。膝丈ほどまで伸び切っている雑草。
見るからに、無人で無整備の土地。廃村であった。
ものの10分。距離としておそらく1キロにも達していない程の距離の筈だ。あの大学のキャンパスの周囲にこんな場所はない。
簡単な話だ。あのトンネルはただのトンネルではなかった。
その異様さに朝凪も流石に困惑したのか、来た道を振り返った。彼は目を見開いて言った。
「道が……無くなってる」




