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「何故、怪異は夜に現れるのだと思いますか」
キャンパスの中央部。煉瓦造りの建造物が取り囲む中庭で朝凪大輝はそう言った。びゅう、と夜風が吹くと、雲居に隠れた三日月が顔を現す。
にやり、と……笑っているようだった。
「さあ」
あしらうように私はそう答えた。心底どうでもいいと思ったからだ。
「なんだって良いですから答えてくださいよ」
彼は眼鏡を片手で直しながらそう言う。大方、この前のように自論を主張したいが為に私の意見を求めているのだろう。私の発想に興味がある、と言うよりは持論の正当性を「他者の意見を否定する」という形で担保したいのだ。
……そんなやり方でしか、きっと自己を肯定できないのだろう。随分、下卑ているように思う。いや、語弊が無いように言っておくと、自己の同定に他者を利用するということにおいては別にその限りでは無い。現に、社会というのは根本的に他者との関わり合いに依存するものであり、それ故に自己を成立させる上で他者を用いるというのは当然の行いであると言えるだろう。
問題は、そこではない。
あるのはこの場合方法に……もっと言えば性根の部分にあるだろう。薄暗い根暗な性根。自分自身を肯定するために他者を否定するというネガティブな根性。うっすらと覗ける加害性。
思うに、人と関わり合いになることのない人間に限って多く見られる兆候ではないだろうか。何がそうさせるのだろうか。何故何かを下げなければ自身を肯定出来ないのか。
……察するに……世界を、自己以外の全てを、どこか敵視しているからだろうか。明朗快活な主人公が快刀乱麻の末、悪を斃す。そういった勧善懲悪地味た正義を自己に投影しているのだろうか。
言うなれば、何かを下し、何かを是正する啓蒙思想が彼自身の……彼らのような人間の拠り所であろう。自己の同定に、敵が必要なのだ。
「……夜は……暗いからじゃない? 真っ暗で……先が見えなくて……だからこそ、何がいるのか分からない。何がいるのか分からないから……そこにいないはずの何かを見るんじゃない?」
私はそう答えた。適当ではあれど、それなりに理にかなった結論だろう。ふと彼の方を見ると、鳩が豆鉄砲を食らったような、呆けた顔をしている。
……どういう感情なんだそれは。
「いや、いやはや、なんと。八割くらい言いたいことを言われてしまって驚きましたよ。普段冷めた顔をしているのでそこまで興味が無いと思っていたのですが……オカ研も板についてきたのですね」
腕を組んで頷きながら朝凪大輝はそう言った。やめろ。感慨深そうにするな。蟻の巣の観察とオカルトの研究を天秤にかけられたなら圧倒的に前者の方がマシというものだ。
「して、砂川さん。その【開かずの部屋】というのはどのようなもので」
開かずの部屋。この大学のどこかにあるとされているらしい部屋。都市伝説。そしてその部屋のある場所を書き記した紙を、私は友人から受け取ったのだ。
「ここにその開かずの部屋の場所が書かれてるらしい」
そう言いながら、私はジーパンのバックポケットからその紙を取り出し、彼に見せる。
朝凪大輝は4つ折りにされたA4の紙をひらと広げてじっ、と見入った。
「……で、どう思う?」
そんな彼を試すように私は聞いた。普段それは彼の役割だったが、今回は意趣返しと言ったところか。散々人にオカルトを語ったのだ。気づけなければ嘘である。
「……これ、おかしいですよ」
そう。おかしいのだ。明確に。
「だって……ここに記されている開かずの部屋……この位置に部屋なんて無いですよね」
そうだ。開かずの部屋。それがある位置は21号棟。講義室103と102の間に存在する。
そう、書かれているのだ。
「この場合、開かずの部屋というのは表現として変では無いですか」
続けて彼が言う。言うと思った。
「開かずの部屋と言うのは本来開けられないからこそ開かずの部屋なのであって、存在していないものが現れる場合『開かないこと』を強調するのは奇妙ですよ」
「私もそれは思ったよ。だけど、考えてもみなよ。別にオカルトに明るくない私の友人でもこの部屋が現れる場所、時間を知ってるんだよ」
つまり、と私は続ける。
「つまり、この部屋の異常性は現れることじゃないんでしょ。現れた上で、開かない」
だから、【開かずの部屋】
「……なるほど。一理ありますね。往々にして存在しないはずの部屋が現れた時、開くことが定石ですからね……」
そう言いながら、彼は少し口角をあげた。
やめろ。嫌な予感がする。次にお前が言うセリフに察しがついてしまった。
「さすが、砂川さんも立派なオカ研の一員ですね」




