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雨にも程度がある。
強い雨弱い雨、風がある時ない時。
その中で1番鬱陶しいのは何か知らん、と考えると、大概、雨の強弱に関わらず、風がある日だとそう思い至った。
今日みたいな、そんな日だ。
台風3号が近づいてきているとニュースでは言っていたなと思い出す。
傘をさしても横から殴られ、風向きに合わせて傘を傾けても、守られるのは上半身だけ。足元はどんどん濡れていく。
服が肌に密着してくる感覚は、ほとほと不愉快なものである。
いっそ、靴下や服なんぞ脱いでしまえば、風呂場で浴びるシャワーの天然物ということで、不快感そのものは減退するだろうか。
そう考えるが、結局法はそれを許さないし、仮令法が許しても、人前で衣服を脱ぐなど、到底できることではないので、検証のしようは無い。
衣服を着た儘、シャワーを浴びてみて、全裸の時と浴び比べるという手もあるのだが、それはそれでなんだか言いようのない如何わしい行為のように思える。
……何故、こんなことを考えるかと言えば、今目を歩いている飯綱さんの所為である。
この人、確かに来る時にはレインコートを着ていた筈なのだが、何をどうしたか、出る時にそれを着ず、かと言って傘をさす訳でもなく、着の身着のままで雨に打たれている。
緑がかった綺麗な黒髪は濡れたことで艶やかさを増しているが、髪の毛が水気で寄り集まって、長い鹿尾菜の様な見た目になっていた。
しかし、それでも見た目の美しさは大して変わらず、頬から顎を伝ってぽつりぽつりと滴る雨滴でさえ、妙に艶めかしく思えた。
当の本人はそんな艶やかさとは反対に、「あめふり」の鼻歌を陽気に歌いながら、私達の先頭を歩いている。
彼女の服は濡れた影響で、張り付いており、皺は濡れる前よりもくっきりと浮き上がり、山脈の様に続いている。
薄らと肌色が透過し、肩に紐の様なラインが浮かんでいる。恥ずかしく無いのだろうか。
「こ、ここです。この通りで見かけて」
と、谷崎さんが言う。
なんてことは無い。普通の住宅街だった。
カチ、と音が鳴った。
音の方に目を遣ると、飯綱さんが左の腰に掛けている刀に、左手を乗せていた。
あぁ、そうか。怪異と対峙した時、邪魔になるからレインコートも傘も使わなかったのか。
何処からか、子供の笑い声が聞こえた。否、"子供達"の笑い声が聞こえた。
走り回って遊んで、燥いでいる様な声。
こんな横殴りの雨の中で?
「谷崎ちゃん、自分、この辺に住んでんの?」
飯綱さんが前を見乍ら……私達に背を向けた儘聞く。
「ここから少し行った所で……時折この道を通ってるんです。あの赤いレインコートの子供を見かけてからは怖くて使ってないんですけど……」
「てことはこの辺には明るいんやね?」
「まぁ……はい」
「近くに公園とかあるん?」
飯綱さんが振り返って聞く。相変わらず貼り付けたような笑顔だが、ほんの少しだけ、眼光が鋭い様な気がした。
「公園……は、無いですけど、確かアパートの共用の広場みたいなのはあったと思います」
「ふむ……ちょっとそこまで案内してくれへん?」
谷崎さんは分かりました、と言って飯綱さんの横に並んで案内した。
今いる一軒家の並ぶ道を真っ直ぐ行って、2番目の角を右に曲がる。すると、先程より車道の道幅が広くなる。
そこから真っ直ぐ、行くと信号に突き当たるので、そこを左手の横断歩道を渡って曲がり、向かった。
ここまで来ると、そのアパートが見えてくる。四棟程同じ高さ、同じ見た目の建物が立ち並んでいる、大きめのアパートだった。
こちら方面は学校から私の家の道とは真逆なので、こんなものがあるとは思っていなかった。いざ、似たような建物が等間隔に並ぶ光景は、若干壮観だ。
強まった雨足が、最早霧や靄の様な働きをしている。視界が悪く、そのアパートより奥にあるであろう高層のビルやマンションが隠れており、それがより一層、このアパートを一塊の巨大な圧へと仕立てあげていた。
先程聞こえた子供達の声は、雨音に掻き消されることなく聞こえている。もっとずっと近くにいるような大きさで。
声のする方を見遣ると、そのアパートの共用部、遊具のある広場に数人の子供達がいた。
雨の中、遊んでいるのだ。
そしてその中に
赤いレインコートを着た子供がいた。
「谷崎ちゃん。あれがそうなんか?」
飯綱さんが聞くと、「あの背格好、後ろ姿……間違いないです」と谷崎さんが答えた。
少し思案してから飯綱さんは「ちょっと待っててや」と私達に言ってから、「居住者以外立ち入り禁止」と書かれた看板を引っ提げたチェーンを跨いで、その共用部へと歩いていった。
暫くその子供達と話してから、踵を返して戻ってくる。
「いやぁ、良かったなぁ谷崎ちゃん。あれお化けとちゃうわ。人間やで」
飯綱さんはにこやかにそう言った。
「なんでも、あのレインコートがお気に入りらしいわ。せやから、雨でも晴れでも関係なく着て出かけとったらしい」
「で、でも……晴れの日に濡れてたんですよ?」
谷崎さんが飯綱さんにそう言うと、
「それなんやけど、どうせ合羽着るんやったら濡れてた方が楽しいとか言うて、自分であそこの蛇口捻って水被っとったんやって」
と、彼女は共用部にある水飲み場を指差した。
「じゃあ、それってつまり……」
「せや。谷崎ちゃんの勘違いやね」
そう飯綱さんが言うと、谷崎さんは恥ずかしそうに俯いた。飯綱さんはそんな彼女の背中を叩きながら
「まぁまぁ、良かったやん!これで今度から安心してここら辺来れるな!」
と言い、こう続けた。
「ほな、みんな先帰っといてや。うちちょっとあそこの子らに混ざってくるから」
そうして飯綱さんは「うちもよして〜」と言って、駆け出して行った。
そこには土砂降りの雨の中、子供達と元気に遊ぶ成人女性の姿があった。
……あれはあれで怪異と言うか、不審者の類ではないだろうか。
「……帰りますか」
と、虎さんが言う。若し、今回の案件が本当の怪異だった場合、あの時のように戦う決意をしていたらしい。さっきまで無言だったのはそういうことだろう。
今は拍子抜けした顔をしていた。
私と虎さんはその場で谷崎さんと解散して、事務所に向けて戻っていく。
帰る途中、周囲を見渡すと、赤や黄色のレインコートを着た人達をところどころ見かけた。考えてみれば、こういった警戒色や警告色は視界が著しく悪化する雨下では理に適ったものなのだろう。そこに警戒色や警告色と言う理由が恐怖を感じた一助になったというのなら、成程、或る種役割を果たしていたということだろう。
谷崎さんは、その想像力故に、存在しない怪異を、その場にある筈の無かった恐怖を体感したのだ。
そう思うと、なんだかおかしくって、ほんの少し、笑って了った。




