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「それって雨女と言うより……引き子さんじゃないですか?」
私がそう言うと、辿々しく「ひきこさん?」と言って飯綱さんは首を傾げる。
「なんやの?それ」
「雨の日に現れて子供を引きずり回すって言う……確かネット掲示板が発祥の都市伝説です」
と、私が答えると
「ネットかぁ。ほなうちが知らんわな」
と、飯綱さんは深く頷いて納得していた。
「……それはどういう」
「いやぁ、うち機械とかそういうの触れん質やから」
「機械に弱いおばあちゃんみたいっすね」
と、虎さんが言うと
「せやなぁ。まぁ、うちの場合は罰……というか呪いやからな。ほら、森須君と同じ……」
飯綱さんはそこで言葉を止めた。私達が何も理解出来ていないのを察した瞬間に、止めた。
ぱん、と手を叩くと、「ほんまごめん。今の忘れて」とにこやかに言う。
忘れろと言われても気になるものは気になる。なんのペナルティだと言うのだ。森須がなんだと言うのか。
「ほんま堪忍な。森須君が君らに伝えとらんのに、うちから言うことはできへんわ」
と、飯綱さんが言う。私達も、センシティブな案件なんだろうな、と納得して、それ以上言及はしなかった。
気にはなったけど。
本当に気になるけど。
でも、どうせ怪異絡みだ。気持ちのいい話ではないだろう。
暫く、しんとした空気がその場を占める。その静寂を破ったのは、外からのノック音だった。
今日は雨だと言うのに来客が多い。しかし、暇よりは……そしてこのなんとも言えない空気よりは幾許マシだ。
「誰やのん」
と、飯綱さんが声をかける。完全に怪談屋の主の様だった。
「す、すみません。怪談屋さん……ですよね?ちょっと聞いて欲しい話があって……」
そうノックの主は弱々しく言ってガチャリ、とドアを開ける。
「お邪魔します……」
そういった途端、飯綱さんはすかさず
「邪魔すんなら帰ってー」
と返した。来客はあたふたとして、扉を開けるとも閉めるともつかない中途半端な動作になっていた。
「冗談や冗談。入ってきぃ。どないしたん?なんや怖いことでもあったんか?」
そう言って飯綱さんは立ち上がると、入口に向かう。すっと彼女は来客の肩に手を回して、こちらへ引き連れてくる。
そこで最悪なことに気づいた。
依頼人は木花中学の制服を着ている……つまり、私と同じ学校に通っている生徒だ。
咄嗟に私は虎さんの背中に隠れた。
飯綱さんは先程まで座っていた席に来客を座らせて、「飲みさしで悪いけどどうぞ」と、これまた自分が先程まで飲んでいたティーカップを勧めた。
来客が「ありがとうございます」と言ってそれを一気に飲み干すと、飯綱さんは少し悲しそうな、何が言いたげな顔でこちらを見てきた。
どうやら本気にすると思っていなかったらしい。この人、見た目と中身にギャップがありすぎる気がする。
それより。そんなことより、だ。
問題は木花中学の生徒であるということではない。否、当然それはそれで此方としてはそこそこ問題ではあるのだが、それ以上に到底無視できない懸念がある。
彼女が私のことを知っているのかどうか、である。うちの学校は1クラス約40人で一学年5クラス、それが3年ある訳だから単純計算で600人が在籍していることになる。
先輩後輩なら学内に居ても、関わることがまず無いであろうからそこまで問題じゃない。
同学年なら、私のことを知っている可能性がある。同じ階であるから、必然的に日常生活で邂逅する可能性がある。
そうなれば、由々しき事態である。本当に洒落にならない。「怪談屋」なんて渾名がついた暁には切腹物だ。
一か八か。
ここで胸を張って接したら、若しかしたら邂逅時に印象の違いから別人だと勘違いされるかもしれない。
これだ。これにかけるしかない。
と、私は思った。本当に想定外の出来事に気が動転していたのだ。
「ようこそ怪談屋へ!」
私はできるだけ明るくそう言って勢いよく虎さんの背後から飛び出すと、大袈裟な身振りをした。
「……あれ。小泉さんだよね?ほら、私、同じクラスの谷崎」
終わった。同学年どころか同クラスだった。確かに、彼女の活発な顔つきとツインテールは見かけたことがある。クラスのムードメーカーみたいな女の子だ。制服気を取られすぎた。不覚。
続けて彼女はこう言った。
「学校の外だとそんな感じなんだね」
最悪の状況である。
私は振り返ると、虎さんに土下座して言った。
「お願いします。殺して下さい」
「えっなんでっすか!?」
「死にたい!死にたいけど自分で死ぬ勇気が無い!!だから虎さんの手で殺して下さい!!虎さんになら殺されたっていい!」
私はそう叫んで彼の足にしがみついた。
後ろから飯綱さんの腹を抱えているような笑い声が聞こえた。
そうして、一頻り痴態と醜態を晒したのだった。
その後私は、恥ずかしさの余り現実を直視できず、休憩室にある毛布を持ってきて、頭から被り乍ら話を聞くことにした。典型的なおばけの仮装の様な格好になっている。
そんな私を尻目に谷崎さんが話を始める。
「最近、妙なものを見るんです。子供くらいの背丈で、赤い合羽を着ているんですけど……」
「普通に子供やないの?」
と、飯綱さんが聞く。
「いえ……それがおかしいんですよ。晴れの日でも見かけるんです。おかしくないですか?晴れの日に、合羽を来てるなんて。それも、濡れてるんです。雨なんて一つも降ってないのに」
「ふぅん。そら不思議やねぇ。せやけど、それでなんか害とかってあるん?」
「最近見た中国だか韓国だかの映画に似たようなのがいたんです。それなんじゃないかって思って」
それを受けて飯綱さんは私達に聞く。
「お二人さん、なんか知っとる?」
「いや……俺はよく知らないっすね」
「……多分、【紅衣小女孩】じゃないですか。台湾の妖怪だったと思います。でも、あっちは合羽じゃなくて服が赤かったと思います」
私はそう言って続ける。
「赤い合羽と言うなら、日本のネット発祥の都市伝説、【まっかっかさん】の方が近いんじゃないですかね」
まっかっかさん……赤いレインコートに赤い長靴、赤い傘をさして会ったら殺されるという。確か、赤いものを持っていれば助かるんだっけか。
「またネットかぁ。お姉さんそう言うの疎いんよなぁ。小泉ちゃんは物知りやね。……それで、あんたはどうしたいんや」
と、飯綱さんが谷崎さんに聞く。
「こんな雨ん中、わざわざ話だけしに来るとは思えへんのよな」
「……今日もまた見たんです。それでこの前、マンションの掲示板にここのポスターが貼ってあって、何か解決策とか知らないかなって。……そう、思って」
普段、ムードメーカーっぽく明るく元気な谷崎さんの元気が無いように思える。表情は見えないのだが、声の感じがなんだか、控え目な気がする。(怖い話を明るく元気に話す人間はいないのだが、それを踏まえても、という話である)
「ほな今から行くか」
飯綱さんがそう言う。ぎし、と椅子から立ち上がる音が聞こえた。
「案内してや。谷崎ちゃん。そいつを見かけたとこまで」




