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あの赤子こそ……犯人のゴール?
素戔嗚尊と八岐大蛇が推察ミスとも言っていた……。
じゃあこの事態は一体何なのだろうか。
「詳しく……説明して下さい」
へたり込んだまま、私はそう言った。国木田先生の捜索よりも、今はその方が気になる。
呪い以外に真意があるというのなら、その呪いとは一体何のためにあったというのだろうか。
「……先ず何から説明しようか……。おい、虎」
そう言って怪談屋は、私の隣にしゃがみ込んでいる虎さんに顔を向けた。
「お前が、集団に呪いをかけたんじゃないか、と言った時に僕がそれに必要だと言った要素、覚えてるか?」
「はいっす。確か……時間と労力と……憑代」
「そうだ。一人呪うのと百人呪うのとじゃ訳が違う。対象が多くなれば多くなるほどその三つは重くなっていく。そして憑代についてだが……単に大量に揃えればいいという話じゃない。どちらかといえば質が重要視される。例えば、手作りの藁人形と三種の神器なら、後者を用いた方が呪いの効力を強くさせたり対象の数を増やせたりする」
「まぁ、そりゃ感覚的に何となく理解はできるっすね。要は憑代にも格みたいなのがあるって事っすよね」
「そうだ。そして、今回のように集団にかけるなら普通の憑代じゃ駄目だ。そこで僕らが暫定的に行き着いた結論が」
「素戔嗚尊と八岐大蛇の合祀された憑代」
怪談屋の台詞に重ねて私が応えた。
「……そうだ。だが、それが間違いだった。予想が……当てが外れた」
そう言うと、怪談屋はつい、と窓の方を……厳密には、窓の外を見遣った。
そこには妖しく、奇しく、怪しく、毒々しいような薄紅色に輝く巨大な桜の木があった。
「あれが……憑代だ」
怪談屋はそう呟いた。
「そして恐らく、これに使われた怪異……いや神は【木花咲耶姫】だ」
木花咲耶姫……日本神話に出てくる神様だ。桜に深い繋がりのある神様……。
「でも、じゃあ今迄起きてきた「嘘を現実にする呪い」とか「酒の酔いが発動の条件」はどうなるんすか?」
虎さんが聞く。私も詳しくは知らないが、木花咲耶姫は植物の神様、という印象くらいしかない。「怪異には規則と由来がある」と、怪談屋は言っていた。それならば、伝説や逸話の中にそれ相応の話が無ければならない。となれば……当初の想定の様に──────
「何かとの合祀……ということですか?」
そう私が聞くと、怪談屋は「いや」と否定すると、こう言った。
「実は木花咲耶姫なら、今回の出来事は全部由来がある」
「本当っすか?呪い発動の引き金、酒での酔いについては?」
「木花咲耶姫は酒解神の娘。つまり、酒造の神の子にあたる。別名が酒解子神。酒解神と合わせて酒造の神とされている。あの時、気づくべきだったな」
「なるほど……関わりがあるっすね。じゃあ、『嘘の怪談が実現する』方については?」
「木花咲耶姫は夫、瓊瓊杵尊との間に一夜で子供が出来たことから、夫から不貞を疑われて無実を証明する逸話がある。そこから解釈を歪めて、『嘘を実現することで嘘は嘘で無くなる』という形にしたんだろう。」
怪談屋は続ける。
「神話では、木花咲耶姫は燃え盛る産屋の中で子を産んだ。燃えなければ瓊瓊杵尊の子だという誓約を立ててな。つまり、今回の歪め方はその順序を逆にしたものだ。嘘をついてしまったのなら、それを真実にしてしまえばいい、という理屈だな。そうすれば、嘘つきではなくなる。嘘つきはいなくなる」
「そして、神話では不貞は無かったが、今回のは嘘から生まれた産物だ。だから偽物は火に弱かったんだろう。偽物だから、燃えたのだ」
「……なるほど……。確かに由来はあるっすね」
「そして、その逸話から木花咲耶姫は安産や出産の神としても知られている。桜の字にも、それは秘められている」
「桜の字……?」
怪談屋の台詞に私は返した。
「そうさ。しかし旧字体の方だがな」
桜の旧字体は──────
【櫻】
「あ」
木に……嬰
嬰児の【嬰】だ
怪談屋は私の方を見て続ける。
「だからお前はこっちに飛ばされたのだろうな。あの肉塊の方にある部屋の近くに。恐らく、あの儘進んでいれば、お前はあの赤黒い赤子を孕んでいたことになるだろうな。随分と血腥い処女受胎だ」
その言葉を聞いて背筋に寒気が走った。それと同時に、一体誰がこんな気持ちの悪いことを仕組んだのか、その疑問が頭の中を巡った。
突如、背後から拍手が聞こえた。
鷹揚に、手を鳴らす音が。
ゆっくりと振り返った。
そこには、紺地に白のストライプの入ったシャツの上からクリーム色のスーツを着用し、躑躅色のネクタイをした男が立っていた。
手首には銀の腕時計にパーマ気味のツーブロック。顔は整っていて清潔感もあるが、その細い目つきが嫌らしい印象を抱かせる。
「国木田……先生?」
何かに気付いた様に虎さんが叫ぶ。
「お前!屋上にいた人影だな……!」
口角の上がっている国木田先生は、笑った儘、開口する。
「ご名答。呪いの仕組みについても基本的に正解だ。今回の呪いはね、君らの言う通り木花咲耶姫のものを使ったんだ。校庭に丁度、桜の木があったから。憑代は宮城にある古墳から取った土や石をそこに埋めたんだ。」
「発動の条件は【酒で酔うこと】。対象はこの学校のここの教室……2年3組の生徒。対象は頑張ってもこのくらいしか広げられなかった。対象が増えれば増えるほど、条件が満たされる可能性は増えるからね。十四歳じゃ飲酒は厳しいだろうが、それでもこれが限界だった。まぁ、やろうとしてることを考えれば妥当だ。」
饒舌に語り、饒舌に続ける。まるで、ネタバラシを楽しむかのように。まるで、何かを待っているかのように。
「……ところで、君の制服、この学校のものだよね。
君かい?今回の「嘘を実現させた」生徒は。感心しないなぁ。未成年飲酒は。」
私を見てそう言った。私の場合は飲酒ではなく、珈琲での酔いであった。怪談屋が答える。
「そいつの場合は珈琲での酔いだったがな。擬似的なものがギリギリ呪いの発動条件、引き金の範疇に入っていたんだろう。この教室の生徒だけを対象にするとそのくらいの"お釣り"が出たということだろうな」
それに対して国木田が応答する。
「そうなのか。まぁいい。それで、その生徒の誰か。バラバラの三人でも良いし、一人三回でもいい。とにかく三度、「嘘を実現」されると、儀式が完成するようにしたんだ。」
「それについては、感謝をしなくてはね」
私は状況を飲み込めずにいた。
何?何の話をしている?感謝?いや、それよりなんで国木田先生が
困惑する私を尻目に、先生は嬉しそうに「君達のお陰で」と言う。
「今夜生まれるよ。早乙女 千鶴。私の太陽が」
愈々脳のキャパシティの限界が迫っていた。ただでさえこんな異常な場所で異常な話が繰り広げられている。早乙女千鶴?誰だ。それがなんだと言うのだ。
怪談屋が口を開く。
「全く。お前は運がいいんだか悪いんだか分からんな。まさか、怪談で神隠しに遭わせたのが事件の発端、張本人だとは。どんな偶然だ」
「と言うより、あいつ、何言ってんすか?俺らのお陰で生まれる……?都合よく俺らが来た時にタイミングが重なるなんて嘘くさいっすよ」
虎さんを嘲けるように国木田は言う。
「都合よくなんかじゃないよ。そこの黒髪の君なら知ってるだろう?木花咲耶姫が産んだ神の数を」
私と虎さんが怪談屋に目を向ける。
「嗚呼。知ってるさ。三柱だろう。火照命、火須勢理命、火遠理命だ」
「またまた正解。随分博識だね。こういうことを生業にしてるのかな」
国木田の台詞に怪談屋が返す。
「当たらずとも遠からずだな。かける側と言うよりは解く側でね。大方、その千鶴とやらを産む為の段階が三つだったんだろう。そしてその段階を進めるのが『嘘による怪異の実現』。既に【赤子をあやす女】【座敷童子】【雲外鏡】で三度、そこにいなかった筈の怪異を実現させてしまっている。だから、このタイミングは都合よくなんかじゃない。僕達が突入する前に怪異を産んだことで、儀式を完成させてしまった」
「大正解。花丸をあげよう。回りくどいと思うだろ?普通の呪いなら「誰かが三度飲酒をすれば」とかで発動するんだろうけどね。間に一回、「嘘を実現させる」というフェーズを挟まなければいけなかったのは、きっとそれだけ、人の蘇生というものは重いんだ。」
「さて、それじゃあどうして僕がこんな事態を起こしたのか。ほんのちょっとだけ昔の話をしようか」
そう言って国木田先生は独りでに語り始めた。
悍ましく生理的な嫌悪を抱かせる、ことの発端を。




