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深夜が意識を取り戻したのは、それから丸一日経った、翌日の夕方頃であった。病室には誰もいなかった。今日も平日だ。面会に来そうな者たちは皆仕事があるし、居候の赤月も今頃バスに乗り帰路に着いているだろう。
気を失うまでにあったことを思い出しながらぼんやりと天井を眺めていると、また視界がぼやけるのを感じた。こうして焦点が合わないことがここ数日かなり多くなってきた。限界が近い。
そうこうしているうちに看護師が来て、医者が来てと、にわかに病室は慌しくなった。深夜はしばらくされるがままになっていた。
「応急処置が良かったんでしょう、かなり縫いましたがそこまで重傷には至りませんでした。あと数日すれば退院できます。抜糸をするのに、もう一度来ていただく必要はありますが…」
「そう、ですか…」
その後、病院から連絡があったのか、リリアンとアレックスがやってきた。どうやら学校から直接来たようだ。
「応急処置、アレックス先生だったんですってね。…ありがとうございました」
「やめてくれ、当然のことをしたまでさ。重傷に至らなくて何よりだよ」
「…ごめんな、心配かけて」
「もしかして、しばらく休むって言ってたのも…」
「目がやばいのも本当だ。ただ、やっぱりこういうことが起こるのを予想してたとこは大いにある。すまん、お前に心配かけたくなくて」
「…深夜」
「失礼します」
そこに看護師と共に何人かの背広の男たちが入ってきた。皆一様に警察手帳を取り出す。そこには五十嵐の姿もあった。リリアンとアレックスに軽く会釈すると、深夜に対し本題を切り出した。
「意識が戻ったと連絡を受けましてね。…話していただけますか」
「はい…」
「どういう状況だったのでしょう?」
「確か…正午頃でした。雨が降り出して、慌てて洗濯物を取り込んで。……そうしたら、閉まってたはずの寝室の窓が開いてたんです。風も強かったんで閉めようと寝室に入ったら、ナイフを持った男がいて…抵抗、したんですが…」
「犯人の顔は?」
「レインコートのフードを目深に被っていて、マスクをしていたので、残念ながら顔は。俺と同じくらいの背丈をした…ガタイ的に男…でしたね」
「当日のあの天気なら、レインコートを着ていても何ら違和感がないね。犯行後脱ぎ捨てたんだろう」
「アレックス、変に口出ししちゃダメだろ」
「確かに現場近くのコンビニのゴミ箱から、血の付いたレインコートが見つかってます」
「五十嵐、お前は黙ってろ」
「す、すいません…」
「…今鑑定中ですが、恐らく貴方の血でしょうな。深夜さん」
「この間の脅迫電話と、何か関係あるんですか」
「脅迫電話? あぁ、あの先日の電話ですね。そもそもアレが脅迫で立件できるか怪しいラインですがね…でもまぁ、関係はあるでしょう」
「そう、ですか…」
「やはり津幡亜紀殺害の件に関係あると思うんですよ!」
「だから五十嵐お前は黙ってろと言ったろうが!」
「津幡亜紀の遺体をDNA鑑定に回すべきです!」
「この事件と津幡亜紀殺害の件に因果関係はない! それは何度も言っただろう!」
「因果関係の有無に明確な証拠はありません!」
「病室ですのでお静かに…!」
どうやら津幡亜紀の事件と今回の襲撃、双方共に解決の糸口が見出せず相当神経を尖らせているようだ。
そんなにわかに騒がしくなった病室を切り裂くように、携帯電話の着信音が鳴り響く。発信源は五十嵐の携帯だ。看護師の咎めるような視線にすまなそうな顔をしながら、五十嵐は部屋の隅で電話を取った。しばしこそこそと会話していたが。
「何だって!?」
「病室ではお静かに!」
「分かりました! すぐに!」
「どうした?」
「通報です! 津幡亜紀殺害の現場近くの山で、人の手首らしきものを発見した、と!」
「何だと!? おい現場行くぞ! 五十嵐聴取終わらせておけ!」
「あ、場所は…!?」
五十嵐が止める間もなく、刑事たちは病室を出て行ってしまった。看護師がうんざりした様子で、「終わったら呼んでください」と言い残し出て行く。
「下っ端は大変だね」
「仕方ないですよ。ところで深夜さん、お身体の具合は大丈夫ですか?」
「あ、あぁ…動くとちょっと痛むけど、大丈夫ですよ」
「良かった…」
「随分ピリピリとしてましたけど…やっぱり津幡が殺された事件、まだ進展してないんですか」
「正直手詰まりです…重要参考人までは行ったものの、今度はその人の所在がまったく分からないので………あ、すいません…深夜さんたちに言ってもしょうがないですよね…そうそう、ひとつその津幡亜紀さん殺害の件で、お聞きしたいことがあったんですよ」
「な、何でしょう」
「これもオフレコでお願いしたいんですが…実は司法解剖の結果、ちょっと気になることがあって……」




