第3話 新たな一歩
暗闇の中で、幼いベルは口を押さえていた。
外から何かが壊れる音。悲鳴。
聞いたことのない唸り声。
母が震える腕でベルを抱きしめている。
「ここにいるの。お願いだから」
「でも、お父さんが……!」
母がベルの首に、小さな銀色の鈴をかけた。
「これを離さないで」
鈴は鳴らなかった。
それでも母はベルの手を包み、
胸の鈴を強く握らせた。
「いつか、この鈴が鳴る日が来る。そのとき、あなたは一人じゃないはずだから…」
ドン!! と衝撃音がなる。
父達の声が聞こえなくなる。
しばらくして足音が近づいてきた。
傷だらけの父が、扉の前に立っていた。
「無事か?」
「……お父さん」
「力強く生きるんだぞ」
父は笑っていた。
母の腕に力がこもる。
暗闇の隅で、何か銀色のものが、かすかに光った気がした。
◇
「……っ!」
ベルは跳ね起きた。 汗で服が張りついている。
何年経っても、夢だけは昨日のことのように鮮明に蘇った。
無意識のうちに胸元の鈴を握りしめていた。
隣でルナが顔を上げた。
何も言わず、ただベルの身体に寄り添う。
「……ありがとう」
銀色の毛が、指の間を通り抜けていく。
「もう隠れてるだけの子供じゃない」
ベルは顔を上げた。
「今日は、冒険者ギルドに行くよ」
◇
ギルドでいつもの冒険者たちに頭を下げた。
「荷物持ちは、今日で辞めさせて下さい。これからは、自分で依頼を受けたいんです」
「そうか」
リーダーの男は驚かなかった。
「仲間がいるんだ。もう、自分のために動いていいと思うぞ」
受付では、十歳の頃から顔なじみの受付嬢が待っていた。
「ついに登録だね!」
差し出されたカードには、【冒険者ランク:E】と書いてある。
「ソロで受けられるのは、同じEランクの依頼まで。パーティを組めば、上の依頼も受けられるよ」 「分かりました」
ベルはカードを握った。
ずっと遠くから見ていた場所に、ようやく自分も挑戦できると思うと胸の奥が熱くなった。
◇
「……ベル?」
聞き覚えのある声に振り返る。
四人の少年少女が立っていた。
「レオン……ミリア、セシル、それにカイルも」
同じ孤児院で育った幼なじみたちだった。
十歳の鑑定の日を境に、四人は冒険者の養成所へ移り、それきり会う機会がなかった。
「久しぶりベル!背伸びたね!」
ミリアが真っ先に駆け寄って、ルナの前にしゃがみ込む。
「この子は?」
「ルナっていうんだ。昨日契約した。」
「ええっ!ベルが!?すごい!」
レオンは嬉しそうに笑い、セシルは静かにルナを観察していた。
「……強そうだ」
カイルがぽつりと言った。それだけだったが、ベルは妙に嬉しかった。
「ベル。急だけどさ、俺たちと組まないか?」
レオンが言った。
「私たちも歓迎するよ」
「昔みたいに、みんなでいれば楽しいよ!」
ベルはすぐには答えなかった。
嬉しい。本当に嬉しい。だけど――。
「ごめん。しばらくは、ルナと二人でやってみたいんだ」
ミリアが驚いた顔をする。
「俺、今までずっと誰かの後ろにいたから。今度は自分でやってみたいんだ」
少しの沈黙。 レオンが頷いた。
「分かった。何かあればいつでも言えよ?」
「……無理するな」
カイルはそれだけ言った。
「ありがとう」
四人に手を振って、ベルは依頼掲示板へ向かった。
◇
選んだのは、森での薬草採取。Eランクの依頼だ。
受付嬢が書類に判を押しながら、ふと声を落とした。
「最近、森の浅いところでも大きなゴブリンの目撃があってね。念のため、深入りはしないで」
「大きなゴブリン?」
「ホブゴブリン、って報告もあるの」
ベルは眉をひそめた。
ホブゴブリンは、本来もっと森の奥にいる魔物だ。
「……ありがとうございます。気をつけます」
町を出て森の入口に立つ。
ルナが隣で耳を立てた。
木々の奥で鳥が一斉に飛び立った。




