第25話 幻獣種フェルノクス
階段を降りる途中、ミリアがノアの首元をのぞき込んだ。
「それ、ずっと持ってるね」
首に下がった細い紐の先で、金色の欠片が揺れる。
「キィ…」
ノアは、欠片をぎゅっと握ってベルの背中に顔を埋めた。
「大事なものみたいで、ずっと離さないから首から下げてあげてるんだけど…金色の戦士に関係のある物みたいなんだ」
ベルはノアを見つめながら頭を撫でた。
「そうなんだ…」
ノアの表情を見て、誰もそれ以上は聞けなかった。
◇
12階層は、広い一本道の先に開けた空間があった。
奥に大きな影が丸まって眠っている。
「…キメラだな」
レオンが小さく息を吐いた。
「獅子の頭、尻尾は蛇…厄介だな」
「あー、蛇に噛まれたら石化しちゃうんだよね」
セシルが言った。
「でもCランクの魔物だし、私たちなら余裕だね!それに、石になってもレオンがお姫様抱っこしてくれるんでしょ?」
ミリアがにやりとした。
「ただでさえ重い…」
レオンの言葉をミリアが遮る。
「それ以上言ったら、アンタのこと石にして迷宮の何処かに飾り付けてやるからね」
セシルもジト目でレオンを見た。
「すみませんでした…」
ベルは苦笑しながらキメラを見ていた。
◇
戦いはほとんど一方的だった。
キメラが目を覚まして咆哮した瞬間、カイルの矢が、獅子の目を射抜いた。
尻尾が暴れる。レオンが盾で受け流す。
その隙にミリアが双剣で脇腹を裂いた。
「重っ…! この蛇、力強いな!」
「レオン、踏ん張って!」
セシルの魔法が追い打ちをかける。
ベルは、ノアと一緒に後ろ足へ回った。
「ノア!」
「キィ!」
影が伸び、黒い縄になる。
キメラの足に絡みついた。
キメラは一瞬だけ動きを止めて、すぐに縄を引きちぎった。
「あっ、ベルより早い!」
ミリアがニヤリとする。
「…なんだよ、それ」
キメラが片膝をついた。 1分も経っていない。
「ベル、ほとんど出番なかったね」
「いや、助かるけどさ…」
ベルが言い返す。そのときだった…
倒れているキメラから、黒いモヤが立ち上がる。
「…何だ、あれ」
レオンが目を凝らす。
「さっきまで余裕って言ってたの、誰だっけ?」
セシルがミリアを横目に低い声で言った。
「…来るぞ」
カイルが、弓を構え直した。
黒いモヤは、キメラの全身を包み込み、キメラの身体がびくりと震える。
目が赤く染まり、傷がみるみる塞がっていく。
身体がひと回り膨れ上がった。
「グオオオオッ!」
咆哮の圧に広間が震えた。
「うそ、さっきより強そうじゃない…?」
蛇の尻尾が鞭のようにしなって、レオンの盾に噛みついた。 盾が一瞬で灰色になり、ひびが走った。
「重っ…!盾も石になるのかよ!」
「レオン大丈夫!?」
ミリアが飛び込んだ。
蛇の牙がその左足をかすめた。
「くっ…!」
ミリアの足が膝まで石になった。
「うそ、動かない!動かないんだけど!!」
「…落ち着け」
カイルが矢を放ちながらミリアの横に来る。
「落ち着けるわけないでしょ!」
ベルはミリアの前に飛び出した。
キメラの視線がまっすぐベルを向く。
(…このままじゃ、誰か死ぬかもしれない)
「ルナ、フィン、ノア。行くぞ!」
3匹がベルを見上げた。
ルナの尻尾が一度だけ揺れる。
「ユニオンリンク。ルナ、フィン、ノア」
3匹は光に包まれ、すぐに混ざり合っていく。
光が弾けるように消え、現れたのは、二本足で立つ銀色の狼だった。
額には紫の角。
背には青と黒の羽。
毛並みの上を、電気と黒いオーラが交互に走っている。
ベルの目の前に、いつもの画面が現れる。
【最大数の融合を確認】
【種族と名称を設定】
【種族の設定に失敗しました…再構築します…】
【種族の設定完了】
【種族:幻獣種】
【名称:フェルノクス】
ベルは画面を見て、少し困惑したが、すぐにキメラに目を移しながら、目の前に現れた、大きな狼に話しかける。
「フェルノクス!行けるか?」
「ガウッ!!」
フェルノクスはキメラを睨みつけながら、決して大きくはないが、力強く反応を返した。
「…でっかー」
ミリアが石になった足のまま見上げた。
「…見とれてる場合じゃない」
カイルが蛇を矢で牽制しながら言った。
「だって足が動かないんだから、見るしかないでしょ!」
蛇の尻尾が、フェルノクスへ振り下ろされる。
避けなかった。
羽を大きく羽ばたかせる。
風が広間を駆け抜けた。
黒いモヤがふわりと薄れる。
「…風でモヤが散った!」
ベルははっとした。
「みんな!モヤを払えば弱体化するぞ!」
「了解!」
セシルの風の魔法が重なる。
黒いモヤがさらに剥がれていく。
キメラの動きが目に見えて鈍った。
「…盾、石だろ?…殴れるぞ」
カイルが言った。
「コレで殴れと!?」
「…やれ」
「やるけどさ!」
レオンが、石になった盾を振りかぶって、獅子の顎を殴り上げた。
キメラがぐらりとよろめく。
フェルノクスが床を蹴った。
雷が蛇の頭を貫く。蛇がびくんと固まる。
「ベル、今だ!」
そう言ったレオンは、殴りかかった反動で、キメラの近くに倒れ込んでいた。
「リンカー発動!ウェポンチェンジ、ルナ、フィン、ノア!」
ベルの髪が銀色に染まっていく。
フェルノクスが光になった。
ベルの両手に銀の爪が宿る。
背には青く光る翼。
顔の下半分には黒い面頬。
首元でマフラーが揺れる。
そして額に紫の角が2本生えていた。
爪の先で電気と闇が弾けた。
ベルは床を蹴った。
翼が風を切りキメラの懐へ飛び込む。
爪がキメラを一閃。
電気がキメラの全身に走る。
動けなくなっているキメラの尻尾にもう一閃。
蛇の尻尾が根元から断たれた。
キメラの身体がゆっくりと傾いて地面に崩れ落ちる。
広間に静けさが戻った。
◇
「…足が」
ミリアが自分の足を見下ろした。
灰色だった足が、ゆっくりと血の気を取り戻していく。
「キメラを倒したから、石化も解けたんだな」
そう言ったレオンの顔は、とても安堵していた。
「動く! 動く! やったー!」
ミリアがその場で跳ね回っていた。
「ベル、ありがとう!」
「いや、お礼は…」
ベルはウェポンチェンジとリンカーを解除した。
髪が黒に戻る。
3匹が元の姿で、足元に戻ってくる。
「この子達に言ってあげて?」
「そっか!そーだよね!ノア、ルナ、フィン、本当にありがとー!」
ミリアが、ノアに抱きつこうと、飛び込んだが、すぐに走って逃げられて、顔面から地面に落ちた。
「いったー!もー!なんで逃げるのー!」
焦るノアを見て、皆で笑いあった。
◇
【MP 55 / 71】
(…これしか減らなかったのか)
そのとき、ノアがキメラの死体に近づいた。
「ノア?」
ノアは影に手をかざした。
影がぬるりと伸びてキメラの身体を包みこむ。
そして、キメラの巨体が音も立てず、影の中に沈んでいった。
「え!?なに?食べた!?」
ミリアがぽかんと口を開けた。
「消えたぞ…」
カイルが、ぼそりと言った。
ノアはベルを見上げて、おそるおそる翼を広げる。
「"収納"ってやつだよね?」
セシルが感心したように言った。
「ノア、影の中にしまえるのか?」
ベルは真剣な顔でノアを見つめる。
「…キィ」
ノアは力なく頷く。
「凄いよノア!」
「キィ?」
ベルは満面の笑みを向けてノアの手を握る。
「こんなこと出来る魔物、いや、人間だってこんなこと出来る人はそうそういないよ!」
ノアも嬉しそうなベルを見て、喜びで飛び跳ねる。
「キィッ!」
「魔石も素材も、全部持って帰れるね」
「ノア、最強じゃん!」
セシルに続きミリアも笑顔を向けた。
ミリアに頭を撫でられて、ノアの尻尾がぴんと立った。
◇
ベルは、倒したキメラに目を向ける。
黒いモヤはもう消えていた。
ルナが、低く唸った。
「…あのモヤ、一体なんなんだ…」
「…金色の奴が絡んでるのは間違いないだろ」
レオンが言った。
誰も、それ以上は何も言えなかった。




