第26話 深穴の迷宮
「…すみません、買取希望の素材ってどこに出せばいいんですか?」
ギルドの買取所で、ベルは困った顔をしていた。
職員が首をかしげる。
「持ち込みの素材は、そちらの台に…」
「すみません、魔物その物を持ってきてしまって…大きいので、床に出してもいいですか」
ベルは少し開けた床のスペースを指さす。
「え? 床に?っていうか、手ぶらですよね?」
ノアに目配せをすると、足元の影がぬるりと大きく広がっていった。
ドスン!
キメラの巨体が床に落ちた。
買取所が静まり返る。
「え、ど、どこから!?」
職員が、後ろに転びそうになった。
「魔物のスキルで、影の中に収納してます」
「影の中!?」
「うちのノアちゃんはすごいでしょ!」
ミリアが自分のことのように胸を張る。
そのとき、後ろから低い声がした。
「…おい、テイマー」
振り向くと、ガルドが腕を組んで立っていた。
床のキメラをじっと見下ろし、ベルを真っ直ぐ見て話し始める。
「これ、お前らが倒したのか」
「はい、みんなでなんとか」
「Cランクの魔物だぞ。お前まだDランクだろ」 「うちのベルは強いんだから!」
「ミリア、今はちょっと黙ってようか」
ミリアはセシルに止められ、少し小さくなる
ガルドはしばらく黙り、ふんと鼻を鳴らした。
「…傷が少ない。いい倒し方だな」
「え?」
「素材は傷が少ないほど高く売れる。知らないのか?」
「もちろん、知ってはいますけど…ガルドさんが褒めてくれるとは思いませんでしたので」
「な、何言ってんだ!別に褒めてねーよ!…」
ガルドは少し照れながら口の端を上げていた。
「そうですか?けど、ありがとうございます!」
ベルは満面の笑みで頭を下げる。
「お、おう…」
ぶっきらぼうにそれだけ言うと、ガルドは背を向けてその場を立ち去っていった。
◇
買取が終わるころ、リーナが慌てて駆けてきた。
「ベルさん!ギルドマスターがお呼びです」
部屋に入ると、ガレスは窓の外を見たまま言った。
「キメラが強化されたと聞いた」
「はい。黒いモヤが出て」
「…同じ報告が、他の迷宮からも上がっている」
ガレスは机の上に地図を広げた。
3つの迷宮に赤い印が打ってある。
「どの迷宮でも、黒いモヤが湧いてきて、急激に魔物が強くなるという報告が上がっている。ここ数日、潜ったまま戻らない冒険者も増えてきた」
「戻らない…」
「特にここ、"深穴の迷宮"は、入口まで黒いモヤが出てきているとの報告も受けた」
ベルは、少し考えてから口を開いた。
「あれは瘴気ですよね?」
ガレスの目が鋭くなった。
「恐らくそうだろうな…対策を知っている者にしか対応は出来ないだろう。知っていたとして、対処しながら魔物と戦うのは至難の業だ」
「俺達もギリギリだったしな…ベルがいなければ今頃…」
レオンが地図を見下ろしながら呟く
全員が頷く。
ガレスはしばらく黙っていた。
それからゆっくりと息を吐き地図の一点を指で叩いた。
「お前が探している最後の石像は、入り口まで瘴気が迫って来ている、深穴の迷宮の最深部にある」
「因みに…最深部って何階層ぐらいですか?」
ミリアが恐る恐る聞いてみる。
「…40階層だ…ラグナの迷宮で1番深い場所だ…」
ガレスはまっすぐベルを見た。
「ただでさえ深穴の迷宮は、ほかの迷宮よりも難易度が高い。最深部なんてのはDランクのお前が行くような場所じゃないんだ…Cランクの冒険者も30階層で引き返す場所だ。更に今回は瘴気で魔物が凶暴化してるときてる」
ガレスは鋭い目つきで5人の顔を真っ直ぐみる。
「行くのならくれぐれも用心しろ、誰かを庇って死ぬんじゃなく、そうなる前に撤退するのが冒険者の使命だからな…」
◇
翌日は買い出しに行った。
「まずはここだ!」
レオンが武具屋の前で拳を握った。
「新しい盾は、前よりでかくて硬いやつにする!」
「重くて、持てないんじゃない?」
「余裕だっての!」
「…無理だな」
カイルのぼそりと放った予想は当たった。
レオンは新しい盾を持ち上げて、ぷるぷると震えていた。
「…お、重い」
「だから言ったでしょ」
「けど、これで皆を守れる…!」
「レオン…」
「へっ、俺が皆を…」
「何でも良いから早く決めて?」
「…」
澄ました顔のレオンに対し、セシルが涼しい顔で言い放った。
結局、ひと回り小さい盾に落ち着いた。
◇
「次は、お菓子!」
「ミリア、それ必要なのか?」
「大事な補給でしょ!」
ミリアは、両手いっぱいにお菓子を抱えて戻ってきた。
「こんなに…どうやって持っていくんだよ!」
「それはもちろん!ノアちゃん!」
ミリアはノアに向けて腕を広げる。
「ノア、入れてやってくれ…」
ベルは片手で頭を抱えた。
ノアはきょとんとして、それから影を広げた。
荷物が次々と影の中へ沈んでいく。
水、食料、薬、予備の武器。5人分のすべて。
最後のお菓子の山の前で、ノアがぴたりと止まった。
「…キィ」
影がふるふると震えている。
「あれ? 入らない?」
「満タン…みたいだな」
ベルはしゃがんで影を見る。
「そんなぁ…」
ミリアは残念そうにお菓子を1つ食べる。
ノアが少し申し訳なさそうに、翼をばさっと動かした。
◇
翌朝。
深穴の迷宮は、ラグナの北の外れにあった。
入り口の扉は閉じていたが、瘴気が少し漏れだしていた。
入口付近には数組の冒険者が立ち尽くしていた。
「…無理だ。なんだよこの黒いの…」
「この中に入ると正気を失うんだろ?」
引き返していく背中を見送って、ミリアがごくりと唾を飲んだ。
レオンはミリアの頭をぽんと叩いた。
ベルは、胸元の鈴を握った。
鈴がかすかに熱を持っていた。
ルナが、扉をじっと見つめて低く唸った。
「…行こう」
ベルは、3匹の頭を順番に撫でた。




