第23話 ノア覚醒
謎の男との戦闘から3日目の朝、ベルはようやく自分の足で宿屋の階段を降りられた。
「やっと起きてこられたか」
レオンは同情したような目をベルに向けた。
「もう少し休んだら?」
ミリアも続ける。
ベルは悔しそうに首を横に振る。
「あいつに手も足も出なかった…それに、最後のあいつの言葉…」
「何でベルの名前を知っていたか...だろ?」
カイルは壁にもたれ、腕を組みながらベルを見つめた。
ベルは頷き、手を握りしめる。
「分からない…けど、とにかく強くならなきゃいけないってことだけは確かなんだ」
「どうするの?」
セシルが不安そうにベルを見た。
「課題は分かってる。リンカーやウェポンチェンジの持続時間を伸ばす」
ベルはルナとフィンとノアを見つめた。
◇
5人と3匹はその日のうちに、光苔の迷宮を潜った。 ルナは足元、フィンは頭上、ノアはマントのフードの中から顔だけ出している。
9階層の石像の部屋は素通りして、 さらに下へ降り、11階層まで来た。
「それで、何をするんだ?」
レオンが予備の盾を構え直した。
「まずは、ここで魔物を倒しながらスキルの訓練をして、少しずつでも持続時間を伸ばす」
◇
すぐに魔物の群れが現れた。
「…行くぞ…リンカー発動」
深く息を吐いて、髪を銀に染める。
「ウェポンチェンジ、ルナ、フィン、ノア」
足元と頭上とフードの気配がすっと消えた。
銀の爪が両手に、青い翼が背に、黒い面頬が顔の下半分に。マフラーをなびかせながら、視界の端のMPを見る。
【MP 63 / 63】
出てきたのは、擬態能力がある大トカゲ、10体以上の群れだった。 爪を振る。翼で距離を詰める。マフラーが、湿った空気を巻き込んで揺れた。倒すのに、1分もかからなかった。
しかしMPは、もう3割も減っていた。
「速っ!いや、まぁ速いんだけどさ」
セシルが杖を下ろして、ベルの顔をのぞいた。
「顔色悪いよ?大丈夫?」
「…まだ、いける」
強がって見せたが、肩で呼吸をしていた。
武器を3つ出しっぱなしにしていると、爪を振らない間も、翼を畳んでいる間も、MPは同じ速さで消耗される。本当に必要なのは、振る瞬間の爪と飛ぶ間の翼だけだ。
ベルは、一旦ウェポンチェンジを解いた。
足元にルナ、頭上にフィン、フードにノアが、順に戻ってくる。
◇
数時間たった頃…
「ルナ」
右手にだけ爪が現れる。 一体魔物を倒したら消して、踏み込んだ先でもう一度呼ぶ。
爪が出る頃には、魔物の牙が目の前にあった。
「ぐっ!」
カイルの矢が、魔物を弾いた。
「…呼んでる間に噛まれるぞ」
「分かってる!」
◇
それから7日、毎朝同じ11階層に通い、夜まで訓練した。
爪が出る。振る。解除する。ルナは、爪が消えるたびに、足元に戻ってきて小さく尻尾を振った。
翼が背に開く。一度羽ばたく。解除する。
面頬は、霧のかかった通路を抜ける間だけ。
タイミングがずれ、何度も盛大に転んだ。
その度に、ミリアは腹を抱えて笑っていた。
ベルは、毎回泥だらけの顔で怒鳴り返した。
8日目の昼、パンをかじっていると、
カイルがぼそりと言った。
「…さっきより、動きが軽い」
「いや、まだ転ぶからダメだ!」
「回数は減った…」
「…」
9日目には、ミリアが双剣を抜いた。
「今日は私と訓練してみよっか!」
右の剣を爪で弾く。弾いた瞬間に解除し、左の剣を身体をひねってかわす。
背に翼を開いて半歩下がり解除。そしてまた爪。
「うわ、出たり消えたりして気持ち悪い!」
「褒めるなって」
「褒めてるわけないでしょ!」
「…」
結局、10秒ももたずに首元に双剣を突きつけられた。
これだけ訓練しても3匹のウェポンチェンジは辛い。群れが続けば、すぐに顔色は悪くなった。
訓練の間も、ノアは魔物の背後に回っては、尻尾を引っ張って逃げていた。何10 回も、毎日。
倒した魔物の経験値は、契約している全員に入るが、レベルが低いほど、経験値は入りやすいようで、一番後から加わったノアも、あっという間に、ベルたちに追いついてきた。
9日目の夜、宿の部屋でステータスを開く
【ノア Lv 11】
「ノアも追い付いてきたな」
窓の外を見ながら、ベルはぼそりと呟いた。
「3匹を、1匹分のMPで済ませられたらな…」
◇
10日目の昼、ノアのレベルが12に上がった。
ベルは視界の端の数字を見て小さく頷いた。
夕方、ノアがフードの中から出てこなくなった。
呼んでも、返事の代わりに、服を握る小さな手に、力がこもるだけだった
足を止めてフードの中をのぞく。
ノアは身体を丸めて、小さく震えていた。
触れた指先が、じんわり熱い。
「具合、悪いのか?」
「キィ…」
違う、というように首を振る。
額の小さな角が、ほんのり紫に光っていた。
光苔が上階より少ない、湿った暗がり。
魔素の濃い11階層。
「…まさか!」
ベルは、ノアを両手で抱き上げた。
ノアが、ぎゅっと目を閉じた。
【進化を確認】
【リンカーによる補正を確認】
【進化先に補正を加えます】
ミリアが一歩前に出た
レオンが、その肩をつかんで止める。
「待て。…進化だ」
「進化?」
「フィンのときと似ている」
ノアの身体から、光が溢れた。
ベルの手から離れ、宙に浮き、
夜明け前の空のような、深い紫の光を放っていた。
光に弱いはずのノアが、その光のなかでは、苦しそうな顔をしていなかった。
光がゆっくりと収まっていく。
【進化の完了を確認】
さっきまでは肩に乗っていても、大きさも重さも子犬ぐらいしかなかったが、今は身長も優に1mを超え、重さと見た目も、人間の10歳ぐらいまで成長していた。
「…ノア?」
ノアが、ゆっくりと目を開けた。
紫の瞳。黒と紫の毛並みが、薄暗い迷宮の中で、かすかに光っている。額の角は前より少し伸び、背には、大きな翼が畳まれていた。
「…でかくなったな」
レオンが、思わず呟く。
「羽、すごい! ちょっと触っていい?」
ミリアが手を伸ばしたが、ノアはベルの後ろに隠れた。
「…かっこいい」
カイルが、ぼそりと言った。
ノアは、自分の手足を不思議そうに見て、首を傾げている。
ベルが何か言おうとした、そのとき。
目の前に、画面が現れた。
【進化した仲間が、二体になりました】
【ウェポンチェンジの派生スキルを使えるようになりました】
「こ、これは!?」




