第21話 小さき覚悟
翌日、ベルはギルドで4人と合流した。
「2つ目の迷宮は、光苔の迷宮にしよう。9階層に、古い石像の遺跡があるって聞いたことがあるんだ」
セシルが言った。
「黒塔の石像と、同じものかもしれない」
「うん。行こう。その前に、紹介したい仲間がいる。昨日契約したノアだ」
ベルは、肩の上のノアを見た。
小さな影がベルの首の後ろからそっと顔を出した。
「…悪魔族か」
レオンの目が一瞬だけ鋭くなった。
「…俺が責任を持つ。ノアは俺の仲間だから」
ベルはまっすぐに言った。
レオンは、しばらくノアを見ていた。
やがて肩の力を抜いた。
「ベルが言うなら、信じるよ」
「わあ、小さい!ノア、よろしくね!」
ミリアが手を振ると、ノアは、ぴゃっとベルの後ろに隠れた。
セシルが微笑み、カイルは黙って頷いた。
◇
光苔の迷宮は、相変わらず青緑色の光に満ちていた。
けれど、ノアは光に目を細めて、ベルの肩で縮こまっていた。
「眩しいか?」
「キィ……」
ベルは、自分のマントの端を、ノアにかぶせた。 小さな声が少しだけ安堵した。
5階層で、ノアは初めて自分から動いた。
ベルの影のなかからふっと姿を消す。
次の瞬間、数歩先の影からひょこっと顔を出した。
「それ、影渡りか!」
「キィ!」
影から影へ渡り歩く力だ。
ノアが先に通路を確かめて、戻ってきて、小さく鳴いて知らせる。
罠の位置、魔物の気配。
偵察はあっという間にノアの役目になった。
「すごい。助かるよ」
ベルが言うと、ノアは少し誇らしげに尻尾を揺らした。
7階層では、ケイブバットの群れが襲いかかってきた。
「上から来る!」
天井の影から、黒い群れが降ってくる。
ミリアが双剣で払い、セシルの風の魔法が群れを散らす。…けれど数が多い。
そのとき、ノアが影に潜った。
次の瞬間、群れの背後の影から飛び出した。
小さな手で、黒い翼をぎゅっとつかむ。
「キィッ!」
群れが混乱した。
一匹が向きを変えると、後ろの仲間とぶつかり、連鎖して落ちていく。
「今だ!」
レオンの盾がまとめて弾き飛ばした。
戦いが終わると、ノアは目を丸くして自分の手を見ていた。
「…ノア、すごいじゃん!」
ミリアが叫び、ノアは、顔を真っ赤にして、ベルの後ろに隠れた。
カイルが、ぼそりと言った。
「…いい動きだ」
ノアの尻尾が、ぴんと跳ねた。
◇
8階層の終わり。
通路の先が、黒い霧で塞がれていた。
「これ…黒塔と同じ…」
セシルが顔色を変えた。
「瘴気溜まりだ。これじゃ先に進めない」
床から黒い霧が湧き上がっている。
フィンが風で払うと、一瞬だけ道が開く。
しかし、すぐに霧が戻ってきた。
「発生源がある。どこかに核があるはずだ」
ベルは霧の奥を見つめた。
黒塔のダークウルフの主は、額に核を宿していた。 ここでも何処かに核があるはずだ。
「ここで引き返そう」
レオンが言った。
「瘴気は俺たちには危険すぎる。理性を失ったら、仲間同士で斬り合うんだろ?」
「でも、石像が…」
「命が先だろ?」
ベルは唇を噛んだ。
そのとき、ノアが肩から降りて、ひょこひょこと霧のなかへ歩いていった。
「ノア!」
ノアは、霧のなかで、平気な顔で跳ねていた。
そして、くるりと振り向いてベルに手を振る。
「…平気、なんだね」
4人が息を呑んだ。
「瘴気の影響を受けないのか」
レオンが呟いた。
「ノアなら核まで行ける。けど、一人では行かせない」
ベルは拳を握った。
「俺が、一緒に行く」
ノアが近付いてきて、不安そうにベルを見つめた。
ベルはしゃがんでその目をまっすぐ見た。
「大丈夫。ノアは一人じゃない。俺たちが一緒に行く」
ノアの小さな手が、力強くベルの指を握った。
◇
「リンカー発動!」
髪が銀色に染まる。
「ウェポンチェンジ、ルナ!」
両手に銀色の爪が現れた。
「ウェポンチェンジ、フィン!」
背中に青い翼が広がる。
ここまでは何度もやってきた。
そして、今日はもう1つ。
「ウェポンチェンジ、ノア!」
黒い影が、ベルの顔の下半分を包んだ。
口元から顎まで、黒い面頬が、音もなく形づくられる。首元からは、影のマフラーが長く伸びて、風もないのに、ゆらりと揺れた。
「これが…3体同時か…」
4人が息を呑んだ。
両手の爪、背中の翼、顔の面頬。
3つの力が、ベルの身体で重なっている。
【MP 63 / 63】
視界の端で、数字がすさまじい速さで減り始めた。
(……1分。それ以上はもたない)
顔に張りついた面頬から、小さな震えが伝わってきた。
光が苦しいのだ。
面頬に、細かなひびが入っている。
「セシル、光の魔法は絶対に使わないでくれ。ノアが弱る」
「分かった!」
「フィン、翼の雷光も封印する。風だけで行くぞ」
翼が、ばさりと羽ばたいた。
ベルの身体が霧の上へ浮かび上がる。
「行くぞ!」
◇
霧の中は静かだった。
面頬が、瘴気を遮っている。
息ができる。視界もはっきりしている。
(核は、どこだ?)
霧の中心に黒い結晶が見えた。
地面に突き刺さっている。
そして、その前に2つの巨大な影が立ちふさがっていた。
「ストーンリザードか…!」
灰色の体に、黒い霧が絡みついている。
目が赤く濁っていた。
(瘴気に、侵されてる)
ストーンリザードの弱点は強い光だ。
けれど、ノアのために今回は使えない。
翼が羽ばたく。
地面の砂が舞い上がり、ストーンリザードの顔を覆った。
「グオー!」
2体が目を閉じる。
その隙に、ベルは1体目の足元へ滑り込んだ。
銀色の爪が、関節を断った。
1体目が、がくりと崩れる。
2体目が口を開く。
灰色の息が吹き出した。
(石化の息か!)
ベルは上空へ逃れた。
けれど、息は天井近くまで追ってくる。
「くっ……!」
背中の翼がかすかに石のように重くなった。
【MP 21 / 63】
(あと、10数秒)
「ノア、あと少し頑張ってくれ!」
答えるように、面頬がぎゅっと顔に食い込んだ。
ベルは、息の流れを読んだ。
ストーンリザードは、息を吐く直前に喉が膨らむ。吐き終わった直後、わずかな間無防備になる。
(今だ!)
翼を畳んで、急降下した。
マフラーが盾のように前へ広がり、石化の息を押し返す。
「はあっ!」
銀色の爪が、2体目の首筋を貫いた。
2体とも倒れた。
そのままの勢いで、黒い結晶へ飛び込んだ。
両手の爪を揃えて振り下ろす。
パキン。
結晶が砕けた。
黒い霧が一気に晴れていく。
【MP 0 / 63】
同時に、面頬も、マフラーも、翼も、爪も、光となって消える。 ベルは床に膝をついた。
腕の中にはぐったりとしたノアがいた。
「ノア!」
「…キィ」
ノアはうっすらと目を開けた。
「頑張ったな。ありがとう」
ベルは、ノアを抱きしめた。
「ノア、お前、すごいよ」
ノアは、目を丸くして、それから、顔を真っ赤にして、ベルの胸に顔を埋めた。
4人が駆け寄ってきた。
レオンはノアの前でしゃがんで小さく頭を下げた。
「さっきはすまなかった。…ノア、ありがとう」
ノアは、きょとんとして、それから小さく頷いた。
ミリアが目元を拭った。
「…ほんとにすごいよ!」
セシルがその横で微笑み。
カイルが、ぼそりと言った。
「…頼りになる」
ノアの尻尾がぴんと立った。
◇
霧の先に小さな部屋があった。
9階層の石像の遺跡だった。
けれど、ベルは足を止めた。
部屋の中央にあるはずの石像が…
真っ二つに割れている。
断面が、鏡のように滑らかだった。
まるで最初から二つに分かれていたかのように。
「…何があったんだ」
セシルが屈み込んだ。
「切られた跡…ただの刃じゃないよ。魔法でもなさそうだけど…」
床には、金色の毛が一房落ちていた。
ノアがぴくりと震えた。
胸元の金色の欠片をぎゅっと握りしめる。
「ノア?」
ノアが、ベルの腕にしがみついた。
小さな身体ががたがたと震えていた。
そのとき。
部屋の奥の闇から、低い咆哮が響いた。
獅子のような、重く、長い声だった。
石の壁がびりびりと震えた。
ルナが部屋の奥をじっと睨んでいる。
ベルの胸元の鈴が、またチリンと鳴った。




