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Linker-紡ぐ者- ハズレ職テイマーからの成り上がり  作者: 黒銀ネルル


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20/26

第20話 ノア

翌朝のラグナは、いつもより人通りが多かった。 黒塔の異変が収まったという噂が広まって、冒険者たちが次々と迷宮へ向かっている。


ベルは、ルナとフィンを連れて市場を歩いていた。 2つ目の迷宮に挑む前に、薬と灯りを補充しておくためだ。


「ピィッ」


フィンがふいに路地の奥へ飛んだ。


「どうした?」

ルナも耳を立てている。

路地の奥から、乱暴な足音と、か細い鳴き声が聞こえた。


「キィ…キィ…」


「行こう!」

路地を曲がると、行き止まりの壁際に小さな黒い影がうずくまっていた。


子供ほどの背丈。

頭には小さな二本の角。

背中には、飛べそうもない黒い羽。

細い尻尾、首には途中で千切れた鎖が垂れていた。


「インプ…?」


小悪魔の魔物だ。

人に危害は加えないが、悪魔族の下位種として嫌われている。


その前に黒いフードの男が二人立っていた。


「手間かけさせやがって!」


片方がインプを蹴りつけた。

「キィッ!」


「やめろ!」

ベルは路地に飛び込んだ。


男たちが振り向く。

フードの隙間から短い角の根元が見えた。

左腕には見たことのない黒い刻印がある。


「何だ、お前」

「その子から離れろ!」

「その子?あれは、捨てられた駒だ。使い物にならなかった出来損ないの処分は、俺たちの仕事でな」


小さな影がびくりと震えた。


ベルは、その横顔を見た。

大きな黒い瞳に、涙がたまっている。

怯えているのに、逃げようとはしなかった。

壁際で、ただ小さく丸くなって耐えていた。


(…俺と、同じだ)

10歳の日の笑い声がよみがえった。


「もう一度いう、その子から離れろ」


男の手に短い黒い刃が現れた。

「なら、一緒に片づけるまでだ」


ベルは短剣で刃を受け、ルナが脇から爪で弾く。

けれど、狭い路地では思うように動けない。


(あの角…悪魔族だ。図鑑に、悪魔族は光に弱いと書いてあったはず…)


ベルは、インプの目を手のひらで覆った。


「ごめん、少しだけ我慢して!フィン、閃光!」 「ピィッ!」


フィンの翼から、青白い雷光が弾けた。


「ぐあっ! 目が……!」

男たちが顔を押さえて後ずさる。

ルナが吠えて、爪で壁を引き裂いた。

崩れた石が足元に降り注ぐ。


「くそっ!…覚えてろ。報告してやるからな!」

2人は、よろめきながら路地の闇へ消えていった。


    ◇


静けさが戻った。


ベルは、そっと手を下ろした。

インプは壁際で身を縮めたまま、がたがたと震えている。


ベルは、その場にしゃがんで両手を上げた。


「何もしないよ」

あの日、ルナにしたのと同じだった。


蹴られた脇腹が、赤く腫れていた。

薬草を当てると、インプは、ぎゅっと目をつぶって耐えていた。


路地の入口に人だかりができていることに気づいた。


「悪魔族じゃないか?」

「ラグナに入れるな!追い出せ!」


冷たい視線と言葉が突き刺さる。


ベルは、振り向いた。

「…怪我をしているんです」


静かに、けれどはっきりと言った。

「悪魔族でも、魔物でも関係ありません。怪我をしてたら助ける。それだけです


    ◇


ベルは、小さなインプを抱えて星降り亭に戻った。


「おかえり!…おや?」


女将は、ベルの腕の中を覗いて、一瞬だけ目を丸くした。


「悪魔族の子だね」

「はい。行くところが、なくて。…だめですか?」


女将は少し黙ってから、エプロンの端で手を拭いた。


「うちは客を選ばないよ!怪我してるんだろう?早く中に入れておやり」


階段の上から、セリアが顔を出した。

「わあ、角がある!かわいい!」


駆け寄ろうとした瞬間、小さな影が、ぎゅっとベルの服をつかんだ。

ルナがセリアとの間に静かに身体を入れた。


セリアはぴたりと足を止めた。


「ごめんね。こわがらせて」

小さな声でそう言って、一歩下がる。

女将が1階にある奥の空き部屋へ、ベルたちを案内してくれた。


部屋の机に、湯気の立つスープとパンが運ばれてくる。セリアがそっと置いてすぐに出ていった。


インプはそれを前にしても固まっていた。

ルナが自分の皿のパンを鼻先でそっと押した。


おそるおそる、小さな手が伸びる。

一口。 黒い瞳が、まんまるに見開かれた。


「キィ…!?」


そこからは、夢中だった。

ぽろぽろと涙をこぼしながら、スープを飲み干していく。


ベルは何も言わずにパンをもう1つ差し出した。


    ◇


その夜。


ベルは窓辺でインプの千切れた鎖に触れた。

「これ、外してもいいか」


こくりと頷く。

鎖を外すと、首の内側に黒い刻印が焼きつけられていた。


鎖の先には、金色に光る小さな欠片が引っかかっていた。

何かの一部が欠けたもののようだった。

小さな手が、それをぎゅっと握りしめる。


「お前、呼び名はあるのか?」

首を横に振る。

悲しそうに俯いたのを見て、ベルは悟った。

呼ばれたことがあるとすれば、「出来損ない」という言葉だけなのだろう。


「なら、俺がつけてもいいか?」

小さな影が、顔を上げた。


ベルは、孤児院で何度も読んだ古い絵本を思い出した。

洪水の日、行き場のない動物たちを、一隻の船にすべて乗せた船乗りの話だ。

その船乗りの名前は…


「…ノア、っていうのはどうだ?」


「行き場がなかった子たちを、全員乗せた船乗りの名前なんだ。お前の居場所は俺が作る。そういう意味を込めて…」


「ノア。どうだ?」


小さな耳がぴくりと動く。

そして、おそるおそる小さな手が伸びた。

ベルの指先に、ちょん、と触れる。


胸の奥が熱くなった。 鈴がまたチリンと鳴った。


【契約を確認】

【リンカーが反応しました】

【リンク対象が3体になりました】

【ウェポンチェンジ:3体同時に使用できます】


「…仲間になってくれたのか」

ノアから手を伸ばしてくれた。

今回も力で従わせたわけじゃない。


ステータスが浮かぶ。

【ノア】種族:インプ Lv1

【特性】瘴気無効 

【弱点】強い光

【スキル】影渡り 

【ウェポンチェンジ:影の面頬】


「瘴気、無効…」


ベルは息を呑んだ。

黒塔の霧のなかでも、この子だけは平気でいられる。


「ノア。これからよろしくな!」

「キィ!」


小さな声が、初めて嬉しそうに弾んだ。


    ◇


ノアが眠ったあと、ベルは自分の鈴と、ノアの金色の欠片を並べて見ていた。


欠片の曲線は、ベルの鈴の縁とよく似ていた。


(…鈴の一部なのか?)


そのとき、ベルの鈴がチリンと小さく鳴った。


すると、欠片が一瞬だけ金色に輝いて、壁に影が映った。

大きな獣の影だった。

たてがみのある、金色の獅子のような。


影はすぐに消えた。


ベルはしばらく動けなかった。

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