第18話 繋ぐ者
5階層は巨大な空洞だった。
天井は見えず、闇が果てしなく広がっている。
空中に黒い霧のようなものが漂っていた。
「……これ、何だ」
「瘴気だ」
「しょうき?聞いたことないぞ」
ベルは、口元を覆った。
「古い魔物図鑑に、数行だけ載ってた。生き物の理性を奪う霧。吸い続けると、仲間同士で争い合うことになる。光と風に弱いはずだ」
「フィン、頼む!」
フィンが羽ばたくと、風が霧を押し流した。
その向こうに、赤い光が無数に灯っていた。
「ダークウルフ……!」
黒い毛の狼が、数十頭。
全員の目が赤く濁っている。
「囲まれてる!」
ミリアが叫んだ。
「レオン、前を頼む!セシル、光を絶やすな!」
ベルは指示を飛ばしながら、自分でも驚いていた。 声が自然に出ていた。
ダークウルフが、一斉に飛びかかってきた。
レオンの盾が、牙を受け止める。
ミリアが双剣で斬り抜け、カイルの矢が足を止める。
「リンカー発動!」
ベルの髪が銀色に染まった。
「ウェポンチェンジ、ルナ!」
爪を構えた、その瞬間。
ルナが爪の中からひときわ強く脈打った。
(…ルナ?)
光が勝手に弾けた。
ルナが元の姿に戻っていた。
ベルの前に立ち、群れに向かって胸を張る。
「グオオオオオオッ!」
それは、これまで聞いたことのない咆哮だった。
空洞全体が震えた。
ダークウルフたちの動きが、ぴたりと止まった。
赤く濁った目が揺れる。
黒い霧がわずかに薄れた。
チリン。
(!?)
ベルの胸元で音がした。
首に下げた鈴が鳴っていた。
初めて聞いた音だった。
群れの奥からひときわ大きな影が立ち上がった。
「あれが群れの主か」
ベルは目を凝らした。
通常のダークウルフの倍はある巨体。
全身に黒い霧を纏い、額には黒い結晶が埋まっていた。
「あの結晶が瘴気の核かもしれない!あれを壊せば霧が晴れるはずだ!」
「けど、霧が濃すぎて近づけないぞ!」
レオンが歯を食いしばる。
(瘴気は、光と風に弱い。フィンの閃光と、セシルの光の魔法。それを重ねれば…)
声を張った。
「フィン、全力で光を放って霧を払え!セシル、同時に光魔法で核を照らしてくれ!レオンとミリアは足止めを!カイル、核を狙えるか?」
「…やれる」
「俺が…とどめを刺す!」
全員が、頷いた。
「ピィッ!」
フィンが羽ばたくと雷光が走り、風が霧を引き裂いた。
「ブライトレイ!」
セシルの光が核を貫く。
黒い結晶がむき出しになった。
主が咆哮して突進してきた。
レオンが盾で受け止め、ミリアが脇を斬る。
「今だ!」
カイルの矢が結晶をかすめた。 ひびが走る。
「ウェポンチェンジ、ルナ!」
ルナが光となって腕に宿る。
「アクセルリンク!」
速度が跳ね上がった。
ベルは主の懐に滑り込んだ。
「リンクエッジ!」
爪が結晶を貫いた。
パキン、と音がして、結晶が砕け散った。
霧が風に溶けるように消えていく。
主の巨体が、ゆっくりと膝を折り、静かに横たわった。
ダークウルフの群れは、我に返ったように、1頭、また1頭と、闇の中へ散っていった。
◇
「…終わった…のか?」
ミリアが、その場に座り込んだ。
「ベル、すごかった。指示も、全部」
「みんなが、しっかり動いてくれたからだよ」
ベルは肩で息をしていた。
そのとき、カイルが空洞の奥を指さした。
「…階段」
闇の奥に下へ続く階段があった。
「6階層か…」
レオンが言った。
「黒塔は、30階層以上あるんだ。6階層なんてまだ入口だよ。…ただ、6階層には、ちょっと有名な部屋がある」
「有名な?」
「石像がある遺跡だよ。ギルドの記録だと、何をしても反応しない、ただの石像だって」
ベルはルナを見た。
ルナは階段の奥をまっすぐ見つめていた。
「…行ってみよう!」
◇
6階層の端に小さな部屋があった。
中央に石の祠が立っていた。
その中に一体の石像。
大きな狼とその傍らに寄り添う、小さな人影。
「…ルナに、そっくり」
ミリアが呟いた。
確かに狼の毛並みは、ルナと同じ形をしていた。 石像の首には小さな窪みがあった。
鈴の形をした窪みだった。
胸元で、鈴が熱を帯びていた。




