第16話 黒塔の迷宮
朝のギルドは掲示板の前で人だかりができていた。
【黒塔の迷宮 異変調査】
推奨ランク:C
第四階層で魔物の様子がおかしい。
原因を調べ報告せよ。
「黒塔……」
ベルは、昨夜の窓の外を思い出した。
街の外れにそびえる、一番大きな迷宮。
ルナがじっと見つめていた方向だ。
「異変が出始めたのは、10日ほど前からです」
受付のリーナが言った。
「黒塔は、30階層以上あると言われています。第4階層は、まだ浅いほうなんですが…」
俺たちが受けようと思ってる」
レオンが依頼書を指で叩いた。
「ベルも来ないか?」
「でも俺はDランクだ」
「パーティなら上のランクの依頼を受けられます」
リーナがにこりと笑った。
「臨時でも、四人と組めば条件を満たします。ただ、ギルドマスターの許可が要ります」
◇
ギルドマスターの部屋は、書類で埋まっていた。 窓際に立っていたのは、片目に古い傷のある、初老の男だった。
「ガレスだ。お前がベルか」
「はい」
「ガルドを助けてくれたテイマーだと聞いている」
ガレスは、ベルの登録書類に目を落とし、動きが止まった。
「……ベル・アストリア」
低い声だった。
「出身は?」
「孤児院で育ちました。生まれた村のことは、よく覚えていません」
「…そうか」
ガレスはそれ以上は何も聞かなかった。
書類に判を押し顔を上げる。
「許可する。黒塔は入る者を選ぶ。しっかり準備し、気をつけて行け」
◇
ギルドを出ると、ガルドが入口に立っていた。
「……行くのか?黒塔に」
「はい」
「三階層から下は、光苔がほとんどない。ほぼ真っ暗だ。灯りを多めに持っていけ」
ぶっきらぼうな口調だった。
けれど、そこには確かな気遣いがあった。
「ガルドさん、ありがとうございます!」
「礼は、いらねえよ」
ガルドは目を逸らした。
◇
その夜、星降り亭の部屋でベルは首に下げていた鈴を外した。
あの夜、母が首にかけてくれた、小さな銀色の鈴だった。
孤児院に来てからもずっと身につけてきた。
けれど、一度も鳴ったことがない。
振っても、叩いても、音は出なかった。
いつか、この鈴が鳴る日が来る。
母の言葉だけが、今も耳に残っている。
ふと、鈴がほんのりと温かいことに気づいた。
昨夜、窓辺でルナの瞳が光ったときと同じ温かさだった。
「明日は、黒塔だ」
ルナがベルの手元に鼻先を寄せた。
鈴をじっと見つめて、小さく鳴いた。
その瞬間
鈴の中で何かがかすかに動いた気がした。




