第三十七話 おまけ編 最終回 それぞれの未来
数日後。
ベルガリア王国では、革命が始まっていた。
王都広場には、数え切れないほどの市民が集まっている。
「税を下げろ!」
「捕らえられた議員を解放しろ!」
「もう王の好きにはさせない!」
兵士たちも、もはや一枚岩ではなかった。
市民を鎮圧するよう命じられても、剣を抜くことを拒む者が増えていく。
そして――。
ついに、革命軍が王宮へ向かって動き始めた。
◇
その頃。
ランスロットは、王宮の執務室にいた。
机の上には、次々と運ばれてくる報告書が積み重なっている。
「陛下!」
扉が勢いよく開いた。
「革命軍が王宮へ向かっています!」
「……そうか」
ランスロットは、静かに答えた。
「兵は?」
「王都の兵の一部が、すでに市民側につきました」
「……」
「王宮を守れる兵も、決して多くありません」
ランスロットは椅子に座ったまま、窓の外を見つめた。
遠くから、怒号が聞こえてくる。
かつて、自分が治めていた王都。
その街が。
今、自分に向かって牙をむいている。
「陛下、避難を!」
「どこへ逃げろというのだ?」
ランスロットは苦笑した。
「私は、この国の王だ」
立ち上がる。
「王が国民を置いて逃げるわけにはいかない」
「しかし……!」
「もういい」
ランスロットは手を上げた。
そして、一人になった執務室で。
ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
机の上に置かれた王冠を見つめる。
それは、かつて自分が望んでいたものだった。
王になれば。
国を守れると思っていた。
大切な人を守れると思っていた。
けれど。
「……どうして、こうなった」
ランスロットは呟いた。
目を閉じる。
浮かんできたのは、アリーゼだった。
かつて婚約者だった女性。
自分が利用して、無能だと決めつけて捨てた。
それなのに。
彼女が去ってから、運命の歯車が狂い始めた。
「アリーゼを失ってから、すべてが……」
そこまで考えて、ランスロットは首を振った。
違う。
アリーゼを失ったことが、すべての原因だったわけではない。
自分が、その後の人生で間違った選択を重ねたのだ。
そして。
アリーゼを捨ててまで、大切に想ったシャルミナまでも失った。
「私は……何をしたかったんだ」
ランスロットは両手で顔を覆った。
国王になりたかった。
なれば、すべては上手く行くと考えていた。
けれど。
気づけば、守りたかったシャルミナを失った。
新しい王妃ララネットも、避難してもういない。
「アリーゼ、そして、シャルミナ……」
その名を口にした瞬間。
胸の奥が、締めつけられるように痛んだ。
「すまなかった……」
その言葉を聞く者は、誰もいなかった。
ただ。
窓の外から、革命軍の足音が近づいてくる。
やがて。
王宮の門が破られた。
怒号が響き渡る。
「革命軍が王宮へ侵入しました!」
「陛下、こちらへ!」
兵士が駆け込んでくる。
しかし、ランスロットは動かなかった。
ただ、机の上の王冠を見つめている。
そして。
ゆっくりと、それを手に取った。
「……これが、私の選んだ人生だったのか」
ランスロットは王冠を机へ戻した。
「もう、必要ない」
その直後。
扉が開かれた。
革命軍が、執務室へ入ってくる。
「ランスロット!」
革命軍たちに囲まれながら。
ランスロットは抵抗しなかった。
すべてを失った男は。
静かに両手を差し出した。
◇
翌朝。
ランスロットは正式に王位を廃された。
そして――。
革命政府によって、処刑された。
かつてベルガリア王国を治めた王の最期は。
あまりにも静かなものだった。
◇
一方。
シャルミナは、故郷の村で暮らしていた。
朝になれば庭の花に水をやり。
昼には村の人々と話をし。
夕方には、母が残した花壇の手入れをする。
王妃だった頃には、考えられなかったほど穏やかな毎日だった。
「シャルミナ様、この花を植えてみませんか?」
「まあ、綺麗ですね」
「この村では、春になるとたくさん咲くんですよ」
「では、私も育ててみます」
笑い声が、庭に響く。
シャルミナは空を見上げた。
「お母様」
胸元には、母から受け継いだ古い髪飾り。
「私、自分の人生を見つけました」
もう、王妃ではない。
誰かの妻でもない。
ただのシャルミナとして。
自分の人生を歩いている。
それだけで、幸せだった。
◇
同じ頃。
ルーヴェン公国。
アントワープ公爵の公国にある別邸では、慌ただしく人々が動いていた。
「旦那様、お着きになりました!」
使用人の声が響く。
馬車から降りてきたのは、疲れ切ったアントワープ公爵夫妻だった。
「……ようやく、ここまで来たか」
公爵は、深く息を吐いた。
「ベルガリアは……」
夫人が尋ねる。
「もう、長くはないだろう」
公爵は静かに答えた。
「王が失脚したことで、国内は完全に混乱している」
「周辺諸国も動き始めているようですね」
「ああ」
ベルガリア王国の国境付近では、近隣諸国が軍を動かし始めていた。
王を失ったベルガリア王国では、
政治も軍も混乱している。
かつての大国を、周辺諸国が黙って見ているはずもなかった。
「……ベルガリア王国は、終わりだな」
公爵が呟く。
「ですが」
夫人は、そっと微笑んだ。
「財産の大半を、こちらへ移しておいてよかったですね」
「ああ」
公爵も苦笑する。
「それだけが、せめてもの救いだ」
そして。
二人が顔を見合わせた。
「それに……」
「ええ」
二人が同時に、同じ名前を思い浮かべる。
「アリーゼがいる」
◇
「お父様!」
その声に、二人が振り返った。
庭の向こうから、一人の女性が駆けてくる。
銀色の髪が、陽の光を受けて輝いていた。
「アリーゼ!」
公爵夫人が両手を広げる。
「お母様!」
アリーゼは母の胸に飛び込んだ。
「無事でよかった……」
「はい」
アリーゼは微笑んだ。
「お父様も、お疲れでしょう?」
「ああ」
公爵は娘の顔を見つめた。
かつて。
ベルガリア王国にいた頃。
この娘は、自分の未来を奪われたと思っていた。
けれど。
今のアリーゼは違う。
自分で選んだ場所で。
自分で選んだ人生を歩んでいる。
「アリーゼ」
「はい?」
「幸せか?」
一瞬だけ。
アリーゼは驚いたように目を瞬かせた。
そして。
「はい」
穏やかに笑った。
「私は、今が幸せです」
その言葉を聞いて。
公爵夫妻も、笑った。
◇
その日の夕方。
アリーゼは、公国の街を歩いていた。
隣には、エドガルドがいる。
「アリーゼ」
「はい?」
「少し歩かないか?」
「ええ」
二人は並んで歩き始めた。
街には、人々の笑い声が響いている。
商店には新しい商品が並び。
市場では、商人たちが忙しそうに声を上げている。
アリーゼは、その光景を眺めながら微笑んだ。
ベルガリア王国では。
今も、大きな変化が続いているだろう。
けれど。
アリーゼは、もう振り返らなかった。
「アリーゼ?」
「はい」
「どうした?」
「いえ」
アリーゼは、小さく笑った。
「なんでもありません」
もう、過去を憎む必要もない。
誰かを恨み続ける必要もない。
失ったものを嘆き続ける必要もない。
これから何をするのか。
誰と生きるのか。
どんな人生を歩むのか。
それを決めるのは、自分自身なのだから。
アリーゼは、前を向いた。
そして。
エドガルドとともに歩き始める。
その先に待っているのは。
誰かに決められた未来ではない。
自分自身で選ぶ、未来だった。
――アリーゼの新しい人生は。
これから始まる。
こんにちは。
消化不良とコメントいただきました。
おまけとして、マルクスさんのその後を追記しました。
最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。(*^_^*)
大感謝です。(*- -)(*_ _)ペコリ
山田 バルス




