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仰げば尊し  作者: 孤鶴
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1-8

「さて、話は変わるが、サスはどうしてる?」

ルシアスがウィリに尋ねる。

「元気にしてるわよ。とても素敵な少年になったわ、いえ、むしろ青年かしら。子供の成長は早いものね。」

自分も最近成人したばかりではなかったか。すっかり庇護対象に対する姉目線である。

ウィリが続ける。

「私がしっかりと教え込んだから、何処に出しても恥ずかしくないわ。むしろ自慢よ。私が保証するわ。外側も内側も申し分無しよ。」

ウィリは、サスを弟のように扱っているらしい。兄弟姉妹が欲しかった少女と、家族が欲しかった少年の需要と供給が一致したのだろう。大っぴらに贔屓し続けていたのだ。もしかしたら、サスも使用人の間で過ごしにくい時期があったかもしれない。


時を待たずして部屋に呼ばれたサスが、優雅に腰を折って挨拶をする。ルシアスが声をかける。

「サス、息災であったか。」

「はい。ルシアス殿下におかれましては、ますますご清健の趣、お慶び申し上げます。」

本人の神秘的な雰囲気も相まって、所作の一つ一つが更に美しく見える。確かに素晴らしい青年になった。


サスは孤児だった。ルシアスが人生を憂いて放蕩し始めた頃、夜が開け始めた王城への帰り道で偶然出会ったのだ。こんな時間に、子供が一人で道端にいるのだ。その汚れた姿からは、昨日、今日迷子になったという様子でもない。やせ細り、ふらつきながら歩く小さな影に出くわしてしまったと言うのが、本当のところだ。


これは、この国の闇の一部だ。国同士の争いがなくなってからは、国民は安定した生活を営むことができるようになった。孤児も減った。しかし、不幸にも親が病気や事故等でいなくなると、子供が安全に保護される仕組みがまだない。親切な大人が近くにいれば、孤児院につながることができるだろう。この国では成人が手続きをしないと孤児院には入ることができないのだ。だから、孤児院に入れない子供が路頭に迷う。その子供を騙し、金に換える大人がいる現実がある。多くはないが、一定数は存在するのだ。


サスもそんな路頭に迷う孤児の一人であった。彼一人をルシアスが引き受けたとしても、現状は変わらないし、自己満足にすぎないのだが。それでも、見て見ぬふりをして、すれ違う事ができなかった。

「ロイ、このままでは帰れない。」

小さな影から目を離せずに、ルシアスがロイに言う。

「まあ、そうだな。このまま帰るのも、目覚めが悪いな。とりあえず、一旦保護して孤児院に繋げよう。今の私たちにできるのは、それが精一杯だ。私が預かる。頃合いをみて、君に引き合わせよう。」

「ロイ、感謝する。君は本当に良い人だ。」

「わかりきった事を言うなよ。」


二人で小さな影に近づく。

頭から外套をすっぽりと被った子供は、無気力な目で大人たちを見あげた。朧げな月明かりの中、何の感情も籠もらない瞳にルシアスの胸が苦しくなる。

「君、どうしてこんな時間に歩いているの?家族はどうしたの?」

子供の背景を確認する。

「家族はいない、一人。お腹空いた。寒い。」

孤児であろうと判断した。そうでなかったとしても、元気になれば迎えに来てくれる誰かと連絡を取れるかもしれない。

「ここは寒いし、食べ物もない。よければ、私たちと一緒に家に行かないか?夜が明けたら、孤児院に連れて行ってあげよう。どうだろうか?」

ロイがひざまずいて子供と目線を合わせながら、話しかける。

子供は黙って頷く。幼い命は疑うこともなく、こんな甘言に容易く頷いてしまうのだ。


翌々日の午後、子供はルシアスのもとにロイと共に現れた。ロイの邸宅に連れて帰り、使用人用のベッドに寝かせたら翌日午後まで眠り続け、目覚めて食事をたらふく食べて、また泥のようにそのまま眠ってしまったのだそうだ。やっと、今朝すっきりとした顔で起きたところを数時間かけて洗われて、今に至るというわけだ。

「ルシアス、昨日の子供の事なのだが…。」

ロイがルシアスの部屋の外で待たせている子供について話す。

「何か困ったことでもあったか?私が言い始めた事だ。何でも言ってくれ。」

「それが…、白いんだ。」

よく分からない。

「何が白いんだ?色白の子供なんて珍しくないだろう。日焼けに注意するくらいではないか。」

「肌も白いのだが、髪が白い。」

「髪が?」

「そうだ。まるで老人の様に真っ白なんだ。そして、暁のような色の瞳なんだ。なんというか、人なのだが、妖精のような不思議な子供なんだ。兎に角、全体が白いんだ。」

ロイが更に続ける。

「汚れていて、顔もよく見えなくて気が付かなかったのだが、風呂で汚れを洗い流すと真っ白な人が現れて、使用人が慌てて私に報告したと言うのが、今朝の話だ。まずは、本人に会ってほしい。」

ロイが扉を開けて、子供を招き入れる。

ルシアスは子供を見て、一瞬目を見開いた。

白いブラウスと暗い色のスラックスを履いているその少年は、確かに驚く程に白かった。

不安に揺れている、夜明け前の空のような色の瞳と目があった。ルシアスは、微笑みながら話しかけた。

「久しぶりだね。よく眠れたかい?」

「はい。あの時は、助けてくれてありがとうございました。お腹か空いて、寒くて…、それで嬉しかったです。」


彼から聞いた、彼の生立ちはこうだった。

彼の名前はサス、王都近郊の村の出身であった。生まれた時から彼は白く、それを理由に母は不貞を疑われた。彼の母は、サスと二人で村を出て王都での暮らしを選んだ。母は懸命に働き、慎ましくも幸せな生活を送っていた。ただ一つ違うことは、サスが日の光の中で過ごすことができなかった事だ。太陽を浴びると、皮膚が赤く腫れ上がってしまう。だから、サスはいつも母が帰る迄、一人で部屋で過ごした。その母がある夜、帰って来なかった。サスは外套を被り、母を探しに出た。そこで馬車に轢かれて倒れている母を見つけた。周りには大人たちが取り囲んでいるが、見ているだけだった。駆け寄って声をかけるが、母は答えてくれなかった。息をしていなかった。近くには、明日の為のパンが散り、サスに読ませてあげようとしたのだろう数冊の絵本を胸に抱えていた。時々同僚から、サスのために借りてくれていた。動かない母を暫く見つめ、サスは走り出した。ずっと走った。そして、息が切れて、足がもつれて転んだ時には、自分が何処にいるのか分からなくなっていたそうだ。一度声をかけた人に、その見た目を驚かれ、怖がられ、それ以降は誰にも見られないように過ごしていたそうだ。水を飲みながらなんとかしのいでいたが、空腹と疲労で限界が近くなった時に、ルシアスたちに出会ったらしい。


11歳の彼には、あまりにも辛い経験であっただろうとルシアスは思う。このまま心が壊れてしまわないだろうか。そして、身体的に特別な対応が必要となる彼をこのまま孤児院に渡して良いものか。

ルシアス自身が、母と別れた時分を思い出し、胸が痛くなる。自身とサスが重なる。


ルシアスは、サスの目を見て、ゆっくり問いかけた。

「サス、君には今2つの選択肢がある。1つ目は、孤児院に行って同じ年代の子供たちと過ごし、いずれは何処かの仕事を見つけて働く事だ。2つ目は、私の側仕えとして働く事だ。直ぐには無理だから、暫く下働きをしながら作法や読み書きを覚えてからになるがな。」

「僕が働けるの?そうしたら、ご飯も食べることができる?」

「もちろん、どちらを選んでも自分の稼いだお金で生活できるよ。残念ながら、今の君には選択肢は2つだ。どちらかを選ばないといけない。どちらも決して楽な道ではない。」

少しの間、サスは黙り込む。そして、口を開いた。

「ぼくはここで働きたい。あなたも騎士さまも、ぼくの姿を見ても、他の人と同じように話してくれたから。それに、読み書きできるようになったら、もっと難しい本も読めるようになれるし。そうしたら、もっとやれることが増えると思うし。」

「サスは強いな。」

ロイが声をかける。サスは、少し寂しそうに答える。

「お母さんが、『何事も一生懸命頑張れば、いつか自分の為になる』って教えてくれたから。」

「そうか。では、私もその言葉を肝に銘じて鍛錬をしないといけないな。私も丁度騎士団に入隊したところなんだ。これから地獄の鍛錬が待っているそうだ。」

ロイがゲンナリした顔でふざけながら答えた。

そんな二人を見て、ルシアスはサスが側仕えとして働ける頃に自分は生きているのだろうかと思っていた。


そんな5年前だった。

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