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仰げば尊し  作者: 孤鶴
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1-6

ー親子であることを証明するものとは何かー


ここ数日、ルシアスの頭の中をぐるぐる回りづけている言葉だ。誰に、何を示せば、証明することになるのか、皆目見当がつかない。


そこで、とりあえず、父王の先祖を調べるために、城にある膨大な書籍を当たってみることにした。

宰相殿辺りに怪しまれないように、『何もわからないルシアスは、懸命に頑張って学んでいます』を前面に出してみる。『自国の歴史を紐解き、先達の輝かしい栄光の軌跡を学び、自己研鑽に励んでいる』、若き王子に悪い印象は持たれまい。


実際、最近始めたつけ焼き刃的学習では、今の自国の現状と周辺国との関係を学ぶことで精一杯である。それすら、まだ充分ではない。だから、自国の歴史の書物を改めて読むことは、ルシアスに必要なことなのだ。本当の事を言えば、遠い昔に学んだはずの歴史を

さっぱり覚えていないので、学び直しが必要なのだ。

重厚な歴史書を開く。内容は大して面白くはなかったが、この国の王が古から繋いできた歴史が記してあった。


ー我が国の歴史、その大半は周辺の小さな国や地域を合併吸収した歴史。『合併』、『併合』という一節の言葉の後ろにどんなに沢山の想いがあったのだろう。歓び、哀しみ、怒り、後悔、絶望、そして望み。きっとそこには、沢山の物語があったはずだ。もしかしたら、血を見るような惨事も隠れているのかもしれない。ー


ルシアスは、歴史に思いを馳せた。

そして、ふと思い出す。


『歴史とは、勝者が残した戦勝の記録である。もしかすると、巷にあふれる史実と異なる伝承が真実かもしれない。真実は闇の中、それもまた一興。』と、諦観する人がいた。とても物知りのその人は、母から「先生」と呼ばれていた。白髪の髭をたくわえた老齢のその人は、母がこの世を去った頃に霞の様に消えてしまった。去ったのか、本当に消えたのか、そして何者だったのか。もはや知るすべはないが、自然の摂理や物事の道理をルシアスに説いてくれた、情深い人だった。ルシアスが10歳になる手前まで彼から吸収したものは、今のルシアスの根幹を形作っているといっても過言ではない。


一人でちょっとした感傷にふけっていたルシアスに、ロイが現実世界から声をかけてきた。


「ルシアス、ここで書籍を漁っていても、らちが明かないように思う。今現在の情報がないと、どうにもならないと思うのだが。」


全く持ってその通りである。国の歴史は大凡さらう事ができたが、肝心の父王については何も情報は得られていない。今必要なのは、もっと現在に近い情報だ。感傷に耽る自分を呼び戻して、同意する。


やはり行動したいと、ルシアスは思った。

何かちょっとしたことでもいい。糸口を見つけたい。ルシアスの母はこの世にもういないので、ルシアスの母の周辺を調べたいところだ。しかし、アウルムの母の故郷は、この王城があるマーレの北方に位置するウーベル領である。広大な穀倉地帯を抱える、その領地の中心都市スピカは、馬で二日程かかるのだ。

視察と言うには、あまりにも不自然すぎる。アウルムの母の故郷に、何の関わりもないルシアスが行くと突然言えば、多くのものが勘ぐるだろう。


何か視察に行く理由が欲しいー。



そんな折、アウルムから定例報告会議に召し出された。兄と初めて執務室で話をしてから、2週間たとうかという頃だ。治世とは、目まぐるしいものだ。


この国では、季節毎に年4回の定例報告会議が開かれる。各々の領主と王が相まみえ、現状報告と早急に対応が必要な案件を協議する。自領の問題は自領で解決することが基本であるが、天災や疾病など、時に国家対応が必要な時もある。


重厚で大きな楕円のテーブルを、豪奢な椅子がずらりと取り囲む会議室の椅子に、ルシアスはロイを後ろに従え座っている。王の椅子には代理であるアウルムが坐し、その右隣に宰相殿、左側にルシアスという配置だ。

そして、今、定例報告会議真っ只中である。

かつて我が国の王に膝を折った王達の子孫達が、それぞれの地域の報告をしている。この国歴史を通して見ると、感慨深い光景だと、ルシアスは改めて思った。

そんな中、ウーベル卿が自領の報告を始めた。アウルムの母の兄、叔父にあたる人だ。この国の一大穀倉地帯を抱えるウーベル卿の報告は、容易ならぬものだった。

今年の初夏頃、一区画の穀物に赤カビ病が発生した。その区画の穀物を刈り取ったものの、赤カビ病は広がり始め、それが広域に広がっているというものだった。赤カビに感染した穀物は、カビが作る毒素を含んでいるため、食べることも飼料にすることもできない。その為、今年の収穫量は前年の半分程度になる見込みだと言う。


会議室に集まる者達に不安が滲む。

ウーベル地方の王国全体に占める穀物供給量は、全体の半分程度であったか。そうすると、来年は今年の7から8割程度の収穫量ということになる。多少の備蓄があるであろう事を考えると、来年は市場も大きく動くことなく、乗り越えられるだろう。しかし、それは赤カビ病が今年限りとした場合だ。なぜ、赤カビ病の蔓延を止められなかったのか、ルシアスは気になった。


重く静まり返った会議室に、アウルムの声が響く。

「深刻な事態のようだ。今後の我が国の存続に直結しかねないと考えられる。まずは、現状を把握せねばなるまい。ウーベル卿と共に、現状把握と改善に尽力してくれるものはいないだろうか。もちろん、達成の暁には、それなりの待遇を約束しよう。」

アウルムが、会議室に集う一同を見回す。誰も目を合わせようとしない。それもそうだろう。上手くいけば千載一遇の機会ではあるが、勝算は低そうだ。わざわざ自分に関係のないことに首を突っ込んで失敗したら目も当てられない。触らぬ神に祟りなし、だ。その時、2つ隣から声が出た。

「発言をよろしいでしょうか、アウルム殿下。」

テナーの柔らかな声が発せられた。宰相殿である。

「良い。続けよ。」

「それでは。」

宰相の言葉に、目を伏せていた者達の視線が上がる。そして、ゆっくりと一同を見回して、皆の視線が自分に向いていることを確認し、ゆるりと彼は言葉を続けた。

「ウーベル卿のお話は大変深刻です。被害を最小限にとどめなければなりません。分からぬ者が動いたとて、時間を無駄にすることでしょう。アウルム殿下の母君の故郷での問題、ここは一つ、殿下自ら指揮を執っていただくというのはどうでしょう。ウーベルの民も喜ぶ事と思いますが、いかがでしょう。」

アウルムの眉がぴくりと動いた。宰相殿は、王都から物理的にアウルムを排除しようとしているらしい。

アウルムが返す。

「私は今、王の代理を担っている。簡単に王都を離れることはできない。」

「それについては案じることはございません。アウルム殿下が不在の間、カルエラ殿下にその役を担っていだけることでしょう。私も、微力ながらお支えいたします故、心配のは及びません。」

玉座は誰でもよいと言っているようなものだ。

アウルムは微笑みながら答える。

「それはよい案であるが、玉座が定まらないのは、皆を不安にさせてしまう。やはり私は王都に留まろう。その代わりに、ルシアス、君にこの役目を果たしてもらいたい。どうだろうか。」

渡りに船だ。ルシアスは、歓楽街で磨いた、美しく儚げな微笑みをアウルムに向けて答える。

「そのような機会を私に与えていただけるとは、望外の喜びです。実りある訪問とし、アウルム殿下のご希望にお応えします。」

皆の視線がルシアスに集まる。今まで全く治世に関わらず、歓楽に耽る日々を送っていた人物を値踏みしている。

ルシアスは、その微笑みを宰相殿に移して続ける。

「これから私も治世に関わる事を学ばねばと思っていたところでした。私ではアウルム殿下の足元にも及びませんが、経験を積ませていただく為に、私に委ねていただけますか。」

「素晴らしいお心掛けに、このブルヌス、感服しております。私ごときが委ねるなど、以ての外、ルシアス殿下の御心のままに。」


定例報告会議は終了した。

ルシアスが如何程のものか、アウルム含め、皆が品定めしているといったところだろう。


ルシアスは、廊下を歩きながら独りごちる。

「大見得を切ってしまった。ちょっとやりすぎたかもしれないな。」

後ろからロイが返す。

「面白くなってきた。もっと煽ってよかったくらいだ。さあ、明日から忙しくなるぞ。楽しみだな。」

「まあ、とりあえずは此処から脱出だな。結果を出せるかな。」

「とりあえず、一歩前に進むことができた。なんとかするのさ。」


小さな波が、動き始めた。

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