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ルシアスは、カルエラに誘われた中庭の東屋で、午後のひと時を過ごしている。
東屋に差し込む穏やかな日差しが、季節が秋に向かっていることを感じさせる。先日髪を切った東屋の倍はあろうかと思われる豪奢な東屋でお茶を嗜んでいる。カルエラの数多の従者が、ゆったりとした東屋ですら狭く感じさせる。そのカルエラが、挨拶程度であったカルエラが、ルシアスと話しをしたいのだそうだ。
天気の話から始まり、庭園の花の美しさ、今日の衣装の話等、他愛もない話を一通り済ませたところで、カルエラがとうとう切り出した。
「ところでルシアス、聞きたいことがあります。」
少し改まった様子でカルエラが目を合わせてくる。
「何でしょうか、姉上。」
手に持っていた紅茶を卓上に戻しながらルシアスは答えた。
「先日、アウルム兄様とお話しなさったそうね。どんなことをお話したの?私、アウルム兄様から何も伺ってなくて。一人だけ仲間外れは嫌だわ。」
「数少なくなった兄弟姉妹で今後は助け合っていこうというお話でした。殿下のお仕事が多いようでしたので、私もできることはお手伝いしますとお伝えしたまでです。」
「そう、それなら私も呼んでくださったらよかったのに。それとも私にはお話できない何かがあったのかしら?」
カルエラの後方に立つ温和でダンディな中年男性につかの間目を向けると、ゆったりと微笑み返す。
そう、この御仁こそが、ブルヌス・ソラリウム宰相、その人である。
少し目じりの下がった柔和な目元、瞳の色とおそろいの緩くウェーブのかかったこげ茶の髪は短く整えられ、所謂素敵な中年男性だ。
これで切れ者なのだから、世の中は才にあふれる人がいるものだとルシアスは感心しながら答える。
「何もございません、姉上。私は今まで全くと言っていい程、国政に携わっていませんでした。ですので、これからはそういう訳にはいかないぞとアウルム兄さまに諭していただいたまでです。」
嘘は言っていない。そのような話はした。
「もし本当にそのような大事な話があったとして、どんな人間なのかわからない私に、姉上だったらお話しますか?」
「それはないわ。」
即答だ。常識はあるようだ。
「まあ、それならそれでもいいわ。ルシアス、あなたに提案があるの。」
「何でしょうか、姉上。」
今日何度目かのリピート「何でしょうか、姉上。」である。正直、疲れてきた。
そして、『それでもいい』のならば、最初から聞かないでほしい。
「私と一緒に、この国を治めてみたいと思わない?アウルム兄様が治世を行うのが筋かもしれないけれど、兄様だけだと不安だわ。私とルシアスとブルヌスとで助けて差し上げるのよ。きっと兄様もお喜びになるわ。どうかしら。」
矛盾てんこ盛りのフレーズであることに、本人は気が付いているのだろうか。
自分がこの国を治めてみたいと初めに言っていたのに、アウルムを支えたいとその後に言っている。兄様がお喜びになるなら、わざわざルシアスだけを呼び出す必要は全くないのだ。
更にカルエラの話は続く。
「アウルム兄様も少しずつご自分のやりたいことをやっていけばいいのではないかしら。でも、今はまだブルヌスの言うことをよく聞いて、間違いのないようにやっていった方がいいと思うの。」
ブルヌス宰相に絆されているのか、まるで信仰のようだ。ルシアスは、アウルムの言っていた「傀儡」という言葉が何を指しているのか実感した。
秋の空のような透き通った明るい青の瞳と美しいブロンド、屈託のない笑顔は王女にとてもふさわしい。
ゆったりと美しく座すカルエラと、その後ろに立つ利発でダンディな宰相殿は、それだけで絵画になりそうだ。カルエラはとても素敵な女性だと、ルシアスは思う。カルエラ自身、宰相殿に習い、得るものはきっと沢山あることだろう。しかし、付和雷同だけではだめなのだ。権力は腐敗するのだという前提で、常に考え、行動しなければならないのだ。付け焼き刃のルシアスでさえもこの程度の知識があるのに、長年王位継承権の近くにいる彼女は何を学んでいたのだろうか。
「ねえ、ルシアス。これからは宰相殿と一緒に行動してみてはどうかしら。きっとあなたの役にたつと思うわ。ブルヌスがいれば、大船に乗ったも同然よ。もしかしたら、次期の王が変わるかもしれないわね、楽しみ。」
「姉上には驚かされるばかりです。私はまだまだ分からないことが多すぎて戸惑うばかりです。これからも色々と教えてくださいませ。」
とぼけて驚いた顔をしてみせる。明確な返事は何もしていないが、彼女にとってルシアスの返事はどうでもよいようだ。一方的に「お話」は進んでいく。
そんな天真爛漫な姉を眺めつつ、微笑みながら適当に相槌を打っていると、視線の端に一瞬真顔になった宰相殿の顔が映ったように感じた。ルシアスが宰相殿と視線を合わせると、依然と変わらぬ柔和な笑顔があった。気のせいであったか。
その後もたわいのない話を心行くまで堪能した姉にやっと解放されたのは、風が冷たくなってきた夕暮れであった。
心身ともに疲れはて、自室でロイと言葉を交わす。
「ロイ、君はどう思った。」
「率直に言うが、カルエラ様は完全に宰相殿に取り込まれている。宰相殿と一緒に行動すると、君も飲み込まれてしまうのではないかと心配だ。」
「私も同感だ。自由はなさそうだな。やはりアウルム兄様と共に行動しよう。」
「忠誠を誓うとは言わないのだな。」
「それはそうだ。簡単に忠誠なんて誓えないだろ。ロイだって、そうだろう?」
「私は騎士だから、君とは少し違う。でも、確かに心からの忠誠は簡単に誓うことはできないな。自分の命を懸けてまで守る相手がどうしようもない人間だったら、がっかりだもんな。」
「私もがっかりさせないような人間にならないと。まだなれてないな、いやどうかな。なれてると思うか?」
「さあて、どうだろうな。」
こんな他愛もない話をしていると、自然と気持ちも体もくつろいでいく。持つべきは友である。




